ぼっち美術部員 京極ひばりと最後の王子様

金時るるの

ぼっち美術部員 京極ひばりと最後の王子様

 私が前世の記憶を取り戻したとき、既にに事態は取り返しのつかないところまで来ていた。

 乙女ゲーム「小鳥遊たかなし学園の7人の王子様」に登場する悪役令嬢京極ひばりは、私の知る限り、それはそれは嫌なキャラだった。理事長の血縁であることと、生徒会長であることを盾に、主人公に対してありとあらゆる嫌がらせの限りを尽くし、追い詰めようとする。

 ゲーム中盤、ひばりの策略によってあわや主人公が退学の危機となった時に、京極ひばりを快く思っていなかった生徒会役員達が、ひばりの今まで働いてきた数々の悪事を白日の下に晒し、その結果ひばりは人望と権力を失い、生徒会長の座も追われ、校内ヒエラルキーの最下層へと転落するのだ。


 私こと京極ひばりが、前世の現実世界での記憶を取り戻したのはまさにその時だった。

 ゲーム知識を元に、自分に襲いかかる悲劇を回避しようにも、すでに糾弾されたあと。どうしようもない。

 京極ひばりの悪事は全生徒に知れ渡っており、私の味方は一人もいない。

 お昼休みに一緒にお弁当を食べてくれる友人もいない。

 体育の授業で二人組を作るよう指示されても、必ず一人だけぽつんと余る

 そんなぼっち人生が、記憶を取り戻したと同時に始まっているなんて、うら若き乙女にはちょっと酷ではないか。いや、確かに私こと「ひばり」はひどい事してたんだけど。脳裏に残る思い出なんか、恐ろしくて寒気がするほどだ。そんな人間が突然人が変わったように常識的になったって信じられないよね。


 ともかく、ぼっち学園生活が確定し、誰からも相手にされないことも理解した私は、それならば好き勝手やってやろうと思い立つ。

 まずは美術部に入部することにした。

 どうせ高校時代からやり直しというのなら、美大を目指してやる。そのために日々精進。

 と、美術部のドアを叩いたのだが……

 私が入部した翌日、それまでいた数少ない美術部員が一斉に退部してしまったのだ。

 ……これは由々しき事態だ。まさかこんなに嫌われていたとは……

 教室ではぼっちだけれど、もしかしたら美術部のみんなとは部活動を通して仲良くなれるかも、なんて思っていた。そのうちお弁当なんかも一緒に食べてくれたりして……と、淡い期待まで抱いていた。けれど、ろくに会話を交わす事すらなく、全員が退部してしまうとは。


 けれど、悩みがひとつ解消した。お弁当の事だ。教室で大勢の目を気にしながら、ひとりぽつんとお弁当を食べるのはなかなか勇気がいるものだ。けれど今はこの誰もいない美術部で、人目を気にせずひとり堂々とお弁当が食べられるではないか。ぼっち万歳。




 そしてある夏の日、私はひとり美術室で「瀕死の奴隷」の半身像を粘土で模刻していた。

 像の角度を変えながら、粘土を付けたり削ったり。家にはこんな設備ないもんね。せっかくだから学校でできる事をやっておこう。

 そんな事をしていると、不意に美術室の扉がノックされ、私は反射的に顔を向ける。


「失礼します……へえ、ここって、こんなふうになってるんだ」


 なにやら感心したような声を上げながら、ひとりの男子生徒が美術室に入ってきた。

 私の姿を見て笑みを浮かべる。


 おかしい。私の姿を見ても逃げ出すことなく、その上微笑みかけてくるだなんて。

 思わずその生徒を観察する。

 対峙するものに不快感を抱かせない程度に整えられた髪の毛。目が悪いのか黒いセルフレームの眼鏡をかけている。その奥の優しげな瞳は、臆する事なくこちらに向けられている。

