ぼっち美術部員 京極ひばりと最後の王子様2

ぼっち美術部員京極ひばりと最後の王子様 2

「今日の部活動はテラコッタに挑戦してみたいと思うのですが、早水先輩はどう思われますか?」


 私の問いに、先輩は瞬きしたのち、顎に手をあて考える素振りをする。


「テラコッタって確か素焼きの陶器の事だろ? 窯が無いけど、その問題はどうするつもりなのかな? まさか焼却炉で代用したりしないよね?」

「ふふふ、そこは抜かりありません。駅の近くの陶芸教室で、専用の粘土を購入する代わりに、窯を使わせてもらえるよう交渉したのです」


 トートバッグからテラコッタ用の粘土を取り出すと、先輩はくすりと笑った。


「それはまた準備のいい事で。そんな事されたらテラコッタ以外の選択肢が無いじゃないか」

「ええと、駄目ですか?」

「いや、いいよ。早速やろうか」


 腕まくりしてエプロンを身に着ける先輩。私も服が汚れないようエプロンを着用する。

 塑像台の前に陣取ると、さっそく各々粘土をこねまわす。


 粘土を形成しながらも、私はちらりと先輩の様子を伺う。

 先輩は言っていた。本当の私と言う人間を自身の目で確かめたいと。

 今のところ私達の関係はとりあえず良好だといえよう。私を毛嫌いしているという様子でもない。それならすぐにでも退部しているはずだ。

 というか、確かめた結果どうするつもりなんだろう。そこで部活をやめてしまうんだろうか。だったら寂しいなあ。先輩は、友人の居ない私にとって唯一と言っていいほど友達に近い存在なんだから。


「あ、そういえば」


 考え事をしていたら思い出した。


「先輩は三年生なのに部活動なんてしていて大丈夫なんですか? 受験勉強とかしなくてもいいんですか?」


 部活動にうつつを抜かして第一志望の大学に落ちた、なんてことになったら申し訳が立たない。そう思っていたのだが


「うん。まあ、何とかなるだろ」


 随分あっさりしてるな。

 いや、でも、乙女ゲーの攻略キャラに一人はいるよね。受験前まで毎週のようにデートしてるのに、簡単に一流大学に合格しちゃうような男子が。

 早水先輩もそういう設定なんだろうか。恐るべし乙女ゲー補正。私にも分けて欲しい。


「京極さんは何を作ってるの?」


 おっと、考え事をしていて手元がおろそかになっていた。

 慌てて粘土を丸めて誤魔化す。


「カタツムリです」

「カタツムリ? カタツムリ好きなの?」

「そういうわけじゃなくて……知ってます? カタツムリの殻って黄金比でできてるんですよ。その美しさを表現する事ができれば、私の美術的センスも向上するのではと思いまして。先輩こそ何を作ってるんですか?」

「僕? 僕はオーソドックスにブタの貯金箱でも作ろうかなと」


 なかなかかわいらしい発想である。意外だ。

 しばらく粘土をこねていると、それらしき形になってきた。

 先輩の作品もブタっぽい形状になっている。


「先輩、貯金箱を作るのなら、一旦上半身と下半身とを切り離して、中身をくり抜かないといけませんよ」

「えっ! それって、このブタを真っ二つにしなけりゃならないってこと? なんて残酷な……」

「だって、中身にまで粘土が詰まってたら、お金が入らなくなってしまいます。中身を掻き出してから再度くっつけるんですよ」

「ううむ、そういうことなら仕方ない。許してくれ、ブタよ」


 専用のワイヤーでブタを真っ二つにした先輩は、慎重に中身を掻き出してゆく。

 そしてついに私のカタツムリと先輩のブタの貯金箱が完成した。


「初めてにしてはなかなかいい出来だと思わないかな?」


 先輩は貯金箱を上から眺め、下から眺めと、ずいぶん満足しているようだ。


「あとは1日置いて、ある程度乾燥したものを陶芸教室で焼いてもらいましょう」

「楽しみだな。そうだ、せっかくだから名前をつけようかな『ムルムル』とか」


 よくわからないネーミングセンスだ。

 しかし否定するのも可哀想なので、笑顔で頷いておいた。

 

