終章   キリノ

 あの出来事から約三ヶ月が過ぎた。

 本人たちにとっては、生死をかけた死闘でも、世間に影響が無ければ誰も知るはずがなく、毎日それなりに平穏な日々が続いていた。

 この学校もそうである。あと数日で長期休暇が始まるせいか、多少浮かれ気味の者もいるが、いたって平和な高校生活を生徒たちは送っていた。


 二年生の彼女は、相変わらず良い噂も悪い噂も半々ながら、学校で一番人気だ。美形で、男女を問わず好かれている。実際ファンクラブがある。会員番号一番は、彼女と同じクラスのキョウコだとか。クラブの創始者で、同性好きな彼女の恋人、との噂もある。

 で、最近注目を集めている生徒がいる。普段はいたって普通の、真面目な女子高生だが、ひとたび街に繰り出せば、不良グループのリーダーたちが道を開け、頭を下げるという。一番人気の彼女が一目置く、ダークホース。そして、次の恋人候補。


 彼女の名は・・・・


 放課後の教室。

 帰り支度をしているあかねの手が止まった。まわりの生徒たちが騒ぎだしたのが原因ではない。背中を突き刺すような視線と、強烈な悪寒が襲ったからだ。

 知らないフリをしよう。

 そう決心して荷物をまとめ、カバンを肩にかける。

 「あ・か・ね・ちゃん」

 廊下から私を呼ぶ声がする。

 聞こえないフリをしよう。

 もうひとつの扉から教室を出る。

 走った。

 「あ、こら。逃げるな」

 可能性を信じて走ったが、昇降口の手前で確保された。

 「あ、ミチルさん。こんにちは」

引きつった笑顔で言うあかね。

 「こんにちは、じゃねーよ」

 頭を軽く叩かれる。

 「キョウコがさあ、今日バイト来れないから、代わりに来て」

 「ええ~っと、きょ、今日はちょっと・・・・」

 「無理に理由を作らなくていいから」

 バッサリ言われた。


 バスを降りて、わりと大きな商店街を歩く。今月に入ってから二度目の同じ道。

 細い路地の曲がり角。

 棒付きキャンディーを舐めながら座っている、見るからにヤンキーな学生。ミチルとあかねを発見するなり、直立一礼して路地の奥へ走り去る。

 思わずため息をつくあかね。

 アルバイト先のバーガーショップに到着。いかつい顔の男子高校生たちが店先に整列している。

 「ミチル姉さん、あかね姉さん、お疲れ様です!!」

 十人近い男たちが一斉に合唱。

 声も姿勢も揃っていて、結構迫力がある。なんて関心しているあかね。よう、と手を上げて店入りするミチルの後ろで、この光景に慣れてきた自分に恐怖を感じている。

 あかねちゃんだけは僕の味方だと思っていたのに、やっぱりそっちに行ってしまったんだね。みたいな店長の視線がちょっとつらい。

 「ミチルちゃん、あかねちゃん、お疲れ~」

 エプロンをつけて店に入ると、店長の奥さんがいた。

 ということは・・・・

 ダッシュする。

 あかねは満面の笑顔で、奥さんの隣の、乳母車にしがみつく。

 先月生まれたばかりの赤ちゃん。

 ひゃぁ~! 超可愛いんですけど!

 この子に会えただけで、来た甲斐があった。母乳の匂いがするその顔に、頬ずりしたくなるのを必死に我慢するあかね。

 ずっとこのまま見ていていいですか?

 はい、駄目です。

 今日もお店は満員御礼。

 半分はいかつい顔の学生なんだけど。

 神様、どうか今日は何も起きませんように。


 神様のバカ。

 私の願いは叶わなかった。接客を始めて一時間足らず。学生たちが騒ぎ出す。一般のお客さんたちも、待ったましたとばかりに椅子を移動させる。

 歓声と悲鳴。

 今日の見張り番が決まったようだ。

 「ミチル姉さん、お客さんっす」

ポケットから蝶ネクタイを取り出した男が言った。

 店の出入り口に男性が立っている。

 「ココニキタ、ミチルコロス」

 片言の日本語で、見るからにあちら系の拳法使いの服装。


 ミチルさん。

 あなたはインターナショナルでケンカを売り歩いているのですか?


