陽は昇り、東の空からこちらを照らす。遠く、防災無線のトランペット・スピーカーから刻を告げるサイレンの音が耳に届く。

 そろそろ、かしら。

 やがて、ディーゼル特有のエンジン音が近づいてくる。

 健の親父さんのトラックであった。

「吉井さん、今日もお世話になります」

 朝露で曇っていたガラス窓が開いて、浅黒く焼けた中年男性が姿を現す。

「おっ、ゐすゞちゃん、今日も元気だね。待たせて悪かったね。」

「いえ、私の方こそ、朝早くからありがとうございます。健さんも部屋も借りさせていただきましたし、感謝の言葉もございません」

 無限の感謝をおじさんに伝える。

「で、健はどうしてる? ちゃんとやっているか? ゐすゞちゃん、迷惑かけてないか?」

「はい、今、最後の荷物を運んでいるはずです」

 遅れて、健が降りてくる。トラックまで近寄ると、オヤジさんが、

「ゐすゞちゃんに手間かけてないか? 早く積み込むぞ、ゐすゞちゃん、荷物はどこだい?」

「あ、こっちです。」

 積まれた引っ越しの荷物を、おじさんと健の二人で手際よくトラックに詰めていく。その荷物は、まるで私の断ち切れない過去を象徴しているように自分では感じていた。

「じゃ、乗ってくれ。」

 私が真ん中、健が端に座り、トラックが動き出す。

 山の中腹、そのトラック以外は何もない駐車場から、かつては参道として賑わった細い山道を抜けて、門前町の中を過ぎる。かつては人でごった返した通りも、今はシャッターが目立つ。

 この街の支えでもあった神主夫妻がなくなってからと言うもの、ここを通ったことはなかった、いや、通れなかった。あの時以来、人が、潮が引いたようにいなくなり、その原因は私に向けられた。

 あの惨劇の後、神社に大挙して訪れた街の人々。そこにいた、真っ白い髪という異形の少女。荒れ果てた境内。夫妻の住む建物は焼け崩れて消滅。遺体を探すことも適わない、そんな光景にただ一人残ったものが神であろうとなかろうと、そこにいた私を糾弾せずにはいなかっただろう。

 やがて、騒ぎを聞きつけてマスコミがやってくる直前、やってきた吉井のおじさんがその場をまとめて、取り敢えずその場はおさまった。一緒に来た健とともに、おじさんの家へ逃げ隠れた後、テレビで

「いや、何があったのか。雷でも落ちたのかな? 大きな音がしていたし」

という曖昧な言葉で場を濁していた。

 神社という場所で起こった、奇妙な惨事。その後、どこからか巻き起こったのか、神の祟り、などといった言葉がマスメディアという俎上に上り始め、そしてそのシナリオに沿って、神主夫妻の豪遊とか素行不良とか、そういった根も葉もない噂が事実であるかように流されたのである。

 そんなことはない。むしろ、急激に増えた参拝客に忙殺されるように働く夫妻を見て、どうしてそんなことが思えるだろうか。ただ、そう思っていてもどうすることも出来ない。

 人はメディアに流されていく。テレビや週刊誌を見た大衆にとって見れば、それのみがこの神社の接点であり、故にそれを真実と思い込んでしまう。結果、この神社は元の、いやそれ以上に寂れてしまったのであった。

 参拝客で賑わったこの街も、今やシャッター通りと化してしまっている。人通りはほとんど無く、専ら都会へ繋がるストローみたいなもので、ただただ、車が通過していくだけ。

 かつての商店街を抜けると、ただまっすぐな道路が、交錯の放置された荒れた畑を突き破るように走る。対向車も後続車も見えない、閑散とした道。そこを、私たちの乗るトラックだけが駆け抜けてゆく。

 国道との交差点を過ぎ、車の波にもまれていく。いままでテレビのCMでしか見た事のなかった大型の郊外型チェーン店の原色に塗り固められた建物が無秩序に並んだ通りは無機質。たぶん、こんな光景はどこにでも広がっていると思うのだが、今まで街を出る事もなかった私には異様な光景、というしかない印象を持った。

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