香実 和哉 著「MANIA(マニア)」
突然の理不尽な暴力のようだった。
横っ面を張っ倒され焦点が定まらないままに、顎に鋭いアッパーを喰らわせられ一発KOも辞さない一方的暴力。白目を向きだす酷い様を見ても観客もレフェリーも誰も止める事もせずに歓声を沸かし続ける流血沙汰のドラマチックショーのスポットライトの中心に、俺は立っている。
立ち上がれ、止めちまえ、舐めてんのか、もっとやれ。
自分の血反吐に顔を埋めた事もない奴等が唾を飛ばして怒号を上げる。都合の良いタレント側に感情移入して本能を疼かせる原始的欲求を歯の間から漏らして滾らせている。奴等みたいな豚共の息巻く様子はいつ見ても白けそうになる。
躍動する拳には、それを繰り出す側が居る一方で、ねじ込まれる側がある事も忘れないで欲しい。
歓声がリング上一点集中に集まって、集まって、震わせる空気がなくなって、無音になる。
こんなにも天井が高いのに、この空間は真空のように息苦しい。
俺と、敵との、たった二人。
酸欠なんだ、きっとたぶん。
物事は限界を超えると文字通り振りきれ、決壊する。そうすると痛みも恐怖も快楽も快感も混ぜこぜになって、履き違え、勘違いして、もっと欲する。
そのままぶっ倒れていれば良いものを、歯茎を向き出し小鹿の様に無様に震えながらそれでも立ち上り、見たくもないまっすぐな敵意に向き合い仕方なく闘志を奮わせる。
お前にもこの快楽を味合わせてやる、なんて慈愛の感情にすら似ている。受け分の痛みを倍返ししたい気持ちが膨らみ加速して、たまらなくなって表現する方法が見当たらなくて、仕方なく拳を思い切り相手の顔めがけて振り下ろし、終らない応酬をする羽目になる。
異常だ。ヒステリックでグロッキーだ。
それでもここは、リングの上。
誰もこの事態を止めてはくれない。
ここは拳を捻じ込む覚悟と捻じ込まれる覚悟のある奴等が一対一で立ち向かう、牢屋だ。
一歩そこに立ったなら、降りる時には結果を伴わなければ降りられない。
無様にのびるか、死ぬか、それとも勝つか、
八百長やっている野郎以外で、勝つ以外の選択肢を選ぶ奴なんて居ない。
そして、勝つ人間と同じ数、負ける人間がいる事を忘れてはいけない。
そうだと分かっていてもこうして俺は今日も、自分の血反吐の中で意識を朦朧とさせている。
あぁ、そうだ。これはきっと狂っているんだ。
パンチドランカー
みんな揃いも揃って下品で馬鹿でどうしようもない奴らの、
一世一代のチークダンス。
<MANIA>
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■引用詳細
香実 和哉著「此レヲ求ム」より「MANIA」抜粋。
二〇十六年六月三十日 - 発行。
■香実 和哉(こうみ かずや)
80年代に一世を風靡したロックバンド「YELLOW DOG」のボーカルを務める。通称KAZU. 2000年代に一度解散したが、15年の時を経て再結成された。
グラムロックで骨太な独特の世界観は長い間ファンを魅了し続け代表作「スプラット アヴァルス(滴る欲望)」はその年のビルボードランキングをキープし続けた。
またキーフ・クレイマーに影響を強く受けておりソロアルバム「Stardust Daydream」は彼の半生を追うコンセプトアルバムになっている。
本書は音楽情報誌「NEIRO」に掲載されていた詩の構想の背景が描かれた短編ラフをまとめ出版した「此レヲ求ム」より抜粋。
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