後編

 キュートホリデーを辞めてからどれくらいたっただろうか。

 私は大学に通いつつ、家の手伝いにあけくれていた。

 キュートホリデーは、今瞬く間に、それこそ飛ぶ鳥を落とす勢いで人気になっている。

 例えば、テレビで見ない日はないし、音楽チャートのランキングはキュートホリデーの曲でいっぱいだ。

 傍からしたら、キラキラした世界に私もいたんだなとしみじみ思う。

 今はもうただの女子大生だ。

 しかも、辞めてから結構たってるし。

 私がキュートホリデーにいたっていうのは、もうコアなファンぐらいしか知らないだろうし。

 私は店にあるテレビを消し、店番に集中する。

「仄香、お母さん配達いってくる」

「はーい」

 母は自転車で走っていく。

「はあ」

 ため息が出る。

 後悔もなければ、未練もない。

 いやこれはただの強がり。

 でも今のキュートホリデーに私は必要ない。

 人気が出てきたのは私が辞めたあとだし、2代目センターは私よりも輝いている。

 でも、同時に暗い影が見え隠れしているのは気のせいか。

 その暗い影は私を不安にさせる。

「いらっしゃいませー」

 お客さんがきた。

「はーい、こんにちわメンチカツ1つ、お願いします」

 うわー、こんな店に合わねー客が来た。

「エリス?」

「YES!」

 何故来たし。

 立ち話もあれなんで、近くの公園に移動しベンチに座る。

「で、何の用?」

「え? 仄香さんの家のメンチカツが食べたくて、この前テレビで紹介してたし」

 そういって、エリスはメンチカツをほうばる。

 エリスとは、辞めてからも連絡は取り合っている。

 けど、面と向かって合うのは結構久しぶりだ。

 ったく、忙しいはずなのにな。

「それだけじゃないだろ、ていうかうちのメンチカツ二の次で、別の目的で来たんじゃ」

「う~ん、メンチカツおいしい、初めてだわ、コレが庶民の味ってものね」

 おい、さり気なくディスったな。

 この女。

「ごちそうさまでした」

「どうも」

「ねえ?」

 風がふと頬を殴るかのように吹いてくる。

「今のキュートホリデーってどう思う?」

 さっきとは一変として真面目な声色でエリスは私に尋ねる。

「結構人気が出てきて、日本じゃ知らない人なんていないんじゃないの、それこそ今年の紅白に出場出来んじゃね」

「そう・・・、じゃあ質問を変えるわ、今の翼ちゃんを見てどう思う?」

 どう思うって・・・

「別に、まあがんばってるんじゃない」

「そう・・・」

「じゃあ、店番あるから戻るわ」

「仄香さん!?」

 エリスはまだ何か言いたげだったけど、私は振り返らず逃げるようにこの場を後にした。

 

 ◇


 家に帰る道中、ギターの音色が聞こえた。

 音のなる方へ、近づくとボロボロのコートを着た人がギターを演奏していた。

 一心不乱な演奏につい魅入ってしまった。

 演奏が終わり、その人は私の顔を見て驚いた風な表情を見せ、少し微笑む。

 その人はとても綺麗な女性だった。

 彼女はギターに目線を向け、ギターをまた奏でる。

 聞いたことのあるメロディーに私は驚いた。

 キュートホリデーのデビュー曲だったから。

 しかも、アコースティックギターに合わせたアレンジはとてもアイドルの曲とは思えない。

 その曲が終わっても、私はその場から動けなかった。

「ごめんね」

 女性の声にハッと我に返る。

「もう、行かなきゃ」

 女性はギターをしまい、ケースを担ぐ。

「あの?」

「なんだい」

「またここで、ライブしますか」

「うーん、どうだろ、私はその場の気分で決めるし、それに同じところに長居しないし、分からないや」

「そうですか」

 じゃあ、もしかしたら、これが最初で最後かもしれないってことか。

「ねえ、君はもう音楽に戻らないのかい」

 逆に、質問され戸惑う。

「私はもう、辞めた身だから」

「それはアイドルとしてでしょ、音楽は逃げないよ、さっきの君みたいに」

 どういうこと?

