羊を食べる彼ら

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羊を食べる彼ら


 羊を食べる彼らがいた。

 彼らの先祖が羊を見つけてから、ずっと食べ続けている。緑豊かな広い土地に放牧されている羊は、ふくよかに育っていた。


 ある時、彼らのところに旅のものが訪れた。遠くから来たという疲れ果てた旅のものを、彼らは手厚く歓迎した。外から来るものが多くなかったからだった。

 旅のものは羊を知らなかった。そこで彼らは教え、子羊のつがいを売った。旅のものは帰ると、小屋に羊を押し込めた。本国に広い土地はなかったのだ。身動きが取れぬ小屋だったが、それでも羊は育ち、繁殖し、多くが羊を口にした。そして誰もがその味の虜となり、また口にした。


 だが旅のものは満足しなかった。彼らのもとで食べた羊とは、比べるまでもないほどに劣った味だったのだ。旅の者は再び彼らを訪れ、羊を買った。それからは彼らが育てた羊が流通するようになった。同胞達は羊を飽きるほどに食べた。羊を育てる彼らは以前のように、自らが食べる暇を失った。ただただ育て、以前のような味ではなくなったのだが、貪るばかりの同胞は舌は肥えていなかった。

 やがて羊は飽きられた。その頃にはもう羊は数えるばかりとなり、いつ消えてもおかしくはない種だった。落ち着きを取り戻した彼らは静かに密かに羊を育て、食べた。


 それからしばらくして、彼らは糾弾された。数少なくなった羊を未だ食べるとはなんたる野蛮なことかと。識者がそれに続いた。羊は高度な知性を持っており、それを食すのは旧時代的であると。同胞たちは恐れおののく。今の時代にそんな残酷があるということに。窮屈な小屋で屠られる羊の絵が飾られ、羊の権利を守るための行進がいくつもあった。

 彼らにとっては古くからの伝統であり文化であったので、突如湧いた声に反発していたが、それがさらなる反感を生み投獄された。同情の声は多くなかった。

 

 こうしてそれから二度と、羊が口にされることはなかった。野に放たれた羊は自然のなかで生きるすべを知らず、絶えた。それが知られるのはまた長い時の後だった。


 羊の味を知る最後のものは獄中で呟く。


「ああ、恋しい。アミルスタン羊」

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