 


 先輩に一言言い置いて美術室から出た私は、お手洗いへと向かう。

 個室に入ろうとしたその時、奥の方からうめき声のようなものが聞こえた。耳をすませば、えずくような音と、時折咳き込む声。

 思わず声のする個室に足を向ける。だって具合の悪い人がいたら大変だし。

 幸いにもドアは閉まっていなかった。おそるおそる覗き込むと、そこにいたのは金髪の少女。

 やだ、どうしよう。これってギャルって人種? 正直怖い。


 けれど、少女は苦しそうにえずいている。このままでは倒れかねない。


「あ、あの、大丈夫?」


 控えめに声をかけると、少女は振り返った。顔色が酷く悪い。


「ああ?! なんだおまえ!」

「あの、その、とても苦しそうだったから……誰か呼んでこようか? 養護の先生とか」


 その言葉に彼女は口元を袖で拭いながら


「余計なことすんじゃねえよ! さっさと失せねえとぶっ殺すぞ!」


 こ、こここ怖い……!

 私は脱兎のごとくお手洗いから飛び出した。あの子も「余計なことをするな」と言っていたし、ここはそっとさておくのが最善なのかな……。

 でも、私が放置したせいであの子が大変なことになったらどうしよう。ずいぶんと苦しそうだったし。

 ここで私が取るべき手は……



「早水先輩! お手洗いの前まで付いてきてもらえませんか!?」


 私の言葉を聞いて、早水先輩はきょとんとした顔をしている。


「京極さんって怪談とか信じるタイプ? トイレの花子さんとか」

「そうじゃないです! 花子さんが怖いわけじゃないです!」


 私は先ほどのお手洗いでのことを説明する。


「だから、あの子がお手洗いで倒れてるんじゃないかって心配で。でも、一人で行くのは怖いし、先輩が外で待機してくだされば心強いと言いますか」

「なるほど。そういうことか。それなら急いだ方がいいね。行こう」


 そうしてたどり着いた女子トイレの前。約束通り先輩には入り口付近で待機してもらい、わたしはそっとトイレ内に足を踏み入れる。

 一番奥のあの個室。あの子はまだいるだろうか。

 思い切って覗き込むと、そこには誰の姿もなかった。念のため他の個室もチェックしたが、影も形もない。


 私はトイレを出て先輩に告げる。


「誰もいないみたいです。すみません、大騒ぎして付き合わせてしまって……」

「いや、何事もなくてよかったよ。きっとその女子も回復したんじゃないかな」

「だといいんですけど」


 話しながら美術室の前に差し掛かった時、突然ドアが勢いよく開いて中から二人の人物が出てきた。


「だーかーらー、俺は何にも持ってないって」

「嘘つけ。身体検査すればすぐにわかるんだぞ」


 見たことの無い男子生徒と、生活指導の体格のいい教師。

 教師は男子生徒の首根っこを掴むように、共にずるりずるりと遠ざかっていった。


「なんでしょうね。あれは」

「さあ、おおかた校則を破った生徒が連行されたんだろう。でなけりゃ生活指導だってあんなに荒っぽい事はしないはずだ」


 うーむ。やっぱりそうか。ほんの少しだけ、新入部員がやってきたのかと思って期待してしまった。



 とりあえずその日は、テラコッタの原型が完成した事もあり、乾燥させて翌日に陶芸教室に持ち込む予定だったのだが……


「ぼ、僕のムルムルが!」


 悲痛な声を上げる先輩。それもそのはず。翌日、先輩渾身のブタの貯金箱が、無残にもボロボロの状態になって床に転がっていたのだった。まるで手で引きちぎったかのように。

 ちなみに私のカタツムリは無事だった。


「なんだよこれ。悪戯にしちゃたちが悪い」

「さすがに酷いですね……」


 一体何のためにこんな事を……?

