第9話 ページ数は16の倍数です


 我輩は本である。224ページの予定である。


 224ページなんていうと中途半端なページ数に見えるかもしれないが、実は合理的な数字である。200ページとか150ページの本というものはまずない。ましてや奇数のページ数の本というものは、3次元世界には存在しない。そりゃ単にノンブルを振らなきゃいいので、159ページで終わっている本はあるかもしれないが、裏にはノンブルのない白ページがあるはずだ。めくったら何もなかった、なんてのはもうオカルトの領域である。そりゃあ電子書籍であればこの限りではないので、奇数でもなんでもアリアリではあるが、少なくとも、伝統的商業出版の範疇で世に出される本であるところの我輩については、16の倍数で作られることが運命的に確定している。ちなみにノンブルというのは本の隅に書かれているそのページのページ番号のことである。たぶんナンバーの仏語読みか独語読みかなんかだと思うが、それはどうでもいい。


 222ページだったり225ページだったりしないのは出版界の掟によるものであるが、208ページや192ページでないのは、中年スニーカーが適当に決めただけである。現時点でそこに合理的な理由はない。内容のボリュームから算出したわけでもなければ、印刷や製本にかかる原価から逆算しわけでもない。たまたま手元にあった本を手にして、重さを感じて、だいたいこんなもんと思ってその本のページ数を見ただけである。そして企画書にページ数を書き込んだのだ。


 それは中年スニーカーが缶コーヒーをすすりながら適当に決めたページ数ではあるが、編プロサイドにとってみれば非常に重要なアンタッチャブルな数字になる。予算はそのページ数を基準に提示されているわけなので、ページが減ると当然あとの制作費の支払いも減る。値引きの理由としては妥当である。裁判やっても勝てないだろう。逆にページ数を理由もなく増やすこともできない。印刷費が肥大化するし、その分の増加分を編プロが負うこともできない。ゆえに、昨日中年スニーカーが決めた224ページという仕様は、その根拠に関わらずこの環境下では、究極に絶対的な数字となるのである。


 そこに悲劇が生まれる温床がある。内容に関わらず仕様が決まっているので、実際の情報量が224ページにはるかに届かないとしても、どうにか帳尻を合わせる必要があるし、過不足なく説明するには240ページ必要だとしても、容易には増やせない。これが完成までに半年から1年もかけるような本であれば、予算を決める前に企画が動きだし、仕様を先に考えることもあるだろうから内容とページ数がマッチしていることもあるかもしれないが、我輩のような頭数合わせを目的に放り出される類いの実用書では、そこまでは考えない。定価に見合ったボリューム感があればそれでいいからだ。かつて日本国にあった軍隊では、軍服のサイズに身体を合わせろ貴様ぁなどと怒鳴り散らしていたものだが、だいたい似たようなメンタリティによって、ページ数に内容の方を合わせるのが常識となっている。


 ユニクロはPCの中から以前やった224ページの本の台割をコピーして、新たなエクセル文書を作った。内容の欄にずらっと並んでいる項目を全てクリアして、まっさらな台割にした。台割とはページの構成内容が書き込まれた表のことである。台というのはざっくり言うと印刷機のことである。つまり何台の印刷機で印刷をするのか、を表にしたものということになる。1台の印刷機では片面に8ページ、両面で16ページを印刷する。本が16ページ単位で作られるのはそのためだ。片面16ページの32ページ単位で作られる本もあるが、折ったときのズレが大きくなってしまうので、我輩ぐらいのサイズの書籍ではあまりやらない。もっと大判の本では片面4ページのものもあるが、文章メインの実用書では8面付け16ページのものが多い。まあ詳しいことは印刷する段階になってから説明しよう。


 ユニクロは実のところ印刷のことなどほとんど知らない。単に16ページ単位で考えろと教わったから、ずっとそうしているだけだ。色校正という試し刷りが届いたときはなんとなく、ああ、そういうことかと思うが、印刷の現場を見たことがないので、本当の意味では理解していない。デスクに常備してある編集ハンドブックにはそのあたりの本の体裁のことは詳しく解説してあるが、ざっと流し読みしただけなので、詳しくはわかっていないのだった。だが、それはそれで構わない。彼は16の倍数を厳守してページ構成を考えればいいのであって、その理由など知らなくていいのだ。


