作者不明「一狐夜行~八転七転」

 昔々在るところに、じぃさまではない薬売りの青年と、それに取り憑くばあ様ではない化け狐がおりました。怪談話にも向きやしない、うららかな陽気の下に起こった、ただの話でございます。


「良い天気です。そろそろ日差しが恩恵を感じる程に強くなってきましたね。」

 青年、桜にでも話しかけるかのように皆には見えぬ狐に向かってしゃべります。

「戯け。お前が恩恵などと言うと冗談が過ぎていて気持ちが悪いな。」

 欠伸をしながら青年の肩の上で丸くなる化け狐はそんな小言の一つを返し。

「…肩の上に乗ってるだけの役立たず糞狐が。お前こそ恩恵の恩の字を覚えろ。」

「貴様、それは喧嘩を売っておるのか?」

「いえ、そんなくだらない物売るのであれば、団子を買おうと思います。」

 ひらり、と狐の噛み付きを避け、青年は茶店の暖簾を潜ります。

 と。そこでは

「さぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい!我が家に代々伝わるこの、からくり匣の謎を解いた人には団子百個食わせてやろう!!」

 威勢の良い掛け声とそれに群がる人だかり、その中心でにこにこと満面の笑みで小さな木はこを手にする小柄な商人風の男がおります。

「ヘェ、いったいどうしたのですか?」

「何でも、徳持屋さんの蔵からすっかり忘れていた財宝が見つかったやら何やらで、今それを餌にみなに団子食わせようとしてる所だ。」

 見れば、紙をまじまじと見ながら団子と茶をすする不思議な姿がちらほらと。

「ははん、成る程。美味い商売だ。どれ、私も参加してみますかねぇ」

 わかるように背負っていた薬屋の箱を下ろし、頭に巻いた風呂敷を取り払いながら、旦那、旦那、と青年は手招きをします。

「旦那、いったい何事ですかい?」

「おや、薬屋さん。あんたぁ運が良い!今日は特別おまけ付だ!」

 そう店主と思われる猿顔の眉毛の太い男は匣と紙を目の前に掲げ、

「この謎が、解ければこの匣、開きたり。」

「なかなか粋な俳句を読む旦那だ事で。」

「おだてられても団子以外と茶以外は出ませんよ。とにかく、このからくり匣が開けば団子百個アンタの物!」

「歌人なだけでなく商売人としても素晴らしい旦那なようだ。どれどれ、紙を見せて下さいませ。」

 そう青年が受け取った紙には書き殴ったみみず文字でこう、書かれていました。

「茎にはありて、根にはなきもの。

 顔にはありて、体にはなきもの。

 火にはありて、水にはなきもの。

 右と左に並べて回し、押して引けば、箱開きたる」

「…えーっと。」

「この匣の開け方なのだそうですが、さっぱり意味が分からんのです。小さい頃にこの中には宝が入っている!と言われたのですが、ジィ様は死ぬときに「絶対に開けるな」とだけ言い残して死んでしまったので、開け方は分からずじまい。途方に暮れているので、この次第。」