 ミチルが男性と何か話しているなか、店のテーブルは隅っこに追いやられ、椅子が店の外へ向けて並べられた。誰かが指示するわけでもないのに、お客さんの動きには無駄がなく見事な団結力だ。

 「あかねちゃん、ここにおいで」

 空席の横で手招きする奥さん。横に乳母車。

 言い忘れたが、この奥さん、かなりの格闘技好きである。キョウコからミチルのことを聞いて、アルバイトに誘ったのも奥さん。こうなることを予測していたわけではないだろうが、結果的には良い方向に展開したことになる。

 ここは一般常識が通用しない異空間。

 「あかね姉さん、どうぞ」

 奥さんとヤンキーさんに招かれて、お盆を胸元に抱えたまま、席に着くあかね。

 なぜかミチルと目が合った。

 時代劇の悪代官みたいな悪い笑顔。

 まずい。

 とっさに視線を外したが遅かった。お盆で顔を隠したが、気配で彼女が自分の目の前に立っているのが分かる。

 「あかね」

 名前を呼ばれた。

 聞こえません、知りません。今日から私の名前は花子です。

 「あかねが戦いな」

 店の外で肉の壁を作っている学生たちからどよめきが起こった。

 「あかね姉さんが戦うぞ!」

 「ミチル姉さんの一番弟子のあかね姉さんが、いよいよデビューだぞ」

 大歓声と大勢の視線があかねに向けられる。


 いつから私はミチルさんの弟子なんですか!?


 「何言ってるんですか。無理に決まっているじゃないですか」

あかねはお盆で顔を隠したまま答える。

 ミチルの顔がお盆に近づく気配。

 「お前には魔法があるだろ?」

と小声で言うミチル。

 「駄目ですよ。人前で魔法なんか使えません。それに、私は修行の身だから、マスターのいないところで魔法使ったら、怒られます」

小声で返すあかね。

 ちなみに、マスターとは彼女の師匠であるアンナのことだ。そう呼ばれることに憧れていたらしく、弟子入りしてからずっとそう呼んでいる。

 「こっちでの世話はせつなに任されている。つまり、私の意志はせつな公認。ならアンナも公認ってことだよ」

 言ってる意味が分からない。

 「絶対無理です!」

 このお盆は絶対破らせない。

 「あ、そ。じゃあアノ事、みんなに喋ってもいいんだね?」

 ミチルの言葉を聞いて、あかねの体が一瞬ビクンと動いた。


 結局こうなった。

 拳法使いの男性に対峙するのは、校章の入った体操服を着たあかね。着替えたのは、制服を汚したくないから。

 二人の中央に、蝶ネクタイを付けた学生。その反対側の壁に、腕を組んでミチルが立っている。

 蝶ネクタイが二人を中央に呼んだ。

 「ルールは簡単。気絶させるか、相手に参ったと言わせるか。それでは、時間無制限の一本勝負を始めます!」

 歓声が上がった。

 見張り役の三人が帰ってきた。

 今日はあかねのデビュー戦。見逃すことはできない。彼らと入れ替わるように、見張り役に抜擢された店長が店を出る。

 なんで、俺が?

 抜擢した奥さんが、早く行けと手で合図を送る。

 凶器を持っていないかの、ボディチェック。拳法使いの男性を数秒で終わらせ、蝶ネクタイがあかねに近づく。

 これがレフリーの特権。

 やや興奮ぎみの蝶ネクタイ。

 ミチルが二人の間に割って入った。

 「私がやるから」

 彼女に睨まれる蝶ネクタイ。もちろん逆らえない。

 残念顔の彼と、ざまあみろと、嬉しそうな学生たち。

 ミチルがあちこち触ったらしいが、あかねは覚えていない。これから精神統一するから、ちょっと時間ちょうだい。ミチルに手を引っ張られ、路地の隅っこにきた二人。

 頬を軽く叩かれて、ようやくミチルが目の前にいることに気づく。

 「ヒドイですよ。人の弱みにつけこんで」

泣きそうな顔で言うあかね。

 「まあまあ」

笑顔で答えるミチル。

 バラされたくない事は、あかねにとってちょっと恥ずかしい事。ミチルやキョウコと仲良くなって、つい話してしまった過去の失態。魔法で記憶が消せないかと考えたが、方法があってもあかねにそんな技術があるわけがなく、時々それをネタに振り回されている。

 内容は、恥ずかしくてちょっと言えない。

 「これも修行のひとつだから。誰にも気づかれずに、魔法を使う状況があるかもしれないでしょ?」

 「また適当なこと言ってぇ」

 そう言いながらも、手袋をはめるあかね。

 これは修行に入る前に、せつなからもらった『魔法の手袋』。魔術回路がまだ細く魔力が不安定なのを補助するもので、安定した魔力を引き出してくれる。まさに『魔法の手袋』なのだ。

