近衛 鳥鳴 著「嗤う」

其の男は確かにわらうていた

その眼はいていたと云ふのに

其の男は腹を抱へて嗤うていた

闇闇しか持たなひ夜の手の中で

息をする事をめた愛しき妻を見下ろしながら

悲鳴のやうな音色でむせび躍りながら

月に向かひてそれなりに狂うて居た。


其の男は確かにわらうていた

その眼はいていたと云ふのに。



<嗤う>

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■引用詳細

近衛 鳥鳴著「とうめい色の心臓」より抜粋。

二〇〇五年八月十八日 - 出版。


■近衛 鳥鳴(このえ ちょうめい)

 大正期の詩人作家。本名「萩生 繁(はぎわら しげる)」

 その時代にはまだ新しかった口語体によって書かれた自由詩を得意とした。

 学生時代には江戸時代の文献に精通しており地方に伝わる文献の研究していた。その後、乃木のぎ 晴一はるいちの元で処女詩集『とうめい色の心臓』を発表し名を広める。続いて八年後『回廻(かいね)』を刊行。

 詩集を集成本合わせて4冊、長編小説『鏡猫』を発表(木嶋賞を受賞)

 人形浄瑠璃や歌舞伎を好み"曽根崎心中"をモティーフとした作品『連理の枝』や趣味であったピアノ作曲『名残の露』を発表している。(本楽曲はお初と徳兵衛が死を覚悟し露天神の森へ行き、命を絶つ所までを情熱的に表現。)

 肺炎で死去。享年46歳。

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