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 午後9時50分、御苑を見下ろす外苑西通り沿いのマンションに、真壁がタクシーで乗り付けた時、路地には所轄のパトカーが2台停まっていた。

 2階の廊下に出ると、《ル・ボア》のママが住んでいる部屋のドアが空いており、「出て行け!バカ!」という派手な女のわめき声が響いていた。そのドアの前に、長身の柔道で鍛えたらしい体格をした男が立っており、真壁に向かってニヤリと笑った。

「家探しを始めた途端、姐さんがいきなり素っ裸になってくれてな。四谷署から婦人警官を呼んで、何でもいいから身にまとっていただいてるところだ」

 落合諒介。以前、新宿西署で一緒に交番勤務したことがあり、今では本庁の組織犯罪対策部四課に所属する「マル暴」刑事だった。

「何の容疑ですか?」

 真壁が尋ねると、落合は右手を左肘に向けて注射を打つ手真似をした。

「あの女、昔やってるのは分かってたんでな。今日ブツが出るかどうかは分からんが、尿検査したら一発だ。本命は女の情夫の方なんだが。お前の方はどうした?」

 真壁が捜査の経緯を手短に話すと、落合は「まぁお前の事件だからな」とうそぶき、近くにいた制服警官に「ちょっと姐さんの様子を見て来い。下着1枚付けるのにいったい何分かかるんだ」と怒鳴りつけた。

 ようやく部屋に入れた刑事たちを前に、《ル・ボア》のオーナーである門田紗江子はネクリジェ1枚の恰好でベッドの上にどっかりあぐらをかいていた。年齢は35だというが、いかにも夜の仕事が長いらしい疲れた肌は女の顔をもっと老けさせていた。

「さあ姐さん、ちょっと教えてもらおう。まず秦野を最後に見たのはいつだ?」

「土曜の夕方よ。あたしが店へ出るときはここにいたけど、帰ってきたらいなかったのよ。それきり見てないんだから」

「土曜の夜にあんたが帰ってきたのはいつだ?」

「午前様。2時か3時でしょ」

「土曜の夕方、秦野はどこかへ出かけるという話をしたか?」

「秦野こそムショへ行けばいいのよ」

「あんたの口、ジッパーを締め直した方がいいと、前にも言ったはずだがな」

 落合はのんびり苦笑いしたが、真壁はこんな女のために貴重な時間が潰れていくことに心底苛立っている自分を感じた。堪えきれず、威嚇するような低い声を発していた。

「柏木達三について聞きたいんですが」

「何よ、あのお巡り!」と女はまた声を荒らげたが、落合にはのれんに腕押しだった。

「姐さん、そう突っ張るな。あんたの好みのタイプだろうが。あの兄さんも一応刑事だからな。聞かれたことには答えてやれ」

「柏木なんて、秦野よりもクズ野郎よ。あいつがいったい、何したっていうの」

「今年の2月、柏木達三は《ル・ボア》に来たはずです。いつの日か覚えてますか?」

「たしか・・・20日だったわ。若い従業員と一緒に来て」

 真壁が「若い従業員だというのは、この人?」と言って星野寿和の写真を見せると、紗江子はうなづいた。

「2人は何時ごろ来ました?」

「たしか、6時半ごろだったわ」

「柏木は何か、物騒な話をしたんじゃないですか?子どもを殺すとか?」

「あのね、お酒が入ると、誰だって気が大きくなってなんでも口に出すのよ」

 紗江子はため息をついた。

「柏木は子どもを殺すとか、そういう話をしてたんじゃないのか?」

 落合が言うと、紗江子は頷いた。

「その時、他に客はいませんでしたか?」真壁は言った。

「・・・いたわ。今日も店に来てたわ。カウンターの一番奥に座ってた」

「名前は?」

「白瀬さん。たしか、白瀬淳平って言ったわ」

「よし、姐さん、ちょっと署で話を聞かせてもらうぞ。今日のところはブツが出なかったからクスリの件は任意同行。尿検査はしない。いいな?代わりに、秦野の所在を吐いてもらうのと、ある殺人事件の捜査で、この兄さんにちょっと協力してやってくれ」

 落合がアメとムチの手管で必要な端緒をつかんでみせると、真壁は素直に頭をペコリと下げた。そうして日付が変わる直前、門田紗江子は四谷署へ引っ張られ、真壁と落合の2人から聴取された。

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