 どれどれ、と旦箱の持つ匣を手にする青年、掌に収まる寸法の箱造りの匣には回す事の出来る螺子が付いており、時計のように番号が振られている。

 螺子をぐりぐりと回しても、うんともすんともかちりとも言わぬ始末。

「我が家の秘宝はやれんが、団子ならいくらでもやるから、薬屋さんも頑張って解いておくれ!」

 青年の肩を勢い良く叩き、旦那はへいへいと別の客の方へと駆け行きます。

「秘宝、ですか。何なんでしょうねぇ一体。」

「団子のれしぴじゃなかろうか。」

「お、玖孤くこサマも洒落を言うようになったのですね。」

「どちらにしても、ワシには興味無き品故、御主一人で頑張るが良かろう。」

 狐、欠伸をしながら、お茶に舌を入れ、すぐひっこめた。

「ははん、狐様は猫舌で御座いますか。」

 にたと得意げに笑い運ばれてきた団子を頬張る青年、回転が早いのか団子はまだ少し温かい。今の季節には適さないながらも、出来立てはやはり美味い。

「それにしても…あのからくりぼつくすは、如何致しましょうかねぇ。」

「如何するも何も、開けて団子食えば良かろう。」

 そう、平然と言う狐を横目で見ながら、もう一方の目で先ほどの紙を眺める青年の額にこそりと冷たい汗が流れます。

「…いやぁ、こんなへんちくりんな、なぞなぞが分かるわけが…。」

 団子を頬張りながら銘ノ助、へらり、と狐の様子を伺い。

「分からんのか、ど阿呆。」

 鼻を鳴らし、込められるだけ込めきった侮辱を突き刺す狐の嫌味声。

「…このッ」

「わしに無礼を働いたら、団子百個は一生食えんな。」

「…くっ。」

「とりあえず、団子一つ戴くぞ。」

 すぅ、と団子が一本ころころころと机の下へところころり。

「…私が大変悪ぅ御座いました。狐様様教えてくださいませ。」

「謝の気持ちがこもっておらん上に、タダで貴様に教える義理も我には無い。」

 ぎりぎり、と歯を噛む音を無視しながら狐は少し温度の冷めたお茶を飲みます。

「玖弧サマ…。何がお望みで御座いますか…?」

「そうだな。とりあえず今晩は良い宿を取り、その飯は私にきちんと供え、さらに今回の分け前半分はきちんと遣せよ。」

「…うっ。ただの狐霊の癖に…除霊するぞ。」

「嫌なら良かろう。無い脳味噌を捻って味噌汁でも作れ。」

 しばし己のプライドと俗欲を天秤にかける青年、そして諦めたように

「…分かりました。分かりましたから、教えて下さい。」

 青年は潔く両手を上げ最後の団子を一口でぱくり。

「まったく情けない奴じゃ。そうだな…始まりにありて、終わりには無きもの。」

「…はい?」

「えぇい、我にはありて貴様には無い物だ。」

「それ即ち、その糞意地悪なこころ…」

「貴様、教えんぞ。」

「はい、はい、すいません。えーっと」

「お主本当に分からんのか。」

「すいませんねぇ、味噌汁作る脳味噌すら無いんです。だから教えて下さいよ玖弧サマぁ。」

 情けない声を出す青年を少し呆れ顔、そして満足そうに眺める狐。

 すぅと背筋を伸ばし、ゆたりと尾を振りながら

、だ。」

「…は…な………?」

 あ、と息を呑み青年、すっくと立ち上がり旦那の方へと駆け寄ります。

「ちょっと、匣貸して下さい。」

「え?」

 旦那から匣を受け取る青年、店内野次馬全員が注目している前で

 、かちかちり。

「…開きました。」

 周囲にどよめきが沸き上がり、目線は青年の持つ匣を一心に集められます。

 匣の蓋が、少しずらされ、青年の指が入り、蓋が持ち上げられ――――


「…何も……?」


 一同。黙り込み、動きを止め、息を呑む。


「どういう事だ?!え!宝は一体何処に!…あんた、開け方間違えたんじゃ…」

 青年は匣の蓋をもう一度閉じ、旦那の方へと振り向きます。


「そんなもの、、なかったんですよ。」


 青年は問題の書かれた紙を持ち上げながら

「茎にはありて、根にはなきもの。花

 顔にはありて、体にはなきもの。鼻

 火にはありて、水にはなきもの。花

 つまり、はな、です。並べて回して、で八七、という事です。

 左に八回、右に七回、この螺子を捻る事で開く仕組みです。」

 ざわざわ、と言葉は聞き取れぬ程の音量で人々が口々にしゃべり始める。

「でも、確かにじぃ様は我が家に伝わる宝があると…。」

 団子屋亭主、食い下がります。

「しかしながら最後に「絶対に開けるな。」と言い残されているのでしょう?継がせるつもりであるならば何かしら伝えられるはずです。つまり宝の話というのは小さかった貴方に聞かせた、ただの話、と考えるのが妥当か、と。」

 やれやれという空気と共に店内の客や野次馬が青年の周りから去っていく中、旦那だけが呆然と、青年の目の前に立ち尽くしております。

「旦那、そう気を落とさずに。良いおじい様だったのではないですか。素敵なその物語もきっと貴方を思っての事だったのですよ。」

 青年は店主に優しく微笑みかけながら彼に手を差し伸べる。

「そうですね…私は旅をしている身である故、団子百個は残念ながら頂く事ができません。ですから持てる分だけ頂いて後はこの後皆様に団子を食べさせてあげて下さいませんでしょうか。ほら、見て下さい。貴方の団子のおかげでこんなにも人が集まり、楽しいひと時を過ごす事が出来たのです。」

