第6話 ライターつっても火を点ける方じゃない方

 我輩は本である。名前はまだない。監修は税理士に決まった。


 ユニクロにベテランフリーライターのカマセ氏からお断りのメールが来た。今忙しいのでごめんなさいというものだったが、実際は短納期を回避して断ったのだったが、ユニクロはそんなことは知らない。わかりましたまた別件ありましたらお願いしますと返事をした。

 仕方がないので中堅フリーライターのミズシマ君に仕事のオファーをメールを送ってみた。できれば今日中に担当ライターを決めてしまいたい。


 ライターライターと言ってもタバコに火を点けるアレじゃない。物書きのことだ。英語では作家だろうが物書きだろうがフリーライターだろうが全部Writerだ。なんと記者も含まれるというのだから、ずいぶんと大ざっぱな言語があったものだ。しかし、日本でライターと言った場合、作家や記者は含まれない。この人たちはライターではない。ちなみに、物書きにはライターと作家は含まれる。これはかなり広義な言葉であるからだ。でも記者は含まれない。日本語というものは繊細なものなのである。


 ライターとは、依頼をうけて文章を書くが、あまり著者としては顔を出さない職業というのが、実際に近いところである。もちろん人気トップライターともなれば、作家並みの知名度で、どちらかというとお前もう作家って名乗れよめんどくさいとか思われたりもするんだが、フリーライターという言葉の響きが好きで、好んでそう名乗っている人もいるからどうにも複雑怪奇である。


 とはいえ、一般にライターといえば、個人的にはあまり有名でもない著述職人といった感じの職業である。わざわざフリーを付けたり付けなかったりするが、だいたいは個人事業主であるので、多くはフリーランスである。もちろん雇われのサラリーマンライターもいるだろうが、少数派だろうと思う。もちろんこんなことを調べた統計資料はないので、あくまでも我輩の想像である。


 じゃあ、このフリーライターという一匹狼気取りたちがどんな仕事をするかというと、とにかく依頼の内容の依頼の文字数の依頼の記事を依頼の期日までに書き上げてあとはよろしくと去っていくのが主である。あまり、俺が俺が俺の文章が俺の文章に手を入れるなおい俺のレトリックを消すな待てそこは俺が心を込めて書き上げた文章だおい、などということは言わない。書き上げたら、あとは任せましたんでテキトーにやってください、ギャラはなるはやでよろしくお願いします請求書こちらです、と颯爽と去っていくのがフリーライターである。


 そして、各々多少得意ジャンルというものはあるが、頼まれればなんでも書くのがフリーライターである。知らんことは調べて書く。そういうものだ。彼らの仕事っぷりについてはまた後日紹介するが、とにかくユニクロはこのミズシマとかいうフリーライターに我輩のための記事を書いて欲しいと依頼のメールをしたわけである。そういえば今度は、短納期であることは伏せていたな。ズルいな。それでもって返事はすぐに来た。


re:ご都合お聞かせください


チノ様

お世話になっております。


お仕事のご依頼ありがとうございます。

ちょうど昨日一件納めましたので、お引き受けできる状況です。

詳しいお話、伺えればと思います。

今日は事務所におりますので、いつでもお電話ください。

よろしくお願いします。


ミズシマ



 つまりこのミズシマ某は、まんまとユニクロの罠にかかったというわけである。メールを開いてすぐにユニクロは電話をかけた。

『はい、ウォーターアイランドです』

「こんにちわ、チノです。メールありがとうございます」

『あ、どうも。ご無沙汰していますミズシマです』

 ウォーターアイランドというのはミズシマ某の屋号だ。個人事業主なので、社名ではないが、屋号という名称を使うことでいかにも商売をしていますというポーズをとることができるのである。ミズのシマだからウォーターのアイランドという安直なものではあるが、語呂もいいので本人は気に入っているようだ。


「いえいえ、こちらこそ。一応内容はメールで書いた通りなんですが、いかがでしょうか」

『遺言書でしたよね。あまり詳しいわけではないですが』

「今回は監修に税理士さんがつきますので、今度一緒にレクチャーに行きますがどうでしょう」

『で、あればまあ大丈夫かな』

「対象読者は一般の方です。プロ向けのものではないのでそれほど難しい内容にはならないと思いますよ」

『はあはあ。そうなんですね』

「あと今回は自筆証書遺言というものが対象です。遺言書というものは自分で手書きでもいいんだそうですよ。それの書き方を紹介するものです』

『なるほどなるほど』

「テーマ的に考えて、特にこれは年配の方が対象になるので、文字は大きめ、複雑なもの言いはしない、図もなるべく多く入れたいと思います。どうですかね」

『わかりました』

「ありがとうございます。よろしくお願いします。詳しいことは企画書をお送りしておきますのでご確認ください。あと今週後半であいさつがてら取材に行きますので、候補の時間も書いておきます。よろしくお願いします」

『はい』

「では失礼します」

『失礼します』

 ユニクロはケータイの通話を切った。電話というものはかけた方が切るのがマナーである。ただ、今回はたまたまだ。2人ともそんなのがマナーだなんて知らなかった。


 とりあえずライターが決まったのでユニクロはガッツポーズを決めた。正面からは誰も歩いていなかったが、すぐ後ろに歩いていた女性はびっくりしていた。


 ちなみにユニクロはまだ納期もギャラも何も知らせていないのだが、この業界はだいたいこんなものである。根拠のない信頼関係だけが細長くつながりあっている、そんな社会なのである。


 我輩は本である。名前はまだない。しかしライターは決まった。一応。



つづく


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