第8話 間違いだらけのイラストレーター選び
我輩は本である。遺言書の本である。
ユニクロが編プロの事務所に戻るころ、良いメールと悪いメールがほぼ同時に届いた。人間にはよく「良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたいか」などとナメた聞き方をする者がいるが、同時に聞くのが一番に決まっている。デザイン事務所はOKでイラストレーターはNGだった。
ユニクロはすぐにデザイン事務所に返信し、打ち合わせの日取りを決め、イラストレーターには残念ですまたの機会にお願いしますと返信した。ボータイ社長は確かNGの場合の代わりのイラストレーターは誰でもいいと言っていた。ユニクロはとりあえず事務所にあるサンプルから見繕うことにした。
編集プロダクションにはたまにイラストレーターが持ち込んでくる自分の作品の目録(ポートフォリオなんて呼ばれているクリアファイル)がたくさんある。
イラストレーターは人づてに紹介されてやってくる人もいれば、電凸飛び込みでやってくる血気盛んな若者もいる。でも最近はネットで検索してコンタクトを取ることも少なくない。
イラストレーターの目録みたいな雑誌も発行されていて、高度な作品がずらりならんでいるが、編プロで手がける実用書にその方々が起用されることはない。それは単純にギャランティの問題だ。有名イラストレーターは人間性がどうとかで使いにくいなんてことはない。ないのだ。ないってば。まあ逆にアーティストっぽいイラストレーターが、読み捨て実用書の挿絵を引き受けてくれるかっていうと、そこはギャラの問題ではないようにも思う。まあそんなこともあり、そのようなアート系の先生はハナから選択肢には含んでいない。そういうのの出番はもっと後だ。
ユニクロは30冊ぐらいあるクリアファイルから、挿絵向きでシンプルな作風のものを数点抜き取って自席に持ち帰った。今回はとにかく短納期だ。ユニクロがなんとなく構想している我輩の内容では、多くて50点ほどのイラストが必要になる。およそ4ページ、2見開きに1点ずつイラストまたは図版が入るものになるだろう。それが200ページほどなので、ざっと50点ぐらいだろうというソロバンになる。単純な説明図も含まれるとは思うからそれはデザインサイドにやらせることにして、イラストレーターに発注するイラストは30点程度に押さえられるだろう。さらにカットの工夫をして、パーツの組み替えで複数のイラストが作れるようにすれば、だいたい10点ぐらいは他の絵の流用で作れるようにできるはずだ。
それを考えると、手書きの人は今回は起用できない。デジタルでドローラインの作品の人でなければダメだ。イラストレーターはそれぞれに作風がありテクニックも異なる。使う画材や、好むアプリケーションも千差万別である。それは個々の歩む道なので、どんなでも構わない。ただ、こと実用書、とくにハウツー系のマニュアル本ではアーティスティックな要素はあまりいらない。欲しいのは正確性と利便性である。正しいデッサンで要求を的確に理解した、使いやすい絵を納めてくれるのが最高のイラストレーターなのである。あくまでも実用書に限ってのことだが。
要は冒頭で編集者もいろんなのがいるという話をしたが、イラストレーターにもいろんなのがいるということだ。
印刷に耐えうるイラストをデジタルで作ることができるパソコンソフトは、2つしかない。どちらもアドビ社というアメリカの企業が開発しているソフトである。1つはPhotoShop。世界で最も有名な画像処理ソフトだ。ソフト上で絵を描いたり色を塗ったりできる。ちゃんとやるなら必要なソフトである。あ、言っとくけど本当はアプリケーションであり、ソフトウェアなんだからね。でもいろんな人向けにあえて「ソフト」って言ってるんだからね。実用書ってそういうもんだからね。閑話休題。で、そのアドビのもう1つのソフトがIllstratorだ。イラレなんて呼ばれることが多いこのソフトは、パソコン上で線画を描くためのソフトだ。線だけじゃなく色も塗れる。グラデーションもかけられる。まあいろいろできる。
でまあ、今回の場合、イラストのパーツ流用ってこともあるので、イラレで構造をちゃんと作ったイラストが欲しいわけだ。同じキャラの同じポーズで髪型だけ変えて流用とか、ポーズだけ少し変えるとかそういう応用を利かせたいので。それで発注点数を抑え、同時に納期も早めたい。というのがユニクロの弾いているソロバンだった。そのイラレであつかう線画のことをドローラインと呼んでいる。ベジェ曲線なんて言葉もあるが、いちいち解説入れていたら何万字にもふくれあがるので割愛する。どんどん割愛する。
イラレのドローラインでやっているイラストレーターは3人。1人はグラデ―ションを多用している作風。主線は無いのが個性のようだ。あまり輪郭がぼんやりしたものは我輩には向かない。我輩の読者はおそらく年配者が多いだろう。年配者は視力が衰えた方々が多いので、コントラストの低いものはよく見えないのだ。だからこのグラデさんは却下になる。
2人めはあまり個性の強くない感じで、デッサンが正確だ。手書きっぽいがライン幅が一定なので、ドローラインなのは間違いないだろう。5種類ぐらいの作風を使い分けることもできるようだ。これはなかなかいい。
3人めはイラストというよりはインフォグラフィックスの制作会社という感じであり、今回の仕事には合わない。
というわけで、結局30冊あったポートフォリオのうち、条件に合うのは1人だけだった。とりあえず連絡してみて断られたらまた考えよう、とユニクロは思った。
ポートフォリオに書かれたメアドにオファーを送信し、とりあえず待つことにした。イラストレーターの名前はニシカエデとなっていた。30分後返信がきて、丁寧な挨拶のあとに、引き受けられるかもしれないので、事務所に行くと書かれていた。数回のやりとりで明日午後の面談が決まった。ユニクロはまだボータイ社長に相談してなかったな、と気になったが、誰でもいいと言っていたはずだ。と思い直して、忘れた。
我輩は本である。デザイン会社が決まり、イラストレーターにめどが立った。
つぎに考えるのはページ構成案である。
つづく
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