 やると決めたら前向きな気持ちになる。

 あかねはそんな性格だ。

 店の客と学生たちに背中を向け、目を閉じる。大きく深呼吸。

 片手を上げて、人差し指で空中に文字を描く。


 T(ティール)  F(フェオー)  U(ウル)


 三つのルーン文字を連呼。自分に魔法をかける。

 戦闘力を上げ、ヒット率を良くして、精神力(気持ち)を高める。

 うまくいったかどうかは分からないが、少し気持ちが落ち着いてきた気がする。あとは魔力でどれだけ打撃痛が抑えられるか、だ。

 手袋をはめたままの戦闘を、相手に許可をもらい、向かい合う二人。

 蝶ネクタイとミチルが道の外側へ移動する。

 「ワタシ、コロス。オマエ、ホンキ」

 本気で殺しにいくから覚悟しろ。

 そういう意味だとあかねは解釈した。

 ミチルは彼にこう伝えてある。


 この子は格闘の素人だ。それに勝てないようなら、あんたも格闘の素人、てことだ。そんんな奴が私に挑戦するなんて百年早いわ!


 男性はかなり怒っていた。対して、あかねは今にも泣きそうな顔をしている。

 「レディー・・・・ファイト!!」

 戦闘開始だ。

 拳法男が軽やかなステップであかねに迫る。右足の蹴りが頭を狙う。腕を上げて受ける。大丈夫だ。魔力のおかげで打撃を受けた痛みは軽減されている。

 足音がしないステップ。

 次は素早い回し蹴り。二歩分後退してかわす。よしよし、目もちゃんと動きが見えている。

 何度も見た、ミチルの戦い方を頭の中で反復する。

 拳法男の手と足を使ったコンビネーション。何かの動物か昆虫の動きを取り入れた独特の腕さばき。

 「アワワワワ・・・・ワァ!」

 奇声を発しながらも全て受け止めているあかね。

 腕力で勝てなくても、足蹴りなら効果があるかもしれない。

 「せぇの、えい!」

 自分のかけ声でタイミングを計り、右足の蹴り。男の脇腹にペチャン、と誰が見ても痛くなさそうな蹴りが入る。

 「あれ?」

 イメージと違う蹴りに戸惑うあかね。

 彼女より、拳法男やまわりの観客のほうが、あれ?、って感じだ。

 「ミチルさぁ~ん」

 あかねは慌ててミチルに走り寄る。

 「ちょ、タンマ!」

 勝手にタイム宣言するミチル。了解を得る間もなく、あかねに蹴り方の指導。軸足をこう踏ん張って、腰を回転させて・・・・実演しながらのレクチャー。

 拳法男はそんなあかねを鼻で笑い、観客は不安顔だ。

 あれだけ素早い蹴りや突きを受け止められるのに、いざ攻撃に転じれば、小学生のほうがもっと強く蹴るよな、て感じの蹴り。

 いかつい顔の学生たちがザワザワ。レフリー役の蝶ネクタイが、拳法男に少し待て、身振りで説明。

 「ごめんごめん。もういいよ」

ミチルが言った。

 あかねは中央に戻り、ミチルに教えられた動きを練習している。

 「軸足をこう踏ん張って、脇腹に蹴りを入れて、相手の体が、くの字に折れたところへ、顔面に掌底。肘を曲げないように・・・・」

 言葉に合わせて動きを確認している。

 攻撃の内容が相手にまる分かり、である。

 「ファ、ファイト!」

 不安な気持ちのまま戦闘再会。

 拳法男は、肩の筋肉を軽くほぐし、首の骨をポキッ、ポキッ、と鳴らすと、体を左右に揺らすステップで、あかねにゆっくりと近づいた。

 まあ、全然効かない攻撃だが、一応受け身の体勢を取っておくか。みたいな、余裕顔で詰め寄る。

 「せぇの・・・・」

 あかねのかけ声。

 はいはい、右足の蹴りですね。一応腕で脇腹をガードする。

 足が上がった。ゆっくりと・・・・!!

 有り得ないが、途中で蹴り足が加速した。

 拳法男の体が浮いた気がした。腕で受けてもあばら骨が悲鳴を上げていた。たまらず体が前のめりになる。

 あ。

 拳法男は、次にくる攻撃を知っていた。

 あかねの左手の掌底が男の顔にヒットした。男はその衝撃で、マンガみたいに一回転して、背中から地面に倒れた。

 一瞬の間があって、慌ててレフリーが男を見る。白目を向いていた。

 試合終了の合図。

 あかねの勝利。

 地面が揺れそうなほどの大歓声。


 さすがっす!