 公園で見られてたのかな。

「おっと、そろっと行くわ、じゃあね仄香」

「さよなら」

 女性は、手を振っていってしまった。

 追いかけようとしたが、見失ってしまった。

 家に急いで戻って、自分の部屋のクローゼットからギターを取り出す。

 一年ぶりの再会だ。

 中学からギターを手にし、キュートホリデーを辞めるまで、暇さえあればギターを弾いていた。

 今は全然弾いてなかったけど、あの女性に触発されて、無性にギターを弾きたくてしょうがない。

 指で弦を弾く。

 部屋全体に音が響き渡る。

 それから、適当にギターを掻き鳴らす。

 気づいたら、外は夜になっていた。

 さすがにもう近所迷惑だし、もうこのぐらいにしよう。

 それに、久しぶりすぎて、指が痛い。

「仄香、ご飯できたわよ」

「あ、うん」

 そうだ、ご飯終わったら、ネットで楽譜探そう。

 これを機に私はギターを始めることにした。

 学校と家の手伝いの合間に、暇を見つけては、ギターを弾いていた。

 ギターを弾いていると、気分が少しだけ落ち着く。

 何もしていないとどうも落ち着かない、不安で心が押しつぶされる。

 だからギターを弾く。


 ◇


 TVを見るたびに、キュートホリデーが映っている。

 けど、グループで出るより、ソロの方が多くなったな。

 特にセンターにして一番人気の翼が1人でテレビに出演してんなって思う。

「あ、キュートホリデーの」

「翼ちゃんだよね」

 大学の食堂のテレビに他の学生が夢中で見ている。

 ホント人気者だな。

 まあ、私には関係ないけどな。

「あの、高田さん」

「えっと、誰だっけ?」

「同じゼミの小島です、今日ゼミの飲み会あるんだけどどう?」

「うーん」

 大学だとあまりこういう飲み会とか参加する気ないし、そもそも普段から大学内では、あまり他の人と交流しないけど。

「いいよ、何時から」

 まあ、たまにはいいか。

「え!? いいの、えっと夕方6時から、駅前集合で」

「うん、わかった」

 話は済んだろうし、次の講義行こう。

「あっ、高田さん」

「なに、話終わったでしょ」

「いや、えっと、一応連絡先教えてください」

「なんで?」

「ほら、高田さん飲み会初だし、それにゼミのこととかで連絡するかもだし」

 まあ、それもそっか。

「はい、連絡先」

「ちょっと、まって、スマホ出すから」

 いや、あんたが連絡先教えて欲しいって言ったんだから、先にスマホ出せよ。

 なんかこの人、おどおどしてて、頼りになさそう。

「はい、交換」

「じゃあ、次講義あるから」

「ありがとう、高田さん」

 でも、いい人そう。

 18時に駅前に来たものの、それらしき人が見当たらない。

 てか、待ち合わせしている人多くない?

 どこに話しかければいいんだ。

 って小島って男に連絡すればいいか。

「高田さーん」

 と思ったら、あっちから来てくれたわ。

 助かった。

「高田さんこっちこっち、もうみんな集まってるから」

「はい」

「お店に行きましょう」

「あっちょっと」

 彼らに案内されたのは居酒屋だった。

 よくあるチェーン店ぽい感じで、中に入ると出来上がっているお客がいたのか、騒がしい。

「オレらここでいつもここで飲んでんの」

「へえ」

 メニューを見ると殆どが300円から500円ぐらいでなかなかリーズナブルだ。

 たしかにお金が少ない学生にとっては、いいかもしれない。

 注文し、飲み食いしながら、ワイワイみんなと話す。

 なんかこれが大学生の日常みたいで、授業終わって、仲のいい友人とたまにこうやって飲む。

 って実際いまそーだっつーの。

 まあ、アイドルやってたらなかったかもしれない。

「いや~、高田さんが今回も断るかと思っていたよ」

「まあ、たまには」

 そんなに誘われてたっけ?