 この人、どこかで会った事あったっけ? 見覚えあるような、そうでないような……

 そんな私の警戒心に気づく事なく、男子生徒は、あろうことか話しかけてきたのだ


「突然ごめん。僕は三年の早水はやみって言うんだけど、ちょっと頼みたい事があって……君、美術部の人だよね?」


 早水と名乗った先輩は、爽やかな笑顔をこちらに向ける。

 まさか、この人、私が誰だかわかってないのかな? 私のこの学校における地位を知っていれば、こんな軽々しく話しかけたりなんてできるはずがない。

 警戒して黙り込むも、早水先輩は気にする素振りもなく、私の作っていた粘土像に目を向ける。


「これ、君が作ってるんだ? 凄いな。芸術家を目指してるとか?」


 先輩は、その問いに答えが返ってくるのが当然とでも言うように、私の瞳をじっと見つめて待っている。

 なんだろう。この人、他の人と違う。私の事を避けているわけでもないみたいだ。

 その不思議な雰囲気にのまれ、私は思わず口を開く。


「いえ、そういうわけじゃ無くて」

「じゃあ、趣味でやってるの?」

「先輩は――」


 先輩の言葉を遮るように私は口を開く


「先輩は私のこと、知らないんですか? 私、二年の京極ひばりなんですよ?」


 我ながら自意識過剰な質問だ。けれど京極ひばりの名を知らぬ者は、この学校には存在しないはずなのだ。もちろん悪い意味で。

 それを聞いた先輩は、うろたえたように眼鏡を指で押し上げる。


「……もしかして僕、何かまずいこと言いましたか? ええと、 実は僕、つい最近転校してきたばかりで、この学校に詳しくなくて……知らなかったとはいえ、その、失礼しました」


 その瞬間、思い出した。

 そうだ。この先輩の名は「早水宗二郎はやみそうじろう」。私のいるこの世界、「小鳥遊学園の7人の王子様」では、主人公が二年次の夏休み以降に登場する攻略キャラだ。

乙女ゲーム「小鳥遊学園の7人の王子様」では、そのタイトルの通り7人の攻略対象が存在する。その中で早水宗二郎は登場時期が最も遅い。そのため、プレイヤー間では「最後の王子様」とも言われている人物である。

 そうか。彼が登場する季節になったのか。なるほどなあ。転校してきたばかりで何も知らないから、私に対しても、こんな屈託のない態度で接してきたのか。うん、確かに「王子」と言われるだけあってかっこいい。

 あれ? もしかして、これはチャンスなのでは? なにも知らないこの人は、色眼鏡なしに私と接してくれるのだ。記憶を取り戻して以来、この学校でそんな人間に出会うなんて初めてかもしれない。私が無害だという事を上手くアピールできれば、これをきっかけに友達になってもらえるかも……! よし、行けひばり。この機会に距離を縮めるんだ。


「い、いえ、違うんです。ええと、さっきのは言葉のあやというか。なんでもありませんから、謝らないでください」


 わたしは慌てて胸の前で両手を振る。


「さっきの質問の答えですけど、私は美大に入りたいんです。彫刻学科に」


 それを聞いて先輩は興味を持ったみたいだ。先ほどのように屈託のない瞳をこちらに向ける。


「へえ。だから粘土で模刻してるのか。でも、なんで彫刻? 彫刻が好きなの?」

「それは、彫刻学科の倍率が低いからです」

「は?」

「有名大学ですと、洋画や日本画などの学科は約18倍ほどの倍率ですけれど、彫刻学科はその半分以下、およそ7倍ほどなんです。そして、その倍率の低さは他の美大でも同じようなものなので」