 青年の言う通り、店内や道端には福徳屋の団子を手に天気の良い昼下がりに楽しそうに笑い合う姿が広がっていました。

「あぁ、確かにそうだな…。」

 青年は旦那の手を取り微笑み、

「私は今日この日この時、こんな幸せな店に立ち寄れた事、とても嬉しく思っています。良い思い出を忘れない代わりに、この匣を記念に戴いても良いですか?」

「…薬屋、アンタ良い人だな。あぁ、その匣で良いんだったら持って行きな!」

 旦那、感動の涙が目に浮かびます。

「ありがとうございました。それでは、失礼致します。」

 にこり、と青年はさわやかに暖簾を潜り外へと出て行きます。

 青年の後ろでは、仕方ねぇ団子食ってけみんな!という威勢の良い声と歓声が上がりましたと、さ。


めでたし、めでたし。



「―――銘之助めいのすけ、やりおったな。」

 葉桜の街道の下を歩く、青年―――銘之助の肩に乗る狐がにやり、と笑う。

「そんな風に言われたら、まるで悪い事でもしたかのようではないですか。」

 ただの笑顔をあしらった銘之助の顔の奥に確かに狐のにやり、と同じ裏が隠されている。

「悪い事をしおったから、言っておる。」

「おじい様の、名誉を守ったまで、ですよ。」

 銘之助は袖から先程の匣を取り出し、右へ八、左へ七回し、かち、かちり。

 すると途端、匣の中から数枚の紙がひらりと銘之助の手へ落ちます。

「家に代々伝わる秘宝が、春画だったなんてオチは、流石に可愛そうでしょう。」

 そう、文章に表せられないような絵が描かれている紙をひらり、と開く。

からなかった、という落ちも無いとは思うがな。」

「玖孤サマだって促したくせに、」

「それにしても貴様の起用さには相変わらず飽きれを通り越すな。」

「通り越して、尊敬致しますでしょう?」

「蓋を持ち上げる際、蓋の中身も一緒に持ち上げ空の中身を見せる。詐欺手段の基礎と言えば基礎だな。」

「あれだけの注目の中、堂々と事を運ぶのは久々に気持ちが良かったです。」

「まったく持ってその性悪根性には飽きれるな。」

「ありがとうございます。」

 紙をたたみ懐に仕舞い薬屋の匣を風呂敷で包み手で持つ。

 捲くっていた裾を下ろし、旅人の装いから紺色の羽織りへと装いを変える。

「…しかし御主、それだけではあるまい。」

「おや。私はただの助平なだけでございますよ。」

「ではその匣の蓋を持ち上げたまえ。」

「あらら。お見通しですか。」

 くるりと蓋を裏返すと蓋にはしっかりと張り付いている小判が数枚。

「このからくり匣は削りは荒いがしっかりと出来ている。からくりを知っている人間が作ったものであれば何かを入れる為の目的で作られた物だ。流石に紙切れだけとは行かんであろう。」

「えぇ、良いモノです。だから匣のついでと口止め料として小判は頂いておきました。」

「高い口止め料だな。」

「まぁまぁ、これで良いお宿に泊まれます。」

 頭に被せていた笠を脱ぎ仕舞い、結い上げてある髪を撫で付ける。

 旅人の装いは一瞬にして、ただの町の商人になってしまった。

 かちり、と匣を閉め懐に入れ、銘之助笑いながら葉桜通りを下りきります。

「まったく。人を化かすのも、ほどほどにしおれ。」


 うららかな陽気の下に起こった、詐欺師の青年、銘之助と。

 それに取り憑いた狐霊、玖弧の。

 ただの話でございました。



<続>

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■引用詳細

 作者不明「連作 一狐夜行~八転七転」

 団子屋の蔵より発見された紙切れより抜粋。

 二〇〇七年九月二十五日 - 第一刷発行


■作者不明(さくしゃふめい)

 江戸を中心とした各地で発見された『一狐夜行』と銘打たれた謎の連続娯楽小説。

この連作は手配書や瓦版の裏紙、ふすまなどに走り書きされ他に類を見ない奇怪な形で発見されている。遠くは蝦夷(えぞ)や出島でも同連作が確認された。

 文書が発見された土地からはそれに近い縁の話が諸処残ってはいるものの、口をそろえて「聞いた話は良い話だった。」と作品との相違点を語る為、作者の捜索が大いに困難な状況となっている。

 今現在は大江戸博物館の倉庫にダンボール詰めで収められており、実原稿は非公開となっている。(貴重な文献である故、というのが博物館側の返答であるが、実際はそのあまりに独特な風体と文字が日本の文学史に影響を及ぼしかねないのでは、と本原稿を纏めた萩生氏は語る。)

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