「でも、今回は楽しんでよ、みんな高田さんに興味津々だからさ」

「あー、うん」

 やばい、飲み慣れてないないせいか、すこしぼーっとする。

「ちょっと、野田くん、テンション上がるのはわかるけど、高田さんに迷惑かけないでよ」

「うっせー、小島」

「ごめんね、高田さん」

「って、無視かよ」

「別に平気だよ」

 私はお酒をグイっと飲む。

「なあ、テレビに出てんの、キュートホリデーじゃね」

 みんなが、一斉にテレビに目を向ける。

 たしかにキュートホリデーが映っていた。

 音楽番組かな、CD出してたし、ライブも控えてたし。

「なあ、キューホリで誰が推し? オレ断然まこちゃん」

「ロリコン、わたし右の子」

 みんながキュートホリデーの話題になっている中、私はひたすらお酒を飲んで、会話に入らないようにした。

 すごく、落ち着かない。

 また注文して、今度は強そうなお酒を飲む。

「高田さん、飲むねえ」

「まあね」

 やばい、頭がクラクラしてきた。

「ねえ、高田さんは誰推し?」

 やっぱ聞いてくるか。

「ごめん・・・、私興味ないから」

 呂律は回る、酔ってない。

「えー、嘘だ」

「ホントだってば」

「そんな、キレなくても、もしかして酔った」

「酔ってない」

 なにムキになってんだろ、馬鹿みたい。

「あっそうだ、小島は? おまえキューホリ好きだろ、この前握手会行ってきたんだろ」

 小島くんキュートホリデーのファンなんだ。

「オレ、今のキュートホリデーは全推しかな、けどやっぱりオレは辞めちゃったけど、引退したあの子が好きなんだよね」

 それって私のことじゃん。

「えー、誰? っていうかキュートホリデーってもとから4人組じゃないの?」

「5人組だったんだよ、有名になる前はね」

「だれだれ!? おしえて」

 ここにいるっつーの。

「高田さん、大丈夫?」

 小島くんはみんなをよそに、心配そうに私に話しかけてくる。

「飲みすぎた、もう帰る」

「そっか、タクシー呼ぶ?」

「大丈夫、家近いから」

 小島くんが手を差し伸べてくれた。

 けど、それを振り払い、自力で歩く。

「高田さん・・・」

 みんながブーブー言っている中、私は店を後にした。


 ◇


 あの飲み会から数日、大学の中で数人程度だが、友人ができた。

「高田さーん」

「仄香ちゃん」

 特に仲がいいのは、あの時誘ってくれた小島くんとゼミが同じで小島くんの幼馴染の川口さんだ。

「今帰り? どっか寄ってこ」

「いいよ」

「じゃあ、ドドバ行こうぜ」

「いや、そこはハックでしょ、私限定のハックシェイク飲みたいんだよね」

「私はどっちでもいい」

「じゃあ、ハック決定」

「なんでだよ」

 私たちは大学近くのハックに寄り、他愛のない会話を楽しむ。

