第27話 落丁・乱丁はお取り替えいたします。

 我輩は本である。落丁・乱丁はお取り替えいたしますが、今回は製本のお話ではない。工程的にはまだ印刷の段階である。ガチャコンガチャコンいいながら、今14折めあたりが刷られているところである。224ページの本であるの16ページずつ1折であれば、14折は最後の折だ。


 最後の折なので「奥付」がある。奥付って何? とかのんびりした人はこの本をここまで読んでいるわけがないので、説明は不要であるとは思うが文字数を稼ぐためにわざわざ説明すると本の最後のページにある、この本の正体を詳しく明示してある書誌情報ページのようなものである。最後じゃない場合もある。洋書の場合、本文の前にあることもある。


 そもそもは江戸時代にニセ本が氾濫したときに、これはモノホンっすよ旦那ぁという意思表示のために、本の末尾に貼付けられた証明書のようなものが起源とされている。もっともそれも含めて偽造されたんでどこまで効力があったのかは疑問であるが、そういうものがあった。明治に入り法律で本の奥付に著者や発行者を明記するように定められて今のような形式が確立したわけだが、その法律はもうないので、今は慣習的につけられているに過ぎない。あってもなくてもいい。でもないとなんかインチキ本みたいに思われそうなので、みんなつけている。


 法律でフォーマットが決まっているわけではないので、見た目も内容も意外にバラバラである。作る方も同じ版元の本のものを参考に作るが、あまり厳密な再現は求められない。文庫本であれば定型フォーマットがあると思われるが、それも流用以上でも以下でもないように思う。


 かつては「検印廃止」なんて文言が書かれていたこともあるが、今もうない。そのさらに昔、印税の支払い根拠となる部数の管理のために、著者が紙切れに押印したものをペタペタ貼っておったものを、いろいろ発展するなかでさすがに面倒になったのでもうPOSとかでわかっちゃうし、めんどくさいからもうハンコやめたい、ということで廃止になったことをわざわざ書いてあったものである。今はその検印廃止という文言も無くなった。どうしても見たければ古書店にいけば当時のものが見られるだろう。


 さて、我輩に刷り込まれている奥付であるが、これは最終ページである。よその本では、最終ページは広告だったり、創設者の能書きが置かれていたりするものもあるが、我輩の場合は多数派の最終ページ奥付型である。たまにカバーの袖にいくつかの情報を分け与えているものもある。それらは商業的なさまざまな理由でそのようにされている。なぜバラツキがあるのかというと、法的に何も定められていないからだ。新人編集者が「奥付ってどうするんですか」とか聞かれると、教育係は半笑いで「その辺の本のと同じようにすればいいから」と先輩編集者に言われたままバトンタッチしているのは、決まりなど何もないからだ。ちなみに奥付の書き方やレイアウトなどに著作権は発生しないので、いくらパクっても誰にも咎められない。安心してコピーしてデザイナーに発注するといい。え? 別に編集者になりたいわけじゃない? じゃあ何になりたいっていうんだ。作家だと? 作家になりたければまず編集者になりなさい。編集者から作家になった方々といえば、椎名誠、村松友視、色川武大、高樹のぶ子などなどだ。んー、あまり多くもないな。おかしいな。なんでだろう。編集やってるうちに作家になろうとか思わなくなるのかな。まあいいや。とにかく、キミが編集者になって奥付を手配するときは、パクっても平気だというだけだ。どうせ書いてある内容は違う。そんな機会が一生なさそうな場合は、あなたは運がいい。


 我輩の奥付は著者ブロフィールからはじまる。正しくは監修者プロフィールだ。弁護士アライチヒロの奇跡の一枚に、出身校やらの経歴が記されている。著者・監修者としては既刊が一つもなくてスカスカになるので、趣味として旅行や料理などが書かれ、それでも文字数が足りない感じなので、最近ちょっとはじめたばかりのフラワーアレンジメントだの、トレイルランニングだのという長ったらしい横文字のものが添えられていた。食べる者を驚かせる料理なのだから、フリースタイルクッキングだのエクストリームクッキングだのともっと盛ってもよかったのだが、そこまではしなくても大丈夫そうだった。次の本からはここに我輩の書名が添えられて、そのうち既刊多数なんてまとめられてしまうのである。年齢はさりげなくオミットした。


