3
陽が山の陰に差し掛かった頃……車酔いと都会特有の空気環境により、もうヘロヘロ、顔は真っ青、という私を乗せたトラックがある建物の横へと滑り込んだ。
「着いたよ、ゐすゞ(いすず)ちゃん。」
おじさんの言葉に周囲を見回すと、そこには古びた建物が、ビルの間にそこだけ取り残されたようにたたずんでいた。
まほろば荘。今日から私たち二人が過ごすことになる下宿先である。
屋根は瓦葺き、壁は板張りの木造三階建て。相当の年月を経過しているのだろう、壁の外張りの板の中に、新たに打ち付けられたものが散見された。
ドアロックを解除し、健が車から降りる。排ガスと粉塵の混ざった空気が、車にはあったフィルターすらない状態で直接、鼻に流れ込む。
うっ、ぐぇぇぇ。
「大丈夫か、ゐすゞ?」
否定しません。やばいです。
車の真ん中の座席から、腰を上げられないまま横滑りでドアに近づくと、手をさしのべてくれた健。
その手と、ドアの取っ手に手をかけ、背の高いトラックの座席から降りると、その指しだした手をするりと肩へと回す。体を預けると、健は負担をかけないようにゆっくりと建物に向かって歩き出す。
わずかに十メートルほどの距離、のはずが慣れない空気環境のせいでものすごくきつい。はぁ、はぁっ、と息が上がってしまう。
そんな私の身体をより強く、より一層、しっかりと健の腕が支えてくれる。牛の歩みながら、古びた建物の入り口の引き戸が徐々に大きく見えてくる。
ようやく、手を伸ばせば取っ手に手が届く、というとき、建て付けが悪いのだろう、ガラガラと大きな音を立てて扉が開いたのだった。
そこにいたのは、齡(よわい)は四十くらいだろうか、背は私より少し低め、の女性であった。
「あら、もしかして吉井さん?」
「はい、今日からお世話になります。」
「私、ここの大家をやっております。。」
落ち着いた声で語る大家は、次に私のほうへ向き直る。
「それと、白神ゐすゞさんですね」
「あ、はい。白神です」
「それにしても、若い、高校生の男女が同室だなんて、ああ、何か間違いが」
その時、吉井のおじさんが引っ越しの荷物を抱えて入ってきたのだった。
「それなら大丈夫だ。まだまだ子供だからな。大家さん、息子たちをよろしくな。」
「おじさんったら。ま、吉井さんところの坊ちゃんなら間違いは無いでしょうけど」
おじさんは向き直って
「健、荷物を部屋に運ぶぞ。ゐすゞちゃんは休んでいてくれればいいから」
「あの、おじさん……」
「いいって。慣れない空気に調子が悪いんだろ。健にまかせとけ」
何せ、大半が私の荷物である。少し、心苦しいが、それ以上に身体が苦しい。
おじさんはトラックから荷物を下ろし、玄関先まで運んでくる。それを健が次々と三階まで持って上がる。そんな光景を、私はただただ傍観していたのであった。
最後の荷物を持って来たおじさんは、
「それにしても、ゐすゞ(いすず)ちゃん、こんなボロボロの安アパートでゴメンな。もーっと豪奢なところにしたかったのだが、いかんせん、手持ちが厳しくてな。」
「おじさん、そんなことないですよ。」
ほんとう、進学できて下宿先まで用意してもらって、感謝です、神様、仏様、おじさん。……神に感謝するのは変だが、ま、言葉のアヤと言うことで。
「神様、だから、よくあるキンキラキンのおっきな和風の豪邸なんか用意したかったのだが」
「そんな悪趣味な。うちの神社、派手じゃないですから、これでも豪華なくらいです。」
「そうだな。ははは。そうそう、おじさん、用があるからもう帰るがな、健と仲良くしてやってくれよ。あと、力を使うときは人目に気をつけてこっそりな。あと、身体、大事にな」
「ありがとうございました、おじさん」
そのまますぐに帰ってしまったおじさん。さて、部屋に向かうか。
階段の取っ手を掴みながら、ゆっくり、ゆっくりと上へと向かう。その足取りは重い。
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