 考えているうちにある思いが頭をかすめた。


「もしかして、私のせいなんでしょうか?」

「京極さん?」

「嫌われ者の私が、先輩と部活動なんてしていたから、それをよく思わない人間がこんな事を……」


 しかも早水先輩は「7人の王子」のうちの一人なのだ。つまりイケメン。女子の反感を買っても当然と言えよう。


「そんなわけないだろ。だったら君のカタツムリだって壊されてるはずだよ」


 そうなのかな……。

 それじゃあどうして犯人はブタの貯金箱をめちゃくちゃにしたんだろう。私のカタツムリとの違いは?

 その時、ある考えに思い至った。


「先輩、もう一度貯金箱を作ってみませんか。今度は私も同じようなものを作るので」

「え? でも、また壊されたりなんかしたら?」

「むしろ好都合です」

「どういう意味?」

「作ってみればわかります……たぶん」


 そうして私達は再度貯金箱作りを始める。今度は簡単なもので充分だ。最悪穴が開いていればいい。

 出来上がった貯金箱は、前回先輩の作ったものよりはるかに劣っていたが、それでもなんとか貯金箱だとわかるように出来ている。


「京極さん、この貯金箱、どうするつもり?」

「とりあえずここに置いておきます。その間に先輩、こっちに来てください」


 私は清掃用具入れのロッカーに先輩を押し込み、自らも、一緒に中に入ってスチール製の扉を閉める。


「え、ちょ、なに? どうしたの京極さん。なんでこんなところに……」

「しっ、静かに」

「え、う、うん……」


 私の真剣な声に、先輩は黙り込む。

 流石にロッカーに二人は窮屈だったかな。自然と呼吸も浅くなる。

 そのままどれくらいそうしていただろう。不意に耳に生暖かい風が当たって、私は思わず


「ひっ?」


 と声を上げる。


「あ、ご、ごめん。狭いからどこを向いたらいいのかわからなくて……」


 慌てて謝る先輩の声が聞こえる。

 あれ? 今気づいたけど、この状態って先輩にめちゃくちゃ近くない? ていうか密着してるんだけど……!

 どうしよう。急に落ち着かなくなってきた。自分からこんなところに閉じこもったとはいえ、いつまでこうしてたらいいんだろ。


 その時、美術室のドアががらりと開く音がした。

 掃除用具入れのロッカーの隙間からは少ししか見えないが、誰かが貯金箱の傍で何かをしている。

 と、暫くして、もう一人美術室に入ってくる気配がした。声からして生活指導の教師だろう。


「おい、竹内。お前またおかしなことやってるんじゃねえだろうな、美術部でもねえのにこの部屋に何の用なんだ?」

「な、何言ってるんですか。何にもしてないですよ。怪しいんだったらここでボディチェックでもしますか?」


 どうやらこの竹内と言う少年は、随分と生活指導の教師に追い掛け回されているらしい。よほど普段の素行がわるいのか。

 生活指導の教師は軽く舌打ちする。


「お前がそんな自信満々の時は何にも出て来ねえんだよな。くそ、今日もくたびれもうけか」


 体育教師が踵を返そうとした時


「待ってください!」


 私は清掃用具入れから飛び出した。すこし遅れて早水先輩も。


 教師も竹内と呼ばれた少年も呆気に取られている。無理もない。突然ロッカーから人間が現れれば混乱もするだろう。

 それでも構わず私は声を張り上げる。


「先生。その竹内君という彼は、粘土板の上の貯金箱に細工しました。見られてはいけないものを貯金箱の穴から中に押し込んだんです」

「見られちゃいけねえもの……?」

「そう、こうやって中に……」


 ワイヤーで自分の作った貯金箱を二つに切り分ける。

 が、中には何も入っていない。空っぽだった。


「あ、あれ……」


 途端に竹内という男子は気が大きくなったようで、うすら笑いを浮かべる。


「貯金箱の中身がなんだって? 京極ひばりさん。見られちゃいけないものってなんだよ。ぜひ教えてくれよ」

「あなたのその余裕はどこから来るものなんでしょう? わかりませんか? 貯金箱はもうひとつあるのに」

「え、もう一つって、僕の?」

 

