第15話 ブラッディ・ナイトメア

 我輩は本である。真っ赤である。


 初校から数日経過して、各方面からの赤字が集まってきた。


 版元・中年スニーカーのチェックは、演出がどうの、余白を埋めろ、見出しを目立たせろ以下同、章扉が寂しい、などが主だったが、ちょっと気になるものが1件。

 赤く囲った部分に引き出し線があり、その先には「似てる? 類書チェック」としてあり、コピーが添えてあった。コピーの方にも囲った部分がある。見比べてみると、確かに似ている。似ているというか、ですますと、であるが違うだけでほとんど同じフレーズになっていた。


 ゲッと思ってミズシマ某からの入稿原稿を確認すると、驚愕の事実が浮かび上がった。ミズシマ某の元原稿は「だいぶ違っていた」のだ。だが、そのままでは文章的にまわりくどくてわかりにくく、「てにをは」ずいぶんおかしな感じだった。そこでユニクロがリライトを試みて、読んでわかりやすいものに修正を加えた部分だった。ところが、そうしてしまうと類書の内容に「戻って」しまったということなのだ。


 版元からの同様の指摘は3ヶ所あった。全ての参考文献について全文を調べているわけがないので、たまたま気づいたところに指摘を入れているだけだと思われる。入稿原稿のままであれば似てるとは言えないレベルであったのでミズシマ某に差し戻すわけにもいかず、とりあえず至急参考文献リストを出すように頼んだ。


 ピンクネクタイからの赤字指定は予定より2日遅れで郵送で届いた。普通郵便で出したせいなので、発送自体は約束通りとも言える。ユニクロは直接取りに行くということだったが、新潟にいるということで送付を依頼した。着払いでと言ってあったのだが、上手く伝わっていなかったようだ。


 2日遅れたものの、そこにはもともと少しマージンをとっていたのでまだ大勢に影響はなかった。が、赤字量は苛烈であった。主に遺留分の根本的な勘違いから発生している微妙な表現のズレなんだが、専門的な部分はそのぐらいで、微妙な言い回しへの好みのレベルの指摘などと、あととにかくやたらとイラストへの指摘が多かった。しかも、もう少しかわいくとか、老人の表情をもう少し明るくとか、曖昧な赤字がほとんどで、それはまったく必要がなかった。


 というかこの人はどこまで本文を読んでいるのだろうか、とユニクロは思ったが、実際のところピンクネクタイは流し読み程度しかできていない。本人は読んだ気になっているが、細かい文言までは頭に入っていないのだった。もっとも内容が正しいかどうかについてはきちんと確認できているので、監修者の仕事は及第点である。そこは餅は餅屋というところか。一度最後まで読んでみたところ、あまり赤字を入れられなかったのに、これじゃ仕事してないと思われそうだということで、イラストに重箱のスミをつついたような指摘を入れはじめたというのが実際のところだった。イラストの修正指示はほとんどユニクロがスルーした。


 ユニクロ自身は細かな表現上の妥当性を中心に6割ぐらいまで修正指示を進めていたのだが、盗作疑惑の浮上でそれどころではなくなってしまった。ひとまず自分の校正紙をベースとして、版元チェックを転記していく。デザイナーへの修正指示のためである。集まった赤字校正をそのまま送りつけるわけにはいかないからだ。時間の節約のためにまとまったところから章ごとに複合機でスキャンしてストレイシープに送り込むことにした。2章まで送ったところで電話が来た。


「チノさん、これはテキスト来る?」

「要りますか?」

「これこっちで打ち直してると危ないよ。後ろもないんでしょう?」

「どうしますかね」

「5文字以上直すところは、相番打って、文章ごとに送ってくれたらありがたい」

「あー、わかりました」

 わかりましたとは言ったものの、時間的にかなりキツい。が、とりあえずやるしかない。ユニクロはまず1章のテキストに番号を振ってスキャンし直し、ファイル名を「遺言書1章(相番あり).pdf」にして送り直した。そして入稿に使ったテキストファイルをコピーして、赤字差し替え用のテキストファイルを作った。工程が進むごとにユニクロの作業が肥大化していた。


 3章まで送り込んだところで、とりあえずストレイシープの当面の作業分には十分と判断し、イラストレーターのニシカエデへの修正指示を書きはじめた。おそらく明日にはラフのままだった画像の本番用が上がってくるので、それを入れ違いに修正依頼を送り込むためである。終電までにその作業を終えられるかどうか微妙なところだった。ユニクロが修正指示をスキャンしてPDFにしてメールに添付して送信したとき、ちょうど地下鉄ホームでは最終電車が出発するところだった。


 ユニクロは赤字校正を複合機でスキャンしてPDFにして送っているが、これはこの10年前とは格段に作業効率が向上している。若手のユニクロはピンときていないが、その10年前は「赤字校正をファックスで送っていた」のである。当然先方にはモノクロで届くし、A3サイズであれば半分にカットする必要があったし、深夜に監修者の自宅に大量に送りつけて、奥方が監修者にぶち切れるという悲劇も実際に起こっている。しかしインターネットの普及・高速化によるICT(インフォメーション&コミュニケーションテクノロジー)の進化は、編集の現場にも発展をもたらした。今ではカラーでスキャンした本物の「赤字」指定紙をメールに添付するか各種ストレージサービスで送りつけることができるし、深夜の自宅でファックスがけたたましく鳴り響くこともなくなった。せいぜいスマホがピロリンと受信音を鳴らす程度である。


 赤字に関して言えば、もう1つ画期的な進化があった。「フリクション」の発明である。赤ペン、赤ボールペンと修正液でベタベタコテコテと修正に修正を重ねる時代はもう終わったのだ。こすれば消える魔法のボールペンが、校正に新時代の幕開けをもたらした。一部原理主義者は、あとで消えてしまうのはよくないなどという理屈で従来ボールペンを狂信しているようではあるが、スキャンしている時点で証拠は残されるし、そもそも筆圧で紙に痕がついている以上フリクションだからといってごまかしが利くわけでもない。無用な心配である。ユニクロのような二流三流の編集者はこの新テクノロジーを大喜びで迎え入れたのであった。


 紙の出力にペンで赤字を入れてスキャンしてメール添付などという原始時代もいつまで続くだろうか。もうすでにPDFをPCとタブレットでサーバー共有して、各スタッフがそれぞれ手書きで修正指示を入れて、それを直接編集者やデザイナーが遠隔地で見られるというシステムができ上がっている。出版業界のITリテラシーが低いので本格的な導入はまだまだこれからだが、ペーパーレス校正システムというものはもう明日にでも実現可能なことなのである。もっともそれで何日工程が圧縮できるかはまだまだ未知数ではあるが。


 以前では考えられなかったような短納期も、さまざまなテクノロジーの進化や活用で成り立っている。CTPあたりはその最たるものだろう。これについてはまた時期が来たら説明する。今言う話でもなかった。


 我輩は本である。今は血まみれになったように全ページが真っ赤に染まっている。


つづく


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