 もう1人の監修者であるピンクネクタイは著者という項目名を立て、写真はセミナー会場のもの、自分の経歴は生年と出身大学ぐらいで、あとは遺言書セミナーの宣伝に終始していた。会社住所とURLまで添えるという念の入れようであるが、だいたいスペースは埋まったので、版面的にはバランスがよかった。


 そのすぐ下には、デザイン(本文・表紙カバー):ストレイシープ、イラスト:ニシカエデとあり、その下に編集協力という名目で、ボータイ社長の会社名とミズシマ某の本名が並んでいた。ここにユニクロの名前はない。一般的に編プロ社員が奥付に登場することはない。極まれに著者の温情でそういうことがあることもあるが、普通は書かれない。別に伏せているわけでもないが、載せる必要もないので載せないだけだ。ただまあこれは本当に好きずきなので、載せたければ載せたってかまいやしない。法律もルールも取り決めもないのだから。当然校閲のコバヤシエツコさん、ユシマノリコさんや、編プロのアキヤマらの名前もない。


 そして我輩の書名がバンと黒く太いゴシック体で堂々と記されていた。カバーや表紙にあるものよりも、ここにあるものが本名である。サブタイはないので添えられない。あればここに添えられる。


すぐ下には発行日が記され、日付の後ろには初版第1刷と書かれている。増刷があれば、第2刷、第3刷と増えていくし、内容に訂正など変更があれば第二版となる。微細な修正の場合初版のまま修正することもある。中には初版第1刷と書かれたものが何回かに分けて刷られることもあるが、まあそれはそういうしがらみやらなんやらがあってのことなので知らない方がいい。あ、いや、そういうことは実際にはないな。ないよ。ないない。


 それらの下に罫線がずどーんとあって彼我の線引きがされて、その下には出版社名が並ぶが、そこにはまず著者名としてピンクネクタイの名前があった、このあたりはビー社内でも協議はされたが、さすがに終盤ちょっと絡んだだけのアライチヒロ弁護士をメインに据えるのも無理があると判断して、一応ピンクネクタイをメイン著者として立てておくことにした。当初営業サイドは難色を示していたが、ピンクネクタイがセミナーで直販するために500部の買取を申し出たことが決め手になった。ちなみにこれは8掛けでの直接買取である。実用書の場合、数百から1000部ぐらいの著者買取の話をもちかければ企画が通ることがある。300万以上もかけて倉庫や自宅に積むために自費出版するのはどうなのかなぁ。まともな内容の本なら買取条件ぶら下げて出版社巡りした方が、編プロもつけてもらえるし、いい仕事になるんではないかなと思うんだが、まあそこは人それぞれ商売もそれぞれなので、我輩は関知しない。


 その下に発行人という項目があり、ビー社社長の名前がある。出版物の発行責任者ということであり、我輩に関しての責任を取る立場である。内容にはあまり関与していなくても、社を代表して名乗りを上げるとは男の中の男である。仕事ください。


 さらに発行所としてビー社の社名が続く。ビー社の場合は取次に口座があるので自分で流通に送り込めるからこれでいい。取次に口座のない会社が本を作る場合は、他の会社に委託して売ってもらうということもあり、その場合は発行元が作った会社で、発売所として口座のある会社名が並ぶこともある。


 発行所には所在地が添えられる。電話番号やFAX番号、最近ではURLも並ぶのが定着した。内容にクレームがある場合はそこに突撃だ。


 そして印刷所が続くが、我輩の場合営業ニッタの東京ダルマ印刷株式会社が記されていた。下請け孫請けは水面下である。というかビー社も責了を現場で出した中年スニーカー以外は実際の印刷所がどこかなんてことは把握していない。把握する必要もない。