 類書の目次参考にしながら、ユニクロはだいたいの章ごとのボリュームを考えていく。最初に何を説明し、次に何を説明するのか。最後はどうするのか。今回の本の場合はだいたい5章ぐらいに内容が振り分けられるようだが、実のところもう少し小刻みしておきたかった。というのは、今回は短納期である。作るべき内容はできるだけ少ない方がいい。5章で構成した場合、各章の最初のページ、つまり章扉は5ヶ所になる。章扉は章タイトルとカットイラストぐらいがあればいい。今回はイラストも増やしたくないので、カットの代わりに章の概要を書いてもいいかもしれない。いずれにしても、本文のページに比べて省エネである。5章立てから8章立てにすると、この省エネなページが3ページも増えるのである。セコいかもしれないが、こうやってあちこちに省エネポイントを作っていかないと首が回らなくなってしまうのである。


 ということで我輩は8章立てになった。8章になるとたぶん目次がひと見開き余分に増える。ユニクロは1ページめに大扉と書き入れた。これは表紙をめくり、見返しという白紙をめくりその先にある、本文の最初のページのことである。これも224ページのうちの1つに数えられる。その裏面は白ページで構わない。その対向であるP3からまえがきを始めよう。まえがきは監修者に依頼する。今回は素人(本づくり的な意味で)が書くのであまりむやみに長くはできない。とりあえず5ページ分を割り当てた。そして目次を6ページ分にして、その次に謝辞ページを置く。誰それに捧ぐとかは書かないので、レイアウトのデザイン会社やイラストレーターのクレジットを入れるページになる。目次が増えてしまったらそれらのクレジットは目次の最後尾か、奥付に移動すればいい。


 8章構成だと提出した段階で多すぎないかと言われる可能性が高いので、最初の1つを序章にした。これだと序章+7章立てなので、章多すぎ感が薄れる。我輩の場合は、序章に具体事例を置くことにしたようだ。遺言書があってよかったエピソードや、無くて困ったエピソードなどを最初にもっていく作戦のようだ。こういうのを入れておくと序章であることに違和感はなくなる。エピソード1つにつきイラストを半ページか1ページつけるようにする。できれば1ページサイズの挿絵にしたいところだ。挿絵なんて読者はサイズを気にしない。タテヨコを先に決めないとならないが、ここはもう縦にしてしまおう。半ページでも1ページでも1点は1点なので大きく使えば省エネだ。


 1章からは実際に遺言書を書くための知識が入ってくる。基礎編、情報編、実践編などというように順序立てていくのが類書に共通しているのでそれに準拠した構成にする。パクリなどではない。スーパーマーケットの商品の並び順がどこも大差ないように、実用書には実用書のセオリーというものがある。それにそっているだけであり、思考を放棄したわけではない。ユニクロは考えた上で、常識的な順序を採用したまでである。それで5章まで進んだ。


 さて、6章はどうするか。類書の傾向はここから分かれてくる。薄めの本は、ここで説明が終わる。とある本は事例集があった。一方でQ&Aを収録したものもあった。そのどちらかがあって終わるのが主流のようだ。我輩の場合は、6章のあとに7章がある。ユニクロはまず6章の章扉ページの枠に「事例集」と書き込み、7章の枠に「Q&A」と書き込んだ。これぞ伝家の宝刀、両方取りである。そのあとの余った6ページにはさくいんをあてた。最後のページは奥付である。本の細かな情報が並ぶ。これについてはまた後日詳しく説明しようではないか。


 ということで、どうにかこうにかユニクロは遺言書の本のページ構成案を作ることができた。さっさと中年スニーカーにメールで送るかと我輩は思ったが、ユニクロはそういうことはしなかった。こういうものは少し寝かせた方がいいのだ。理由は2つある。


 1つは、明日になったら他のアイディアが浮かぶかもしれないからだ。

 もう1つは、そんなにすぐに台割を出してしまうと、次回からそういうスケジュールが前提にされてしまうからだ。


 いずれにしても監修とイラストレーターが確定してから、その報告と同時でも遅くはない。むしろそれでも全然早いぐらいだ。ユニクロはノートPCのフタ(液晶)をパタンと閉じた。ノートPCと言ってもこれはMacBookなのだが、いちいち面倒なので我輩はただPCとだけ言うことにする。あとは諸君らで好きなものに読み替えていただきたい。


 ユニクロは珍しく終電ではない電車で帰った。彼が次にこの時間帯の電車で帰宅するのは、約2ヶ月後のことである。


 我輩は本である。章立ては7つだが、さらに序章がつく。コラムが多めなのがちょっと気になるが、それはまた先の話である。


つづく

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