 早水先輩が驚きの声を上げる。

 私が先輩をじっと見つめていると、やがて先輩はやれやれと言った様子で首を振る。


「わかった。僕の貯金箱も京極さんの好きにしていいよ」

「ありがとうございます!」


 なるべく曲がらないように、慎重にワイヤーで先輩の貯金箱を切り分ける。

 そこから出てきたのは、小さなビニール袋にはいったいくつかの白い錠剤。


「なんだこりゃ。薬か?」

「なんでしょうね? 俺は知らないっすよ」


 私はビニール袋に触れないように、薬を見せる。


「私の予想ですが、これはたぶん脱法ドラッグの類ではないでしょうか?」

「なに!?」


 ドラッグと聞いて教師が眉を吊り上げる。

 脱法ドラッグには吐き気を催すものがあるという。

 昨日トイレで遭遇したあの金髪少女。もしかするとあの子も脱法ドラッグ使用者だったのではないか。だから人を呼ぶのを嫌がったのだ。


「あなたは昨日も先生に追いかけられていたようですね。そんな時逃げ込んだ美術室に、ちょうどよく貯金箱があった。あなたは咄嗟にそこにドラッグを隠して、後で回収したんです。今日もそのつもりだったんでしょう?」

「変ないちゃもんつけんなよ。それが俺の物だって証拠はあんのかよ!」


 竹内少年が食って掛かる。が、その顔色は先ほどより悪い。


「このビニール袋にあなたの指紋がついているはずです」


 竹内少年は言葉に詰まりながらも反論する。


「……そ、そうだよ、それは俺のだよ。ただしただの頭痛薬さ。先生に変な疑われないようそこに隠したんだ」

「あくまでも頭痛薬と言い張りますか」

「ああ、それ以外のなんでもねえよ」

「それなら、今ここで、あなたがこの錠剤を飲んでみたらどうでしょう。頭痛薬ならなんともありませんよね?」


 その言葉に竹内少年はハッとした顔をしたのち、暫く唇を噛んでいたが、やがてがくりとうなだれる。

 それを見て察したのか、教師が竹内少年を怒鳴りつける。


「竹内、てめえ、こんなもんに手ぇ出しやがって! どうなるかわかってんだろうな!? 生徒指導室まで来い! 場合によっては退学だぞ!」


 教師は昨日と同じように、竹内少年の襟首を掴むようにして、美術室から鼻息荒く飛び出していった。


「先輩、ごめんなさい。せっかくの先輩の貯金箱を台無しにしてしまって」

「いいよ。今日のは犯人を割り出すために適当に作ったものだからね。今度は最高傑作の貯金箱を作ってみせるさ」

「それにしても、脱法ドラッグがこの学校に広まってるなんて怖いですね」

「先生もその事実を把握したみたいだし、なんとかなるんじゃないかな」

「ずいぶんと楽観的ですね」

「うーん、まあ、君がいるしね」


 早水先輩は微笑む。はて? 私がいるから?


「それってどういう意味でしょう?」


 当然抱くであろう疑問に、先輩は笑って答えてくれなかった。


「まあ、いいじゃないか。それより部活の続きをしよう」


 楽しそうに粘土をいじりだす先輩。


「私もカタツムリ型の貯金箱作ってみようかなあ」

「どうしてもカタツムリなんだね……」

「先輩だってブタじゃないですか」


 先程の嵐のような出来事は何かの幻だったのではないか。

 そう思えるほどに、いつものように部活動は始まった。







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