約束のプリン

あまね

第1話

 小学校3年の初めの5月、その女の子は、転入してきた。

 おかっぱ頭にメガネをかけた地味といえば地味めな女の子、田中さとみ、それがぼくの宿敵の名前だった。

 

 隣の席になったときは、おとなしく、どこかぎこちなく笑ってきたので、こちらも笑い返したぐらいで、あとは教科書が揃うまで見せるように担任に言われて、本を開きながら見せて後は一言もしゃべらなかった。


 さとみが、本性を現したのは、そう遅くはなく、算数のテストが行われてて、テストの返却が行われた時だった。

 ぼくらの担任は、テストを返すときに満点であれば名前が呼ばれ、正解者が少なければ、その問題を正解した人の名前を呼ぶというルールがあった。


 そのルール通りに今回も、満点の生徒の名前が呼ばれた。


「今回は佐藤そうた、田中さとみが満点だ 皆も頑張るように」


 一瞬隣を見たときに、さとみもこちらを見ていて、目が合う形になった時に、なにかわからないが、こいつは敵だと思うほどに闘争心が湧き上がり、向こうもそうだったのだろう。


「へぇー 今度のテスト勝負する」

「いいよ、負けたらどうする?」

「給食のプリンを賭けてもいいよ あたし負ける気しないし」 


 お互いに勉強は、負けないという自負があったのだろう、給食の花形であるプリンを賭けて勝負する事となった。

 

 そして、テストの結果ぼくは勝利、それも百点満点が、ぼく一人というのもあり、隣の席のさとみの悔しそうな顔が、ぼくの勝利をさらに盛り立てる結果となった。

 

「いやぁ 悪いね算数得意なんだ、負ける気がしないね」


 その言葉をいったとたん、頭に衝撃がはしり、何が起きたのか分からない状態で、さとみを見ると、大きく腕が振りかぶっており、その腕が勢いよく振り下ろされて、再度頭には衝撃が走った。


「何するんだ」

「叩いたら馬鹿が治るかと思った」

「馬鹿はそっちだろ負けたくせに」


 そういったとたん、再度頭に衝撃が走り、こっちも負けずに叩こうとすると、後ろの席の女子に叩かれた。


「そっちが悪い」

「なんでだ」


 そっちに抗議しようとすると、さらに前の席の女子に叩かれた。


「そうたが悪い」

「くっ」


 暴力を振るった時に思ったのだが、こいつ凄く力が強い、すくなくとも家でゲームとマンガと宿題をするような、もやしっ子である僕よりは力がつよく、しかも1対3という圧倒的な不利な状況のため、こちらが泣き寝入りするしかなかった。

  

 まぁそれでも約束のプリンを悔しそうに渡したときには、すこしは心が晴れたが、さとみに対しては宿敵だと心を引き締めた


 席が近いからか、その後も何度かテストの勝負を仕掛けたり、仕掛けられたりしながら、ぼくは勝ったり負けたりとテストの点では、少しではあるが勝ち越している。


 ただ、それ以外の点については負けている。


 友達と呼べる人間もクラスにおらず、力もなく運動もできない、ぼくに対して、さとみは女子の友達も多いし、運動もできて、男子の悪がき三人相手に喧嘩して勝利したり、そうかと思えば、ピアノや音楽もでき、先生からもなにかと頼りにされ、雑用とかも頼まれている。


 クラスでも女子のボス、番長のような位置に上りつめていっていっている、さとみに対して、おいていかれないようにせめて、テストの勝負に負けないように勉強をしていた。

 それ以外にも、調理実習での班での行動や席替えの度に隣の席になる偶然もあり、周りからさとみの事が好きなのかとからかわれたり、それより酷いものになると、さとみの手下として見られる事も不本意ではあるが、多くなった。


 そんな時期に、ぼくは風邪の引き始めなのか、頭がぼっーとし始めて、意識がとぎれとぎれになりそうだったが、しかしテストを受けるために、席で震えながらも教科書のチェックをしていた。