 やっぱりミチル姉さんの一番弟子だ。ハンパねえ


 男たちの称賛。

 泣き顔から笑顔になったあかねだが、途中でふと気づく。

 結局、みんなの期待に答えて、私はミチルさんの一番弟子ですよ、とアピールしてしまったのではないだろうか。

 ミチルを見る。してやったりの、悪代官みたいな悪い笑顔。

 まんまとハメられた。

 あかねは頭をかかえて、その場にしゃがみこんだ。


 学生に呼ばれて、戻ってきた店長。テーブルも椅子も元通りに置かれ、お客さんも学生も、何事も無かったかのように座っている。しかし、かすかに聞こえた歓声と、彼らの会話の内容で、あかねが勝って、それがどれだけすごかったのか、十分伝わってきた。

 で、店内にあかねとミチルの姿がない。

 店長は奥さんを見た。

 「あかねちゃん、急用ができたみたいだから早退。ミチルちゃんはお見送り」

 そうなんだ。

 あかねファンの店長は少し残念顔。察した奥さんから、キツい視線が飛んできたが、彼は気づかないフリをして厨房に戻っていった。


 「じゃあ、せつなによろしく伝えといて」

ミチルが言った。

 ここはバーガーショプの裏口。人がひとり通れるくらいの細い路地裏である。

 服を着替えている途中で、目の前に魔法文字。

 マスター(アンナ)からのメールだ。


 せつなが来てるから、ちょっと顔出しな


 彼にこの前会ったのは、手袋をもらった時だから、三ヶ月ぶりか。

 せつなが大好きなミチル。自分だけ会いにいくのが申し訳なくて、つい謝ってしまうあかね。

 バイト、途中で抜けてごめんなさい。それと、

 「私の今の魔力では、ひとりしか駄目で・・・・」

 「いいよ、気にしなくて」

 ミチルに肩を叩かれる。

 「私とせつなは、離れていても気持ちがつながっているから。それに、結構メールでやりとりしてるから」

 もう一度、心の中で謝って、カバンからキーホルダーを外す。

 黒猫のキーホルダー。

 「マー君、お願い」

 キーホルダーの猫が、あかねの指をガブリ。子猫サイズになって、あかねの手から飛び降りる。

 ニャーォ

 甘えるような鳴き声で、あかねの足に擦り寄るマー君。

 ちなみに、マー君はスタンダードな猫の名前『タマ』からとった名前である。

 マー君はあかねに甘えた後、座って前足をペロペロ舐め、顔を洗い始め、ようやく歩き出したかと思えば、今度はミチルの足に擦り寄った。

 魔力で生きる猫も、やはり猫らしく自由奔放なようだ。

 「え、え~っと。マー君、お願いします」

あかねがしゃがんで言った。

 「ふむ」

 それだけ言って、ようやく動き出すマー君。辺りを見回し、最適な場所を探す。

 あかねのほうを向いた


 準備はいいかい?  魔法の門を開けるよ


 決まり言葉を合図に、マー君が壁に飛びついた。何の変哲もない壁に、鮮やかなオレンジ色のドアが浮き出てきた。マー君の体は、金属のようなツヤのあるドアノブに変化していた。

 「じゃあ、行ってきます」

あかねが言った。

 手を振るミチル。

 ドアノブになったマー君の尻尾に手を伸ばす。

 ドアを開けてすぐに、食欲をそそる良い香りがした。


 ここは魔法世界。


 海と白壁の街並みが一望できる丘の上。ポツンと一軒建つ木造の家。屋根付きデッキの上には人影がふたつ。

 アンナとせつなである。

 二人はお茶を飲みながら、青い空と、眩しいくらいに輝いている海原を眺めていた。襲撃を受けて、荒れ果てた大地や草花はどこにも見当たらない。ここはアンナの魔力によって管理、維持された街。修復は指先ひとつだ。

 「で、その後どうだい?」

 アンナが開口した。

 「リョウ兄さんの事があってから、しばらく何も無かったけど、最近少し怪しい動きがあるね。あかねちゃんたちの世界に魔法使いが流れ始めているよ」

 「『魔眼』を狙っている連中かい?」

 「おそらくね」

そう言って、お茶をすするせつな。

 「黒幕は『ギルド』の中の誰か、もしくは組織全体が狙っているかもしれない。『魔眼』の力が制御できるなら、有り得る話だ」

 僕も何度か狙われたしね、と付け加える。

 『ギルド』とは、戦闘に特化した『ギルの魔法使い』を管理、運営する組織の総称である。様々な世界からの要請や状況に応じて、適正な魔法使いを送る、いわば派遣会社みたいなものだ。