 そういえば小島くん私がいるとき、キュートホリデーの話しないなあ。

 まあ、気遣ってくれているのかもしれない、でもなんか引っかかる。

「あっやっべ」

「どうしたの、川口さん」

「バイトのシフト入ってたの忘れてた、今すぐ行かなきゃ、ごめんまた今度聞かせるね、小島ポンコツエピソード」

「やめろってば、恥ずい」

「わかった、楽しみにしてる」

「って、高田さん!」

 ハックから出た瞬間に、川口さんは急いで走っていった。

「すごいね」

「金メダル取れそう」

「あはは」

「高田さん、近くまで送るね」

「ありがと」

 私たちは話しながらゆっくりと歩く。

 私の自宅がある商店街通りの前まで来た途端、なぜか小島くんが止まった。

「どうしたの?」

「あの、オレさ高校の時から、キュートホリデー応援してたんだ」

 突然のことにとまどう。

「いつも挫けそうになったり、辛かったりしたとき、キュートホリデーを見ていると自然と力が湧いてくる感じがして、すげえ頑張れたんだ」

「うん」

 そう言ってくれると、ちょっと嬉しい。

「一番の推しが辞めたときはへこんだけど、大学入ったときまさか自分と同じ空間にいるとは思わないくて、最初は一言二言話ができればいいなって思った」

「うん」

「でも、最初近寄りがたくて、勇気出して飲み会に誘ったりして、実際来てくれて嬉しかった、で、それから友人としてアイドル以外の君を知るたびにだんだん・・・」

 だんだん・・・。

「オレ、ファンとしての好きから、本気で君のことが好きです、高田仄香さんオレと付き合ってください」

 真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、私はどうすればいいか分からなくなった。

 でも真剣に思い行ったんだ、こっちも真剣に答えないと。

 色々考える。

 小島くんのことは嫌いじゃない。

 だけど・・・。

「ごめんなさい」

 すべての音が消えた。

 しばらくして、小島くんが口を開く。

「やっぱ、そうだよね」

「ごめん・・・」

「高田さんは、オレじゃないってわかってたよ、でも気持ち伝えたかったんだ」

「でも、そんな」

「いいんだ、まあ、でも友達続けていいかな?」

「うん、ていうか、当たり前じゃん、こんなんで友達やめないよ」

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」


 ◇


 そういえば、人を好きになったことあったかなと考える。

「ねーな」

「仄香さん何がないの?」

 休日たまたま仕事がオフのエリカとお値段高めのシャレオツなカフェでまったりとしている。

「いやー、この前告られた」

「で、断ったと」

「なんで知ってんの?」

 エスパー!?