「えーと……つまり、倍率が低いから彫刻学科を狙っているってこと?」

「まあ、そうなりますね」

「なんでそんな事……そういえばさっき、芸術家になるつもりは無いって言ってたよね? それならどうして美大の、それも彫刻学科に行きたいの?」


 先輩は不思議そうに首を傾げる。


「私、将来ゲームを作る仕事に就きたいんです。乙女ゲームを」

「おとめ……ゲーム?」

「ええ。誰も悪人の登場しない平和な乙女ゲームを作るのが私の目標なんです。そのためにデザイナーを目指してるんです」


 そして自分のような不幸な転生をしてしまう人間が二度と生まれないように。その為にまずはデザイナーへの近道であろう美大を目指すのだ。


「うーん……? でも、ゲームを作るなら、デザイナーよりもプランナーの方が、ゲームの仕様により深く関われるんじゃないの? 」

「先輩はわかっていませんね」

「え?」

「ゲーム会社に入社するにも試験があるでしょう?」

「えーと、うん、だろうね」

「そこでもプランナー志望者とデザイナー志望者とでは競争率が段違いなのですよ!」

「え……また倍率……?」


 先輩は困惑しているようだが、私は思わず前のめりになる。


「当然プランナーのほうが倍率は高いです。それならば、まずはデザイナーとして入社して、おいおいプランナーに転向するという方法が堅実なのでは、という考えから、私はこうして美大を目指しているんです」

「……なんだか遠回りな気がするけど……でもその熱意はすごいな」


 そうは言うものの、先輩はなんだか引いているように見える。

 まずい、ちょっと熱を込めて語りすぎたかな……? これでは友達を作るどころか、友達未満のまま距離を置かれてしまうかもしれない。

 私は慌てて早水先輩に水を向ける


「それより先輩、何か用件があったのでは? お話ならゆっくり伺いますので、どうぞこちらに」


 そうして机に案内して椅子を薦める。

 そういえば、とっておきのお菓子があったっけ。

 以前より持ち込んでおいた電気ポットのお湯でお茶を淹れて、机に並べると、先輩は目を丸くした。


「驚いたな。美術部でちゃんとした紅茶が飲めるなんて」


 そりゃ、この美術室は私の城も同然。日々快適に過ごせるように色々と拘っている。紅茶やお菓子もそのうちの一つだ。いつか扇風機や小型冷温器を持ち込もうと画策している。


「それで、頼みたい事というのは……?」


 落ち着いたところで、私は早水先輩に尋ねる。

 すると先輩は思い出したように紅茶のカップを置いてスマホを取り出す。


「ちょっとこの絵を見てもらいたいんだ」


 そう言って差し出されたスマホの画面には、一枚の写真――正確には、一枚の絵を撮った写真が表示されていた。

 子供が書いたであろう水彩画。

 男の子が二人、縁側でスイカを食べている。一人は日焼けして真っ黒だ。その二人の頭上にある夜空には、花火が大輪の花を咲かせている。


「この絵がなにか?」

「この絵は僕の甥である小学生が描いたんだ。見ての通り、友人と一緒に花火を眺めている、夏の夜の一場面を描いたごく普通の絵なんだけど……」


 言いながらスマホを机に置いた先輩は、紅茶を啜る。


「新学期が始まって、この絵が教室の後ろに絵が張り出された。そして授業参観で学校に来た父兄がその絵を見たわけなんだけど……すると一人の父兄がここをの絵を見て怒り出したそうなんだ」

「え? どうしてですか?」

「それがわからないんだよ」


 先輩は絵の中の、日焼けしたほうの少年を指で示す。


「怒り出したのは、甥の絵に描かれたこの子の父親で、『我々を侮辱する気なのか』って、すごい剣幕でね」


 侮辱って……それは随分と穏やかじゃないな。


「でも、僕も家族も、この絵の何が悪いのか全然心当たりがなくて、もうお手上げ状態でさ。謝ろうにも理由がわからなけりゃ謝りようがないだろ? それで、もしかしたら美術的な視点で見れば何かわかるかもしれないと思って、藁にもすがる思いでここを訪ねてきたってわけなんだ」

