こちら異世界管理委員会

雪の日の猫。

影が薄くて悪かったな!

「眠いな…」

「それな」


 会議会議会議、夜を徹して行われた討論会に無理やり参加させられ、士気も土色の二人の青年は、ようやく解放された喜びを欠伸あくびに変えながら開いてない目を擦りつつ自室へと戻る。

 一見すると徹夜続きのブラック企業勤務を始めたばかりの新人のようにも思えるその様相を見て、誰が気付けるだろうか。


 彼等の世界が夢にあふれた異世界だなんて。



________



わたくしはユーリッヒの女神アルテナ。鈴木 藍斗、貴方は死んだのよ。」


 唐突に響く鈴が鳴ったような美声の方を振り向くと、そこにはあり得ない位の美女が居た。

 光を浴びてきらめくウェーブの掛かった金の髪をたなびかせ、そっと微笑みを浮かべる翠の瞳を持ったこれでもかというくらい胸がデカい…じゃなくて、胸がオーブからはみ乳…でもなくて、理想の西洋人のような人。

 背景はどこまでも真っ白に染まっていて、かと言って眩しくて目を開けていられないってわけでもなくて、ここが天国だと言われれば信じてしまう程の…ってかこいつ女神っつったか?


 …ああ、でも納得だわ。俺がこんな美女に話し掛けて貰えるなんて死んで女神に会った位しかあり得ないもんな。

 俺…鈴木 藍斗、18歳。

 生前…ってかさっきまでの悩みは極端に影が薄いこと。そりゃもう凄くてさ、何しろ一人っ子なのに親とか俺の存在忘れてて育児放棄したり、友達だって先生だって誰にも認識して貰えずに無視を決め込まれてた。死ぬ気で大声を出してやっと認識して貰えるか否かって所だ。

 ま、おかげで更衣室入っても誰にも何も言われなかったけどな。

 兎に角それらを生きる糧にこれまで生きて来たわけだけど、美女どころかそもそも人に話し掛けられるって事が初めてだ。

 これは…春が来たか?

 …違うか。


 考えられるのは最近妙に人気の異世界転生か転移とやらだ。

 正直、死んだ記憶とかねーんだけど…まあそれは置いといて考えるに、この流れは大体アレだ。

 女神が現れてチート貰って、最強になって、ちゃんと人から認識されて、生きていく。

 お決まりの展開だけど、、なんだこれ、最高じゃねーか。

 そうと決まれば強請ねだらなきゃな。出来るだけ良いチートを貰うに限る。クソチートや生産職を上手く活用するのとか、あろう事か苦難だらけの魔王転生とか、勇者召喚に巻き込まれるとか…ああ、あれは転移の方だった。あと、チート無しで狡猾さだけで生きていくのとかも最近増えてきたけど、俺にそんな能力は皆無なんだからな。よし。


「…んじゃあチート下さい」

「なんか女神の扱い雑くない?!もっとこう、驚くとかしんみり回想にふけるとか、なんかないのかしら?」

「女神様、巻きでお願いするよ。どうせ1ページ目なんて皆読み飛ばすんだから」


 大人の余裕を崩しに崩した女神様に畳み掛ける。

 そう、こんな茶番に時間など掛けていられないんだ。俺は今までの悲しき人生にさよならバイバイしてハーレムを作らなければならないのだから!


「うぐぐ、なんか納得出来ないわ…仕方ない、巻くわよ。」

「ああ!」

「…貴方には私の子飼いと共に私の世界、ユーリッヒの管理をしてもらいます。理由は影が薄いから。以上。では行ってらっしゃい!」


 …は?

 いや、待て、チートは?え?ハーレムは?何ユーリッヒの管理って、しかも理由、理由、、俺が気にしてること、は?

 …え?

 俺が口をあんぐり開けている間にどんどん離されていく女神との距離。


「ちょっ、待てええええええ!!」

「何よ?貴方の為に巻いたのよ?ほら、行った行った。」

「全ッ然テンプレじゃねえ!!とても説明が欲しい!枠使ってちゃんとした説明が欲しいです女神様!」

「…何よ面倒な人間ね。まあ私は寛大だから説明して差し上げるわ。」


 説明のため、必死に距離を詰めて女神に抱きつくとふわんふわんの胸が当たっ…じゃなくて。

 説明を改めてお願いすると女神は面倒臭そうに、ツンデレを醸し出してくれた。


「私の世界ユーリッヒはね、異世界から人族が身勝手に召喚した勇者やら、人族が他の族を虐げて固有性の消滅の危機だとか、そんな人族から必死に抵抗する魔族の王を人族が狂信的に嫌って話さえ通じないだとか、そんな人族の中でさえ一筋縄でないから魔物も魔族も哀れに狩られているとか、兎に角色々終わっているの。」

「全部人間の所為じゃねーか」

「そうよ。まあ人族だって多対一で戦ってやっとの種族だからユーリッヒを舐めて掛かるわけにはいかないのだけど、それにしてもそれを免罪符に色々とやらかしてくれちゃっている事に変わりは無いわ。」



「…で?それが何で俺が貴女の世界の管理を手伝う話になるんだよ?」

「ほら、文字通り私は女神でしょ?女神っていうのは基本的に世界をのがお仕事なの。自然災害が酷いとかなら助ける理由も出来るというものだけど…所詮種族同士の対立では、見守ることの範囲内なのよ、それがどれだけ酷くても。」

