第18話 付物は本の付き物

 我輩は本である。相変わらず名前は決まっていないが、中身はずいぶん揃ってきた。


 再校正がそろそろでき上がるという段になってくると、いつまでもトボけていられない工程がある。「付物」である。「つきもの」と読む。「ふぶつ」と呼ぶ人もいたが、たぶん正式にはつきものである。広義には読者カードとかスリップなんかも含まれるが、その辺は版元の方で用意するのが普通なので、実用書編集の現場では大扉とか目次、索引、奥付なんかがこれにあたる。


 大扉とは表紙を開き、見返しをめくり、そのあと最初に現れる本文と同じ紙に刷られた扉のことである。だいたいはタイトルと監修者名が印刷されている。若干飾りはあるが、あまり凝ったものはない。ただし、これに関してはタイトルが決まってないことを理由に先送りにできる。デザインに関する作業も実質30分もかからないはずなのでユニクロは当面の放置を決めた。


 まえがきは少しページを多めに取ってしまったので、長めに書かなければならない。ピンクネクタイ先生はあまり作文が得意ではないということなので、制作側で「叩き台」を作って見せてやる必要があった。これに関してはユニクロがちゃちゃっと書いたものを初校に添えて見せていたので、赤字の修正指示が来ていた。やけにごちゃごちゃ書いてあったので怯んだが、よく読むと謝辞だった。だいぶ熱っぽく書いたのが功を奏したようである。元はウェブサイトに書かれているセミナーの宣伝文なので、主張自体はピンクネクタイ先生が普段言ってることである。そう的が外れるわけはなかったたのだが、やはりそこはユニクロもプロである。わかりやすい読ませ方というものを心得ていた。しかし残念ことに、この文章はあまり読まれない。


 目次も初校が出た時点でもう作成可能であったから、見出しをひっぱりつつ原稿を用意した。これもページ数を多めにしているので、章タイトルだけでなく、項目ごとの大見出しも並べた。実用書の目次はただの目次ではない。インデックスの機能も持たせなければならない。そこで、図版のタイトルも挿入することにした。これはユニクロの常套手段である。


 目次の次のページ、序章の対向ページには「この本の使い方」というページを設けることにした。今回はそれほどややこしい構成ではないので、なくてもいいと言えばなくてもいいのだが、白ページにしておくぐらいなら何か入れた方がマシだろう。といいうことでいつものように用意した。ページ見開き2つ分の画像を中央に置き、引き線でここが見出し、図版、凡例などと書き入れていく。ページの画像は校了直前に最終のものに差し替える予定だ。


 ここまでが前付けと呼ばれる一群である。そして本文8章分を挟んで後ろ側に配置されるのが後付けである。我輩の場合、あとがき、索引、奥付がそれにあたる。


 あとがきは、まえがきが長かったので少し控えめに4ページにした。これ以上長いとさすがに無駄に長いのがバレる。読者への謝辞や、関係各位の謝辞に、遺言書セミナーの誘いなどを盛り込んで、終活のすすめという体で書いていたが、これにまたピンクネクタイ先生が感激して長々と赤字で謝辞が述べられていた。紛らわしいので辞めて欲しいとユニクロは思った。


 索引はまだちょっと作るのが早い。これに関しては再校正を戻すまでに用意することにした。つまり再校正を元に用語の引き出し作業をして、再々校で合流させて最終チェックに回そうということだ。索引に関しては以前よりずいぶん簡単にはなった。とはいえレイアウト上でロジカルにできるわけではないので、PDFを並べて串刺し検索をするという程度のことである。ただちょっと気になっているのは、6ページも取っているのだが、それほど用語が多くないのではないかということだ、場合によっては2ページ分ぐらいは何か埋め草が必要になるかもしれないとユニクロは危機感を頂いていた。用語のピックアップは早めに済ませることにした。


 奥付は本文の最後のページで、我輩の諸情報が盛り込まれているものだ。監修者のプロフィールもここに入る。ミズシマ某は編集協力という名目でここに名を連ねることになる。あとはイラストのニシカエデ、デザインがストレイシープということになる。発行者や印刷、製本などは編プロサイドではわからないので、とりあえずダミーを入れておいて、赤字を入れてもらうのがいつものパターンだ。今回もそのようにした。ISBNコードもまだ仮のものだ。そして例によってタイトルがまだ決まっていなかった。あとカバーのデザイナー名をここにいれるかソデに入れるかいつも悩むので、それも指示を仰ぐことにした。


 再校正が出るまではあまり版元とコンタクトを取りたくはないのだが(だいやいヤブヘビになるので)、納期もジワジワと迫っているから仕方がない。ユニクロはメールで、タイトルはそろそろ決まるかと、カバーのデザイナー名を問い合わせた。それ以外はまだあとでも大丈夫だった。


 すぐに返信があり、タイトルは明日に知らせてくれること、カバーのデザインはユニクロの方でわかるだろうということだった。ユニクロはその意味が分からなかったので、結局電話してしまった。


「お世話になります。あの、カバーデザインなんですが、これは?」

『あ、あれ? 言ってなかったっけ。カバーもそっちでって』

「え、あれ? そうでしたか。すみません」

『納期もアレなんでそちらでトータルでよろしく。帯の文言はこちらで用意するので』

「わかりました。お待ちしています。タイトル決まったら早めによろしくお願いします」

『明日会議で決定するので、すぐに知らせますね」


 電話を切ってからユニクロはしばらく考え込んでいた。記憶をたどってみたが、カバーのことは思い出せなかった。企画書を見たがとくに明記はされていなかった。交換したメールにもその旨はなかった。一体どういうことだ。


 まあ、いつまでもここに時間を裂いても仕方がない。カバーを誰がやるのか早急に手を打たなければならない。ストレイシープにそこまでの余裕があるだろうか? ちょっと考えにくかった。素材はそろっているのでやりやすいし、制作費の面でもグロスにした方が有利だ。しかし、今工程が詰まっている中でさらにカバーデザインまでぶち込むのはあまり得策とは言えなかった。しばらく考えて、そうだ報連相だということを久しぶりに思い出して、ボータイ社長のところへ行った。ちょうどでかけるとろだったのでギリギリセーフである。


「社長、遺言書本なんですが、カバーもなんですよ」

「え? そうなの?」

「あの予算にコミコミだそうです」

「えー、そりゃ困るねえ」

 カバーデザインはページいくらの本文デザインとは相場が違う。それなりに値が張る。まあピンキリではあるが。


「時間もないし、とりあえずストレイシープに聞いてみたらどうかな」

「やはりそうなりますか。あそこ装丁もできるんですか?」

「奥さんの方がわりとやる人だったよ確か」

 ああ、なるほど。旦那さんの方のことばかりイメージしていたが、あそこは夫婦でやっているのだった。ユニクロはひとまずストレイシープに相談することにした。


 結局、ストレイシープが受託したので、カバーの件は丸く収まった。やはり奥さんの方が担当するらしい。メインビジュアルとどうするかと言われたが、新たに発注する時間もないので、本文イラストのニシカエデに相談することにした。ニシカエデの方はもう本文イラストの方がほとんど手を離れているので、この時期なら少し時間を割けるはずだった。ただ、これもグロスでって話になりそうなので、ユニクロは気が重かった。が、とりあえず先送りできるものはすべて棚上げしておいた。まずは完成が優先だからだ。ちなみに、カバーや帯もまた付物の一つである。


 我輩は本である。いよいよ明日、名前が決まるそうだ。


つづく



 

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