「そうですか……」


 私は先輩からスマホを受け取って画面を見つめる。夏にどこにでもありそうな風景。特に変なところなんてないように思える。


「ええと、この男の子が、あまりにも実物に似ていなかったとか……?」

「まさか。子供の描いた絵だよ? 普通そんなことで目くじらを立てたりしないだろ?」

「……確かに」


 どうしよう。考えてもわからない。これでは彼の信頼度を上げられないまま、友達ルートにすら入れそうに無い。

 スマホ画面を穴の開くほど見つめるが、わからないものはわからない。私たちの間には心なしか重い沈黙が流れる。

 私の焦りに気付いたのか、先輩は胸の前で手を振る。


「ああ、いいよ、そんな真剣に考えなくても。こっちだって全然検討もつかなかったんだし。わからなくても怒ったりしないよ」

「……すみません。お力になれそうになくて」


 肩を落とす私に、先輩は微笑む。


「いや、むしろこんな変な頼み事して悪かったね。お茶、美味しかったよ。ご馳走様」


 なんだなんだ。早水先輩ってすごい良い人じゃないか。

 実を言うと、現実世界に生きていたときには、原作ゲームの中の早水先輩を攻略した事はなかった。登場時期が遅いので、好感度を上げるのが難しいのだ。だから、先輩のキャラクターについてはあまり知らない。でも、こうして実際に接してみると、彼の人柄の良さが伺える。

いや、それとも私の普段の生活が底辺なために、稀に人の優しさに触れると、より一層感動してしまうのだろうか。

 そんな事を考えていると、先輩はぽつりと口を開いた。


「美術に詳しい人でもわからないとなると、問題は別のところにあるのかな。文化の違いとか……?」


 その呟きに、私は引っ掛かりを覚えた。

 文化の違い? こうして縁側でスイカを食べたり、花火を眺めたりする事に、どんな文化の違いがあるというのだろう。そもそも、この絵に描かれた二人の少年のあいだに、文化の違いなどと言うものが存在するのだろうか。

 そのとき、ある考えに思い至り、私は自分の口元に手をあてる。


「先輩」


 私は静かな声で先輩に尋ねる。


「もしかして、この絵に描かれてる色黒の少年は、アフリカ系アメリカ人――いわゆる『黒人』と呼ばれている人種なのでは?」

「あれ? 言わなかったっけ。そうだよ。甥の友人は、仕事の関係で日本に住んでいるアメリカ人一家の子どもなんだ」

「それです! まさに文化の違いですよ!」


 私が日焼けだと思っていたのは、もともとの少年の肌の色だったのだ。


「え? どういうこと?」

「スイカですよ。スイカ。この絵の中の男の子達はスイカを食べていますよね? 黒人とスイカという組み合わせは、差別的表現にあたるとされているんです。おそらく親御さんは、それが原因で怒りを覚えたんじゃないでしょうか」

「え……」


 言葉を失う先輩に、私は説明する。


「そもそもは奴隷制の時代に、安価で手に入ったスイカを多くの黒人がそれを口にしたため、黒人=スイカというイメージが定着したとも言われています。彼らにとっては、スイカと黒人という組み合わせは、たぶん、その時代を思い起こさせるものであって、あまり良い意味を持たないものなんですよ」


 話を聞き終えた先輩は、何かを考え込むように額に手をあてる。


「そうだったのか……知らなかったとはいえ、それは怒って当然なのかもしれないな。甥も子供だとはいえ、相手の事も知らずに軽はずみな事をしてしまったのかも……」

「それなら、スイカの部分だけ白く塗り潰して、その上から別のものを描くというのはどうでしょう。たとえば、メロンとか。勿論、相手の意見も伺ってからになるでしょうけれど。でも、正直に話せば相手の方もわかってくださるんじゃないでしょうか。だって、甥御さんは、差別的だなんて考えていなかったからこそ、ただ事実を描いたんでしょう?」

「そうだろうね。僕だって思いつきもしなかった。それが相手にも伝わると良いんだけど」

「きっと伝わりますよ!」


 私は思わず身を乗り出す。

 確かに、長年否定してきたものを認めるのは難しいかもしれない。けれど、それでもいつかはわかって貰えるはずだと私は信じている。

 私が皆から嫌われて、蔑まれてもこの学校に留まり続けるのは、誠意を持ってありのままの自分で接し続けていれば、いつか周囲の人々も認めてくれるのでは。そんな想いからなのだ。京極ひばりという入れ物の中にいる、真の私の姿を見て欲しいのだ。