 製本所に書かれているのは胡桃製本株式会社という業界中堅の埼玉に工場を持つ製本所で、我輩の場合はそれが明記されていた。大手印刷会社の場合は自社で製本設備をもっている場合もあるし、製本までコミコミで請けて、製本所は下請けに出していることもあるので、印刷製本をまとめて書いてあることも少なくない。そしてこの項目を気にする読者はまずいない。せいぜい同業者しか見ない。


 そして©の著作権表記がある。これはなくても構わない。日本の場合は本になって頒布されているだけで著作権は成立するからだ。アメリカの場合はこうやって主張しておかないとダメなので記載するのだが、それをカッコつけて真似して書いているだけである。アメリカでパクられたりしないためにはあった方がいいという理屈もあるが、どうせ海外で売るわけでもないし、売れるわけでもないのであまり意味はない。そもそも我輩に書かれた遺言書のルールは日本でしか通用しない。なんで書いたのかって、いうと我輩の奥付のベースとなったビー社の本がそうなっていたからで、その参考にした本も、他の本がそうなっていたから©を入れていた。理由を知っていて書いている者はいないのである。


 それにつづいてPrinted in Japan.と書いてある。アス印刷は東京にあるので、間違いではない。そもそも印刷所としては東京ダルマなのでJapanである。ただ、今後下請けに中国や台湾、マレーシアあたりの印刷所を使うような時代になったら、どうなるのだろう。正直に下請け会社の所在国を書くのだろうか。この記載に規制はないからどう書いても構わないわけであるが、メイドインの表記と同じで虚偽はまずそうだ。いずれそんなことまで気にしなければならない時代になるのかもしれない。が、我輩にはあまり関係はないな。


 ここから先は注意書きが記載されている領域だ。まず、「落丁・乱丁はお取り替えいたします。」とある。ページが抜けていたり、天地が逆さまになっていた場合は、上記の住所に連絡するか送りつけると、まともなものに交換してくれる。この場合、送料は切手が交換品に同封されて戻ってくる。書店に苦情を言って交換してもらってもいいのだが、まあ出歩くのも面倒だし、下手に本屋に行くとまた余計な本を買ってしまうだろうから、郵送でいいと思うよ。


 今まではこれだけだったのだけど、最近はもう1つやたらと長いのが追加になった。スキャン業者に頼むとあかんで、というやつだ。自炊は構わん、好きにせい、だが、他人に面倒を押し付けて楽して電子化するのはまかりならん、本に失礼であろう、成敗いたす。ということで、そのような記載がされることが流行っている。たぶん50年後ぐらいの古本コレクターにバカにされるから我輩には書かないで欲しいなと思ったが、たぶん我輩はその頃にはあとかたもないだろうから、どうでもいいといえばどうでもいい。あ、国会図書館と著者と監修者の自宅ぐらいには残るかもしれないな。わからんけど。


 ということで、どうやら印刷が終わったようだ。印刷機が沈黙して、我輩はパレットに積まれてハンドリフトできゅいっと持ち上げられて、すすーっとアス印刷の倉庫に納められた。乾燥段階に移行したのだ。いずれぐるぐると手際よくラップをかけられ、トラックに乗せられ、製本所に納められるのだ。そうすると折ごとに3回折られて製本機にセットされ、ホットメルトで固められて、表紙を貼付けられ、三方をカットされ、カバーと帯が巻かれ、ビー社の新刊目録と読者ハガキが挟み込まれ、しおりは挟み込まれないのだ。そうして10冊ぐらいを5冊ずつ逆向きに積んでクラフト紙で巻いて、書名スタンプを黒インキで押されるのだ。そうしてパレットに巧妙に積み上げられ、まだホットメルトも冷め切らないうちにまたラップを巻かれて倉庫に納められるに違いない。それまでヒマだから店頭でお目にかかるまで少し眠ることにしよう。


 我輩は本である。印刷は終わった。あとは製本されれば、もう商品だ。


つづく

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