「だって、そう考えるってことは、そうなのかなって」

「あっなるほど」

「それに仄香さん・・・」

「それに?」

「いいえ、なんでもない」

 そんなかんじだと、なんか気になる。

「それより、見たよ、動画」

「ああ、見てくれた」

 ギターをかき鳴らすだけじゃ飽き足らなくなって、私はいくつか動画にして、アップしている。

「すごく良かったから、ブログで宣伝しといたから」

「バカヤロウ、今すぐ消せ」

「あら、いいじゃない」

 通りで、再生数一桁だったのが、急に伸び始めたなと思ったら。

「それに仄香さんのことはいってないよ」

「そういう問題じゃない」

「どういう問題?」

「なんでもない」

「話戻すけど、どうして断ったの」

「え・・・、まあ、何ていうか、よく分かんないだよ、好きって感情がさ、だからこのままの気持ちで付き合ったら悪いかなって」

「ふーん」

 エリスはストローで飲み物をかき混ぜながら、考え事をする素振りを見せる。

「はい、この話はおしまい」

 強引に私は話を終わらせる。

「ああ、そうだ最近どう? やっぱ忙しい?」

「え?」

「キュートホリデーだよ」

 エリスはキョトンとしてその後、笑って話してくれた。

「忙しいよ、私ファッション雑誌の表紙に出ることになったんだ」

「1人で」

「そう」

 すげえ、モデルデビューかよ。

 そういやあ、母親モデルだもんな。

「ああ、そうそう番組でね、体動かす企画で凛音ちゃんすごい大活躍したの」

「へえ、さすが」

 凛音は体動かす好きだからな。

 ダンスもアクロバットな振り付けも軽々やってのけるしな。

「それからね、クイズ番組で対戦グループに負けちゃったとき、まこちゃんが泣いてね、みんな固まったの」

「おいおい」

 まこのことだから、ガチで泣いてたんだろうな、そりゃみんな困るわ。

 ネット炎上してなきゃいいけど

「よかった」

「へ? なんで」

「だってキュートホリデーの話すると、いつもだったら聞いて流していること多いから、そうやって楽しそうに聞いてくれた安心した」

 そうかな、でもあんま聞きたくないってのはあるかもしれない。

 ふと、エリスのスマホが鳴る。

「あら、マネージャーからだわ」

 エリスは席を外した。

 私は外を眺める

 向かいのビルの看板には翼が映っていた。

 そういやあ、翼のこと聞いてないな。

「大変、仄香!」

 血相を変えて、エリスが戻ってきた。

「な、何があったんだよ」

「翼ちゃんが倒れたの」

「え・・・」

 翼が・・・。


 ◇


 翌日、私はいつものように大学に行き、終わってすぐ帰り店番をしていた。

 講義が終わった直後小島くんと川口さんに誘われたがそんな気分じゃなかった。

 エリスの話によると過労による体調不良で倒れたらしい。

 しかも高熱が出て、しばらく仕事はキャンセル状態になったとか。

 なんでだよ、なんでそんなことになるまで、頑張るんだよ。

 ふざけんな、こんな時私がいればこんなことには、いやおかしくね。

 私がいたとして、私に何ができるんだよ。

 しかも、メンバーじゃねえし、ただの女子大生に何ができるっていうんだよ。

 全く何考えてんだか。

 つーか、そもそもなんで翼の事ばっか考えてんだ、自分。

「やっほー、高田さん」

「あれ、川口さん」

 たしか、この時間だとバイトだったはず。

「いやあ、今日バイトだと思ったら、シフト入ってなくてさ」

「また・・・」

「そうまた、あーあ、これじゃあ小島のこと言えないな」

「あはは」

「でね、バイト先ここの商店街の近くだから、寄ってみようと思って、ここのメンチカツ食べてみたかったし」

「OK、メンチカツね」

「それに」

「それに?」

「高田さん、今日元気なさそうだったから、心配で見に来ちゃった」

「ああ」

 顔に出てたかな?

「ちょっと、昨日いろいろあって」

「そっか」

 それ以上川口さんは聞かなかった。

「はい、揚げたてだよ」

「わーい、ってデカ、食べ切れるかな」

「大丈夫大丈夫、私の友人で、細くて美人の子でも全部食べれたから」

「へー、いただきます」

 美味しそうに食べるな。

「ねえ、好きになるって、どんな感じ?」

「突然だね」

「まあ、少し気になってて」

「うーんとね」

 少し考えるふうにして、それから話してくれた。

「すごい考えちゃうかな、なんていうか、不安でいっぱいになる感じ」

「へー」

 意外だ、楽しいイメージがあったから。

「私さ、好きなひとがいるんだけど、その人のことばっか考えちゃって、他のこと考えようとしても、だめなんだよね、どうしよどうしよって不安になるの」

 少し思い当たる節がいくつかある。

「でも好きな人と一緒にいると楽しいって思うんだ、恋愛って不思議だよね、これ恋愛の話でOK?」

「一応、OK」

 多分。

「じゃあ雨降りそうだから帰るね、また学校で」

「うん、じゃあね」

「ついでにね言うけど、私の好きな人幼馴染でアイドルオタクなの、でも人のこと言えないなほんと、だって私その人のおっかけだから」

 それってまさか?