 本当の私が皆から受け入れられるような人格者かと問われると、胸を張ってイエスと言える自信は無いのだが……

 そんな私の様子に何かを感じとったのか、先輩は暫く何事か考えた後、顔を上げて私を見る。


「わかった。甥の友人家族にも説明するよう、家族と話してみる」

「本当ですか?」

「うん。それに、せっかく君が、この絵の謎を解き明かしてくれたんだからね。このまま無かったことにはできないよ」


 そこまで言って、先輩は軽く溜息をつく。


「でも、どうして世の中には差別なんてものが存在するんだろうな。そんなのくだらないって、皆判っているはずだろうに」


その言葉に、自分の境遇を思い起こす。

過去の過ちにより避けられている私は、差別されているんだろうか。それとも当然の報いなのか。

答えが出ないまま、先輩の言葉に頷いた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 それから暫くして、私はブルータスの半身像を模刻するべく、ひとり粘土と格闘していた。

 すると、美術室のドアがノックされる。目を向けると、早水先輩が入ってくるところだった。

 先輩は以前と同じように、私に屈託の無い笑顔を向ける。


「京極さん。この間はありがとう。あの後、甥の友人一家に正直に話して謝ったら、相手もわかってくれたみたいだ。スイカの絵もそのままで良いって言ってくれたそうだよ」

「そうですか。それなら良かった」


 その報告に、私は胸を撫で下ろした。

 わざわざそれを伝えに来てくれたのかと思ったが、何故か先輩はそのまま美術室をうろうろし始める。


「あの、まだ何か……?」


 不審に思って声をかけると先輩は苦笑しながら首を横に振る。


「美術部員が美術室にいても良いだろ?」

「え?」

「僕、美術部に入部しようと思って。入部届けも出してきた」


 その言葉が飲み込めないまま、私は戸惑いの声を上げる。


「あの、でも、良いんですか? 私と一緒の部活で。だって私、京極ひばりなんですよ?」

「初めてここで会った日も、君はそう言ったね。今ならその言葉の意味がわかるような気がする。京極さん。あれから君の事、色んな人に聞いたよ」


 私の表情が硬くなったのを見て取ったのか、先輩が両手を振る。


「気分を悪くしたならごめん。でも、皆、口を揃えて言うんだ。『京極ひばりには近づくな』って。まるで君の事を、とてつもない悪人のように扱って……でも、僕にはどうしてもそうは思えない。あの日、真剣に僕の力になってくれた君と、皆が言う京極ひばりという人物が結びつかないんだ。だから、自分の目で確かめようと思った。本当の君という人間を……なんて、上から目線だよね。本当にごめん。でも、これが僕の本心なんだ。君だって、急に僕が入部してきたら変に思うだろ? こじれないように今のうちに禍根は取り除いておこうと思って」


 その瞬間、私の運命が変わりだした気がした。私が記憶を取り戻してから、これまで誰にも見向きされなかった京極ひばりが、こうして早水先輩に一人の人間として認識されたのだ。

 うまく言葉を発することができない私を見て、先輩は焦ったような顔をする。


「やっぱりそんな理由で入部されたら嫌だったかな……? ええと、でも、入部届けはもう提出しちゃったし……」

「違います」


 私は慌てて首を振る。


「先輩が入部してきてくれて、私、嬉しいです。今まで石膏像をひとりで運ぶの大変だったんですよ」

「あれ? もしかして僕って力仕事要員? 参ったな」


 そう口にしながらも、先輩は笑顔を見せた。


「早速だけど、何をしたら良いと思う? 実は僕、あんまり美術は得意じゃなくて」

「それじゃあ、まずは簡単なデッサンから始めましょうか。円錐の石膏なんか良いかもしれませんね。鉛筆は持ってますか? あ、大丈夫ですよ。私のを貸しますから。それで――」


 そうして私たちは部活動を始めた。記憶を取り戻した私にとっては初めての、ひとりぼっちでは無い部活動を。

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