 「キリノ家が独占していることに不満を感じている人は大勢いたからね。取り出して、制御できる術があれば、誰だって欲しいよな」

 他人事のように話すせつな。

 「難解、複雑な魔術で、キリノ家の人間に縛られている『魔眼』も、何百年も経てば解明されてもおかしくないか」

アンナがつぶやく。

 ちらりとせつなを見やる。何か言いたげなアンナ。

 気づいているが、知らないフリをするせつな。

 「あまり独りで抱え込まないほうがいいよ、せつな」

 アンナの言葉に笑顔で答える。

 「お前の兄貴は、近年類を見ない天才魔法使いだった。それが魔法を捨ててあっちの世界で生きるなんて。私には何か考えがあっての事だとしか思えないね」

 せつなは何も言わない。

 ただ遠くを眺め、静かにアンナの言葉を聞いている。

 「これは私の独り言だけど・・・・」

と、アンナ。

 「お前の兄、静は、いずれこうなる事を予測してたんじゃないかい?あかねに『魔眼』が宿ることも、リョウや同じ魔法使いが狙うことも。彼ほどの男なら、十年、二十年先の未来を、術式魔法で予知できてもおかしくない」

 アンナは、せつなの表情から、当たらずとも遠からず、と感じた。

 彼が語らないのは、きっと兄弟の間で固い約束があるから。弟思いの静と兄を心から尊敬、信頼していたせつな。二人の絆は深く濃い。アンナでも入り込むスキはないのだろう。

 ま、言いたくなければ言わなくていいさ。 

 いつか笑って話せる時が来るだろう。そう信じている。


 ところでさあ、とせつな。

 「あかねちゃんの修行は順調なの?」

 話題を変えてきた。

 ここは何も言わず合わせるか。

 「素質はあるね。魔力供給にやや難があるけど、それは慣れれば問題ないし、『魔眼』が暴走して発動したことが、結果的に魔術回路の組成に役立って、今じゃ少しだけ魔法が使えるようになっているよ」

 「へえ~、そりゃスゴイ」

 「久しぶりに魔法を教えることができて、私ゃ幸せだよ」

 自分に対しての皮肉だな。

 アンナの言葉に首をすくめるせつな。

 「僕は魔法は全然ダメだったからね」

 笑い合う二人。

 あ、そうだ。とアンナ

 ふと思い出したことがあって、話し始める。

 「お前の女、名前は何だったか・・・・?」

 「ミチルのことかい?」

 僕の女じゃないけど。

 「そうそう、ミチルだ。その子に会ったら言っといておくれ。あまりあかねに変なことを教えないように、って」

 せつなは笑う。

 「彼女なりにあかねちゃんを思ってやっている事だからさあ、大目に見てやってよ」

 そう言いつつも、ミチルの悪代官顔が思い浮かぶ。

 今度会った時、ちょっと言っておこう。


 不意に、家の中から微量の魔力を感じたせつなとアンナ。

 これは世界と世界をつなぐドアの魔力。

 「お、来たようだね」

アンナが言った。

 指をパチン、と鳴らす。

 テーブルの上のティーセットが消える。

 「この前約束したからね」

とアンナ。

 僕はあの二人、あまり得意じゃないんだけどなあ。

 三大魔法使いのロヴェールとタージのことである。あかねのことで世話になったし、二人を夕食に招待していた。

 「あかねにはまだ話していないが、あいつらにも修行を手伝ってもらおうと思っている。その打ち合わせも兼ねての食事会さ」

 納得だ。

 「ルーン魔法は特殊だからね」


 家の中へ向かおうとした時、また魔力反応。

 これはよく知っている。

 「あかねも来たようだ」

アンナが言った。

 家の中で何かが崩れる音。そしてあかねの悲鳴。

 「やれやれ、またか」

 ため息をつく。

 前回は天井からの登場だった。

 「お前もそうだけど、あの子も期待を裏切らないよ、まったく」

 アンナの言葉を否定できないせつな。

 顔を見合せ笑う二人。

 今夜は楽しい夕食になりそうだ。

 泣きそうな顔をしたあかねを想像しながら、二人は家の中へ入っていった。








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キリノ 九里須 大 @madara

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