 

「そうた あんた大丈夫なの?」

「は? 何がテスト勝負だからな」

「顔色悪いって そんなあんたに勝っても嬉しくないし」


 さとみに対して唯一勝てる見込みのある、このテスト勝負を、意地でもぼくから逃げるわけにはいかなかった。


「ほっとけ、プリン賭けて勝負だからな」

「どうなってもしらないからね、この馬鹿」 


 先生が、テストを配り始めた事もあり、それ以上は何も言えなくなった、さとみが心配そうに何度もチラチラとこちらをみながらも、問題を解く音が聞こえてくる。

 ぼくも負けまいと、頭をフル回転させるが、からまわっているのか、いつもは一分ともかからない解けるはずの計算も、どうにも間違っているような気がしてくる。

 そのたびに消しゴムをもち消しては、書いていく途中に、ふと隣から問題を解く音が終る、ちりりとテスト用紙から目を離して、さとみをみるともう解き終わっているのか、こちらを不安じっと見ている。

  

 いや、さとみだけではなく、周りからも、問題をとく音がまったく聞こえない状態だ。


「はい、テスト終わり お疲れさま後ろから集めて」


 そのテスト用紙は、消しゴムで消したかすれた答えだけが書かれた部分はあるものの、半分以上は手付かずだった。

その日は結局早退し、その後やはり風邪を引いていたらしく、3日ほど寝込み、学校にも行けない状態であった。


「そうた お客さん」


 3日目の夕方に母が、部屋を空けて通してきたのはさとみだった、さとみを通すと母はリビングへと戻っていき、ぼくとしては、気まずいが二人きりになった。


「これ、休んでいる間のプリント、仲がいいからもってけって先生に言われた」

「ありがとう」 

「別にたのまれただけだし、はいあの時のテスト」


 ちらりとみた点数は、いつもはとるはずのない1桁の点数が、さとみから直接返された。


「さとみ、何点だった」


 分かりきっていたが、勝負をしかけたのはぼく自身だったのだから、聞かないといけない、そう思い風邪のせいか、それとも聞きづらいせいか少し震えた声で、さとみに聞いた。


「10点」

「はっ うそつくなよ」

「あんたがあんな状態で解ける訳がないでしょ」


 その証拠にと見せてくれたさとみの回答用紙には、確かに申告どおりの点数だった。

 ぼくが、何もいわずにいると回答用紙をランドセルの中にしまいこんだ、そのかわり取り出したのは給食のプリンだった。・


「はい、今日の給食のプリン 先生の目を盗むの大変だったんだから」

「ありがとう」


 プリンを受け取り、あけようとすると、さとみはそれを無慈悲にぼくから取り上げた。


「くれるんじゃないのかよ」

「テスト勝負に勝ったんだからあたしがもらうね」 


 さとみは、そういうとおいしそうにプリンを頬張って食べていくが半分ほど残したところで、プリンを救ってぼくの口に突っ込んだ。

 急な事だが、むせそうになるが、それでも喉を通るプリンの甘みはとてもおいしかった。


「まぁ今回は私も酷い点だったから半分おすそわけ、そうたテストの答案見直して勉強しなよ」


 そういうと食べかけのプリンをぼくに押し付けて、部屋から出ていき母に挨拶したあと家から去っていった。

ぼくの手の中に押し付けられたプリン。

 そして自分の答案用紙には、ぼくとは違った文字で、はやくよくなれバカと書かれた用紙があった。


「そうた 今の子彼女?」

「クラスでテストの勝負をよくする子、ライバル 宿敵」

「あっそう 素直じゃないわねぇ」


 母にも誤解されたが、断じて恋人ではない。

 

 田中さとみは。ぼくの宿敵の女の子


 そういいながら、半分残ったプリンをじっくりと味わいながらそう僕自身に言い聞かせた。

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約束のプリン あまね @kinomahiru

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