 川口さんは帰っていった。

 やがて、外は仄暗くなり、雨が降ってくる。

 店を閉めるため、後片付けを始めようしたとき、スマホが鳴り響く。

 着信? この時間に誰だろう。

「もしもし」

「仄香さん!」

「エリス・・・」

 電話越しだけど、ただならぬ様子は伝わる。

「どうしたの?」

「そっちに翼さん、来てない?」

「いや、来てないけど」

 何があったのか。

「翼さんが行方不明なの、病室にいなくてマネージャーさんが探しているんだけど」

 翼が行方不明だって・・・。

 なんとかしなくちゃ、こうしちゃられない。

「エリス、病院ってどこ?」

「え、○△病院だけど」

 たしか、ここからも行ける距離だな。

「私も探す」

「え、ちょっと仄香さん・・・」

 電話をぶっち切って、私は店から走った。

 正直、翼の行きそうな場所なんて知りっこないけど、見つけてやる探してやる。

 思い出す、たしかあのときも雨だった。

 翼は私と離れ離れになりたくなって言ってた。

 なのに、私は最後まで素直になれなかった。

 でも、なんでだろう、今なら素直になれそうに気がする。

 気がづいたんだ、私は翼のことが好きだ。

 好きでたまらなかった、初めて出会ったときの笑顔に惚れて。

 でも一緒にいると落ち着かなくて、しかも心とは裏腹にツンケンして。

 ていうか、ここまできて、好きって気づかない自分マジ鈍感すぎるだろ。

 多分エリス辺りには、気づかれてんだろうな、昨日の会話あたりとか。

 辞めてから、翼がテレビ出るたんびに、心がしんどかった。

 不安で、もやもやして、違和感しか感じなかった。

 だって私があの時惚れた笑顔じゃねーから、作り物の笑顔のような気がして。

 作り物にしてしまったのは、それは私のせい。

 早く助けないと。

 って思ったんだけどさ。

「ここ、どこだ?」

 まわりは暗くて、どこだかわからない。

 がむしゃらに走りすぎて息が切れる。

 とりあえず、コンビニ寄ろう。

「あ!」

「え?」

 コンビニの前に体育座りしている翼を見つけた。

「いたあああああ!」

「なんで仄香さんが」

 翼は動揺して逃げようとするところを、私は翼の腕を掴み離さない。

「エリスから聞いた、体調悪いのに何してんだよ」

「・・・ごめんなさい」

 ああもう、謝らせるつもりで言ったんじゃないのに、素直になれると思ってたのに。

「仄香さんがいなくても、アイドルとして頑張ってきたのに、私仄香さんに見てもらいたくて、テレビの仕事もライブもいろいろしてきたのに、でもこうなったらもう私アイドル失格ですね」

 翼が泣いて震えている。

 私はたまらず抱きしめた。

「ごめん、全部私のせいだ」

「な、なにいってるんですか、私が勝手にやっただけで」

「私やっと気がついたんだ、私は翼のことが好き」

「え・・・」

「初めて会ったときから、好きで、でも私鈍感でそのくせ素直になれなかったから、翼にひどいことした、だから、ごめん」

 私は翼を強く抱きしめる。

「私も仄香さんのこと好きですよ」

 へ? 今なんて?

「だから、仄香さんの事なら私なんでも頑張ろうって必死になれるんです、仕事のオファーも全部受けて、まあその結果倒れちゃったけど」

「そうか、そうだったのか、ホントにごめん」

「だから、それは私が勝手にやっていることで」

「でも、こうして会えてよかったよ」

「うん」

 やがて雨はやんだ。


 ◇


 それから、なんだかんだあって翼と私は付き合うことになった。

 翼は今回の件でしばらく休んだ後、またアイドルとして復帰した。

 けど、あまり無理しない程度のスケジュールに組み直されたらしい。

 仕事の本数はだいぶ減ったが、ないわけではないので、またテレビで活躍している。

 私の方は相変わらず大学と店番とギターを楽しんでいる。

 ギターの方は再生数とファンが増え、ときときライブに呼ばれる。

 そんなある日。

「翼ってアイドルじゃん」

「そうですけど、どうかしましたか、仄香さん」

「いや、アイドルって恋愛NGな感じじゃん」

「はい、まあそうですね」

「いやー、大丈夫かなって」

 しかも女の子同士だし。

「大丈夫ですよ、それにアイドルが恋愛しちゃいけないって誰が決めたんですか?」

「まあ、それもそうだな」

 今考えることじゃねーな。

 それに考えるより翼といっしょにいるほうが今すげえ幸せだし。

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アイドルは恋する夢をみるか? 有刺鉄線 @kwtbna

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