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 白瀬の柏木親子殺害に関する調取は結局、朝方までかかった。

 柏木達三の殺人教唆を立証するような内容だった。

 2月20日、柏木と白瀬は御徒町の《ル・ボア》で偶然、居合わせた。柏木の話を又聞きした白瀬は柏木を誘って別の居酒屋に彼岸をかえ、「契約」を交わした。2人は保険金を等分することとし、柏木は部屋の合鍵を渡した。

 2月25日、白瀬は柏木の教唆の通りに裕也を殺害した。

「仕事を失えば、家族も何もかも、全て終わりになると思っていました・・・」

 白瀬はやつれた表情を浮かべて、凶行の動機を述べた。しかし、柏木は白瀬が自分を殺害するとまでは思ってもいなかった。白瀬の供述を聞いた真壁には、そう感じられた。

 3月14日、裕也を殺害してから一向に分け前を払わない柏木に腹を立てた白瀬は午後9時ごろ、ジョギングに行くと言って家を出て、柏木の工場に向かった。

 睡眠薬入りのカップ酒を飲ませ、柏木を眠らせた後、使い捨てライターで「感電死」させた。その後、金を探したが見つからず、あまり遅くなると怪しまれると思い、その日は帰った。そして、翌日の夜、白瀬は再び工場に忍び込んで冷蔵庫から保険金を見つけ、持ち去った。

 自供に従い、上野南署による白瀬家の家宅捜索が行われた。屋根裏には、保険金と思われる現金が詰まった革製のカバン、洗面台の棚から睡眠薬が発見された。2月25日の犯行に使用したとされる青いジャンバーと黒革の手袋は回収され、後になって手袋から裕也の唾液が検出された。

 白瀬の妻は呆然とした様子で、家の中を捜索する捜査員を見つめていた。ひとり娘は小学校に行っていたので、家にはいなかった。

 真壁には、一番の被害者がひとり娘の梓ではなかろうかと思えてならなかった。いずれ、梓は真相を知ることになるだろう。金のために、父親が自分のクラスメートを殺害したという冷酷な事実だ。白瀬は家族を守るためだと思っていながら、その実は何も分かっていなかった。

 3月25日、白瀬は検察に身柄を移送され、検察官の取調にも正直に答えたのか、翌日には早々に起訴が成立した。

 この日の夜、真壁は御徒町の《ル・ボア》を訪れた。午後7時過ぎで時間が早かったためか、客はいなかった。ママの門田紗江子から「何がいい?」と言われ、真壁はバランタインを頼んだ。冬山を登った時、冨樫から「温まるぞ」と言われて薦められた洋酒だった。

 真壁はストレートをちょっとずつ飲みながら、東都日報の夕刊をめくっていた。富樫は宣言どおり、この事件を記事にしていた。地方面の片隅に小さく取り上げられた記事を指差しながら、ママが言った。

「あなたがこの事件を捜査していたんでしょ。子どもの写真、ある?」 

 真壁は上着から写真を取り出した。野球のユニフォームを着た柏木裕也が映っている写真だった。

「眼のところ・・・顔のまん丸な感じも、似ているわ。妹の子なのね」

「妹?」

「柏木達三が結婚していたのは、私の妹なのよ」

 ママは重い息を吐いた。

「11年くらい前よ。妹が店に来たの、柏木を連れて。川口で、妹は水商売していたの。柏木は妹の店の常連で・・・デキちゃったみたいなの。それで、結婚したの」

「妹さんは今どうしてるんですか?」

「3年前、荒川の河川敷で自殺したわ。男の人と車の中で七輪を焚いて、一酸化炭素中毒で心中。カバンの中に遺書があったの。『裕也、ゴメンね』って」

 真壁は眼を見開いた。

「でも、一緒に心中した男の名前も裕也っていうの。その時、アタシは妹に子どもがいるなんて思ってもいなかったから・・・情死だと思ったの。皮肉なものね」

「どうして、裕也君が妹さんの子どもだって分かったんです?」

「保険会社から、お詫びの電話が入ったの。妹は柏木にお金を残したくなかったんでしょう。保険金の受け取り先を、アタシにしていたらしいの。でも、それを柏木が代わりに受け取っていた」

 ママはまたひとつ、重い息を吐いた。

「アタシもこの子を見殺しにしたようなものだわ。そうは思わない、刑事さん?」

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