第7話 類書は類書を呼ぶ

 我輩は本である。ライターまで決まった。内容はまだない。


 結局ユニクロが事務所最寄り駅に着くまでに、イラストレーターとデザイン事務所からの返答はなかった。時間的にはあまり喜ばれない時間帯なので、これは待ちだなと思ってた。事務所に戻って19時を過ぎるまでにメールが来なかったら、こちらから電話してみようとユニクロは思った。


 少し空き時間があったので、ユニクロは書店に寄ることにした。今回の仕事の類書を買うのだ。類書とは、似たテーマの本のことである。似ているけど少しだけオリジナリティを加味しているのが、類書であるということだ。そして、この世界では何かの類書でない本は存在を許されない。裁判で判例のない判決が出ないように、役所が前例のないことを許さないように、出版もまた類書のない本の上梓は許されないのだ。


 ちなみに上梓とは新しく本を売り出すことである。大昔、木版で書物を作っていた時代、その版木は梓の木材を用いていたことから、転じて書物を発行することを上梓というようになったと国語辞典に書いてある。最初に誰が言い出したのか知らないが、なかなか気の聞いた言い回しを考えるものだ。


 書店の手前の方は雑誌か、あるいは文芸書の人気新刊が平積みで並ぶ。あとはデアゴスティーニだ。アシェットかもしれないが、総称がデアゴスティーニだ。実際にアシェットかもしれないが、人はそれをデアゴスティーニと呼ぶ。


 平積みというのは本を地面に平行になるように表紙を天井に向けて積んで売る方式のことだ。在庫の多い本を効率よく陳列するための合理的な方法であるが、売れてる感を醸し出せるので一石二鳥である。さらに言うと棚に表紙を正面に向けて陳列してあることを面陳と呼ぶ。そのまんま面で陳列の略である。これも売れ筋の本にだけ許された陳列テクニックだ。他にタワー積みやグンカンなどの特殊な陳列方法もあるが、それはまた我輩が発売になった頃に詳しく紹介しよう。


 そして、1冊しか在庫のない本はだいたい棚挿しと呼ばれる方法で陳列される。これは、本の背を正面に向けるように投影面積が極力小さくなるように工夫された陳列方法である。背を向けているので消極的な陳列方法のように思うかもしれないが、本の背には書名や著者名が効率よくデザインされて配されているので、それがどんな本なのか必要最小限の情報は提供されるように苦心されている。在庫が2冊以上あるとき、それは書架の一番下の引き出しに納められている。多くの場合この予備在庫には出番はなく、そのまま誰の目に触れることもなく返本ラインナップに加えられることになるのだが、それはまた別の話だ。


 我輩のような実用書は書店の右か左の壁に分野ごとに並べられている。実用書の分野について詳しく話してもいいが、今日のところは類書の話なので、そのあたりは割愛しよう。もしかすると、この物語自体からも割愛するかもしれない。話せば長いからだ。それだけで独立した物語になるぐらい長い。一般には文芸書やコミックばかりが目立つが、書籍の真髄は実用書である。点数、売り上げともにナンバーワンが実用書である。


 本来ならば書籍とはつまり実用書のことであり、文芸書なんぞはお遊びなんである。質実剛健な我々実用書は、いつでもうわついてはしゃいでいるようなチャラい文芸書とは違うのである。我輩は本である。我輩も文芸書に生まれていればまた違った感想を持つかもしれないが、我輩は実用書である。実用書こそがキングオブ書籍なのである。妬ましくて言っているのではない。断じて違う。違うんだよ。


 ユニクロが法律関係の棚まで来ると、遺言書に関する本がいくつか並んでいた。ざっと見ると概ね3種類あるようだ。遺言書の書き方について手取り足とし順序立てて書いているもの。いわゆるマニュアル本だ。それと、遺言書に関するトラブル事例集のようなものがいくつか、これは参考にはなるが網羅性がないのであてにするのは難しい。そして少し判型が大きな遺言書キットだ。ユニクロはマニュアル本を3冊と、他のタイプを1点ずつ選んだ。


 遺言書キットとは、自筆証書遺言の書き方をレクチャーする冊子と、自筆遺言書用紙、封筒、その他財産メモなどを1つにまとめてパックしたものである。今は何種類か出ているが、これは元はといえばある地方都市の税理士の自費出版のために地元の印刷会社の営業マンが考案したものである。そもそもはセミナー資料用に薄い冊子を作るだけの予定だったのだが、「自筆証書遺言を書く用紙はなんでもよい」という素朴な疑問を逆手にとって、だったら悩まないように用紙を付録に付けたらいいという発想で、その他各種用紙、封筒、保管用ケースまでをセットにして売り出したものだ。近隣の商圏で話題になり、ローカルなベストセラーになったあたりで新聞に紹介され、その翌春には大手文具会社がパクって全国展開し、今では定番の遺言書キットとしてみなさまのお手元に届くようになっているというわけだ。なんでそんな細かい事情まで知っているかっていうと我輩は本だからだ。


 いずれにしても、実用書の世界では類書は正義である。参考にして引用して少しだけオリジナリティを主張して、そうして実用書はでき上がるのだ。実用書は口伝のようなものだ。代々伝わる先人の知恵に自らの創意を少しだけ加えて、次世代へと紡いでいく。知識の拡大再生産、それが実用書の真髄であるのだ。より詳しく、よりわかりやすく。実用書はハイペースで進化を続けて今日に至っている。文芸書や人文書の紙面を見ろ。活版印刷が生まれた明治の頃となんら変わってはおらんではないか。それにひきかえ実用書の紙面のなんと洗練されたことよ。高度に計算された読み手への視線誘導。インフォグラフィックテクノロジーを駆使した先進的なエディトリアルデザイン。嗚呼、実用書こそが書店を出版をひいては人類の叡智を下支えする存在なのである。我輩は本である。我輩は実用書である。我輩は遺言書の解説本である。名前はまだない。


「カバーはおかけしますか?」

「あ、大丈夫です」

 この若い店員の言うカバーとは本のカバーのことではない。本のカバーは最初からついている。おっと、この話は長くなる。覚えていたら物語の後半で改めることにしよう。我輩はまだカバーどころか表紙も決まっていないのだから。

 店員にHDPEの袋を渡されて、ユニクロは書店をあとにした。我輩がここに再びやってくるのは、およそ3ヶ月である。それまでしばしの別れだ諸君。


 我輩は本である。類書はたくさんある。名前はまだない。



つづく

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