第13話 編集のラリルレロ

 我輩は本である。名前はそろそろ決めた方がいい。


 ユニクロが11時近くになってのこのこ出社してきたら、ミズシマ某からメールが届いていた。送信時間を見ると朝の6時とかになっている。ずいぶんがんばってくれたようだ。お礼のメールを返し、引き続きよろしくと添えた。


 コーヒーをすすりながら玉稿を確認していく。まず、である調になっているので全体にチャッチャと直した。てにをはも妙なところは正す。誤字脱字はこの段階では気づいたところだけでいい。内容については今は確認のしようがないので、監修に委ねることにした。適当に済ませたところでラフを添えて、デザイン会社に送った。


 料理にさしすせそがあるように、編集にもラリルレロがある。誰かが言った言葉ではない。たった今、我輩がでっち上げたものである。


 編集のラ! それは「ラフ」である。

 本には、特に実用書はラフがないと先に進まない。流し込めばハイできあがりの文芸書や人文書とは違い、実用書にはページごとの設計図が添えられていなければならない。設計図と言っても緻密なものである必要はあまりない。どのページのどの辺にどの見出しとどのリードとどの本文とどのキャプションとどの図やイラストが入るのかをデザイナーに示せればそれでいい。だいたいは手書きだが、ユニクロはAdobe InDesignで作ってPDFで渡すのが流儀だった。InDesighは今主流のプロ用の出版レイアウトソフトであるが、デザインの訓練を受けていなくてもワープロのように文書を作ることができた。ユニクロは極めて字が汚いこともあり、好んでこのソフトでラフを作って渡していた。どうせならInDesignのレイアウトデータをそのままデザイナーに渡せばいいようなものだが、バージョンの違いや、デザイナーの流儀などもあるので、そのまま使えることは稀である。どうせベースにできないから最初から作り直した方がマシであるので、渡すのはいつもPDFのラフだけであった。ちなみにたいていの場合見開きで作る。


 編集のリ! それは「リライト」である。

 文芸の世界とは違って、実用書の世界ではライターの書いてくる文章は作品ではなく、素材である。煮るのか焼くのかポン酢でいただくのか、それらはすべて編集の胸先三寸である。よほど酷ければ差し戻しもあるが、多少の加筆修正なら編集がやってしまう。これをリライトという。差し戻すより先の他の章をさっさとやってもらった方がいいからだ。もちろん書き直したあとで見せたりもしない。さっさとレイアウトに回すからだ。初校が上がったら見せてもいいが、ライターの仕事に校正は含まれていないので、見せないことも多い。だいたいはすでに他の仕事に着手しているからだ。なので、多くの場合ライターは一発入稿であり、あとは野となれ山となれである。献本もらっても読まないことが多いのではなかろうか。もちろん、こんなことの実態を調査する機関は存在しないので、あくまで我輩の印象である。世の中にはきちんとした人々も大勢いると思うので、こんなやり方をしているのがユニクロのような二流編集だけかもしれないが、まあそれだけ時間も金もないし、高度に効率化されているということでひとつ読み飛ばしていただければと思う。


 編集のル! それは「ルーティーン」である。

 いや、「ルール」かな? どうしようかな。ああ、「ルビ」にしとこうか。ルビの指定はだいたい初校戻しでやるので、デザイナーに怒られる。行間を調整しないとならないからだ。でも初校入れる段階でそんなことまで気にしてらんねえっつのな。ちなみに「ルビ」ってのは文字の脇に小さく振られるフリガナのことだ。HTMLタグでもRubyって書くが、宝石のルビーが語源である。よくクイズ番組でも出てくるネタなのでことさらここで取り上げることもないが、覚えておけばあなたがキャバクラに行ったときに3分ぐらいは場が繋げるだろう。どうリアクションされても我輩は一切責任を追わないので、すべては自己責任でお願いいたしたい。


 編集のレ! それは「レイアウト」である。

 もっともレイアウト自体はデザイナーの仕事なので、編集の中に含めるのはどうかと思われそうだが、レイアウトを正しく依頼し紙面を緻密にコントロールするのは間違いなく編集の仕事であるので、ここに含めることにした。いいじゃないか他にレで始まる言葉が思いつかなかったんだから。ただまあレイアウトは編集の範疇だが、デザイン自体はプロにお任せした方がいいだろう。配置さえあっていれば、装飾のテイストはデザイナーの守備範囲だ。そこにいちいち口出しするとろくなことにはならない。ここでデザインテイストを3案出せなんて要求をする向きもあるが、だいたい意味がない。読者は数千人いてその好みは千差万別である。編プロと版元の数人の好みがどうのこうのなんてことが時間の無駄でしかない。せいぜい2案程度にしておくべきだろう。だいたい3案も頼むと、まともに使えるのは2案までで、あとの1案は数合わせのクソ案でしかない。そういうのはだいたいどっかに欠陥が隠れている。まかり間違ってそのクソ案を採用してしまった日には、その帳尻合わせに全員が苦労することになるのである。


 編集のロ! ロ……。ロー。ローローロー。

 「ロードマップ」でいいや。スケジュールともいう。これを組むときに、何日でどれだけできるから、そのペースでいくと、何がどの日にできて、それをどういう間隔で戻して、どういうやり取りをして、というように逆算して作っていくのだが、これはあまり意味がない。べったり進行するスケジュールは現実的ではないからだ。そもそも誰もが専任でその仕事をしていない。みんな低予算なので、他の仕事と平行しながら進めている。だから一応の目安としてそれぞれのタイミングを指定して日程表を作る。しかし、実際はそのタイミングの直前にわっと集中してやっていることが多い。それを悪だとは誰にも言えない。和を乱してはならないのだ。「お互い様」の寛容の上に成り立つのが出版の制作現場なのである。誰もが誰かに借りがあり、また誰もが誰かに貸しがある。そういう一蓮托生感がなければ、こんな複雑な工業製品を作り上げることなどできないのである。まあ、何が言いたいかっていうと、いろいろごめんんなさい、ということだ。ロードマップ大事! マジ! みんなはおれの屍を越えていけ。


 イラストはまだ上がって来ていないので、 ユニクロはレイアウトの指示だけ先にデザイン事務所のストレイシープに送った。送った上で電話をする。誰も出ない。手が離せないのだろう。特に説明もいらないだろうから構うことはない。ちょうどここでイラストレーターがやってきた。先日も挨拶にきたが、今日も近くまで来たということで立ち寄ってもらうことにした。ラフと原稿を見せて、だいたいのイメージを伝えられるだろう。必要なイラストの点数がまだ出ていないが、ギャラの話をどうしようかと思ったが、ユニクロはそこは流れに任せることにした。


 我輩は本である。ユニクロの中では中身のイメージはなんとなくできてきたようだ。納期は着々と迫っているが、この時点で危機感を感じているものはいなかった。ただ1人、このイラストレーター・ニシカエデを除いては。


つづく

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