「つまり、人族から他を助けるのは越権行為だってことか?」

「ええ、まあ分かりやすく言うと過干渉ね。勿論ユーリッヒに居る全ての種族は私の力でどうとでもなる。でもその強大な力を行使して世界に安寧をもたらして何になるのかしら?種族の記憶をリセットしても過ちは繰り返すでしょうね。経験も積まれないまま同じ事を…繰り返されてはまた私がリセットするのかしら?そんな世界、見守る価値があるのかって話なわけだけど。」

「…成る程ね、要は…見守るからには成長する姿が見たいってことか?」

「そうね。種族が種族同士のわだかまりを解決し、ピンチを乗り越えていく姿…それ程に価値があるものなんて私には無いの。これでも良い女神である自信はあるのよ?」



「…で。」

「分かってるわよ、どうして貴方に世界を管理…世界に干渉して欲しいか、でしょ?分かったと思うけど私は世界に干渉したくない。でも、このまま放逐したらいつしか傲慢な人族が我に返ってもどうにもならなくなる未来が見えているの。それは即ち私のユーリッヒが破壊された事を意味するわ。それだとではなくしていたことになるわね。私としてもそこまで見過ごす訳にはいかない。だから考えたのよ。…人智を超えない程度の手助けをしてみよう、って。」

「ならもっと居ただろ?俺なんかじゃなくて、強いとか頭が良いとか何か素養があるとか」

「…あのね、ユーリッヒに力や狡猾さでしか何とか出来ないような悪い人間だけが居るとか思ったら大間違いだわ。私と同じくらいの大きな理想を持った人間はこれまでも数多く見てきた。でもね、愛する者の為、家族の家計を支える為、私利私欲に途中から塗れてそれで自信を喪失した為、力不足の為、、そういう人間らしい理由で皆結局は諦めてきたの。人間というものは外部の干渉に弱いから。」

「だから私は貴方のように影が異常に薄い人間がこの神界に足を踏み入れるのを待ってた。貴方は確かに生きているのに誰にも認識されない。生きながらにして外部との関わりを断ち切る…それは私とユーリッヒの者たちの狭間にある存在であるということよ。」


「…明らかに言い過ぎだと思うのは俺だけか?」


「貴方のその能力ならば外部の干渉を躱し、冷静に物事を見る事が出来るでしょう。それに、狭間の存在である貴方は私とユーリッヒの種族達との繋ぎとなってくれるはず。どう?貴方のその才能を活かして私の世界を成長させてくれないかしら?」

「…期待されるのは悪くない気分だし…やってやってもいいけど。俺なんかに世界をどうこうなんて出来るわけ無いけどな、過剰に期待しといて後から失望したなんて止めてくれよ」

「…随分自信が無いのね。ええ、そんなことは言わないわ。ではこれで契約成立ね?」


 正直、今までの話はファンタジーにしては現実味を帯び過ぎて重苦しくのしかかってくる。

 俺なんか、正直期待もされてこなかったし、いや認識されてないんだから期待も何もあるわけねーけど、それでも自信が持てないっていうのは当然の理由で。

 でも、こんな可愛くて美しい女神に期待なんてされたら…いや、別に嬉しいとかじゃねーけど。やる気はまあ、それなりに出るっつーか。


「…ああ。」

「では今から貴方は私の立ち上げたユーリッヒ管理委員会に所属します。唯一無二の上層部である私は殆ど口出しをしないので他のメンバーと共にこの世界をより良い物になるよう考え、実行していって下さい。ええと…あ、そうそう。貴方のような人達を私が特別に精霊と名付けたから宜しくね。さて、貴方には家族とかのしがらみも無くてとても…寂しいと思うから特別に譲歩してあげるわ。何か望みはあるかしら?」


 望み、か。

 本当はこの影が薄いのどうにかして欲しかったんだけど、それをアドバンテージとして見てる女神には当然聞いて貰えないだろうし。

 でも、ハーレム作りたかったな…俺だけの嫁たちが…

 ん?そういや精霊とか言っていたが普通の生活ってこれで出来るのか?


「…かなり認識されにくくて、あんたからの願いを遂行するってだけで、こう…ポヤポヤした光にならないとか、普通に食ったりとか、自由に世界を見て回るとか、ええと、人間らしい生活は出来るのか?」

「ええ勿論。その位の人間らしい楽しみを甘受しておかないと益々こちら側に寄ってしまうでしょ?望みがまさかそれなんて言わないでしょうね?」

「いや…そうじゃない。」


 まあ、人に認識されないのは慣れてるし、それに女神の話じゃ俺みたいのは他にも居るんだろう。そして、そいつらが俺を認識出来ないって事は恐らく無いはずだ。でなきゃ委員会なんて開いても意味がない。

 にしても人間らしい生活、か…した事がないから分からないが…


「…あの、さ」





______





「しっかしお前さ…認識されねえってのにイケメンになりたいって頼むとか…馬鹿なんじゃねえの?いや、馬鹿だろ」

「うっせ。認識されにくいってだけだろーが。」


 俺は気付けばイケメンになりたいと願っていた。

 イケメンになっても、尚不思議なベールで覆い隠され殆ど認識されないというのはわかっている。

 でも、強行した。

 何故って?

 そりゃお前、、




「異世界美少女の前で消えたり居たりする奴がブーだったら通報モノだろーが。」


「確かにな。…目の毒だ。」

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