第2話 会議は踊る、されど通らず

 我輩は本である。名前はまだない。企画も決まっていない。

 決まっているのは刊行スケジュールだけだ。我輩はおよそ三ヶ月後に新刊として書店店頭に並ばなければならない。そういう宿命なのである。

 何故か。

 知らんよ。

 そんなことは取次に聞いてくれ。


 編プロの若者が残していった2つの企画書が、いよいよ品定めされる。

 企画会議の開催である。出席するのは編集部6名と営業から2名である。

 もちろんこれがこの出版社の全員ではない。


 すでに新刊3点までは決まっている。2冊はもうだいぶ完成に近づいていて、もう1冊は先月企画が通って、鋭意製作中である。

 ゴルフのトレーニング法、占いの入門書、AV女優によるセックスお悩み相談(女性向け)だ。今日は、その月のもう1点と、その先のスケジュールの3点を決めるのだが、先の方はすでに決まった。ガーデニングの終わらせ方の本と、遺言書の解釈方法、犬のしつけの本だ。


 残り1点がなかなか決まらなかった。スケジュールが短いのと、他のもので予算がかさんでしまったので、割り当てられる制作費が限られているからだ。


 今回は、制作費だけで200万というのが条件だ。それで作れそうな内容でなければ、この企画会議を生き残ることはできない。これはシビアな条件だった。


 たとえば200ページ前後の本だとして、1ページあたり1万円作らなければならない。これに本文だけでなく、図版やレイアウトまで全部ひっくるめて200万ぽっきりで済ませなければならない。


 かつては1点500万の予算はあった。時間も十分あった。

 しかし、時代は変わった。1点200万で、3ヶ月に納めてもらわなければならないのだ。編プロも徐々に減ってきた。こんな予算では立ち行かなくなるのは当然だ。巷には浪人と化した元編プロ編集者がゴロゴロしていた。そんな時代である。



「ダメだな」

「ダメですね」

「じゃあ次」

「はい」

 中年スニーカーは昨日若者からあずかった企画書のコピーを見るよう、会議メンバーをうながした。

「えーと、こちらは昨年発売した例の3分で10年の本の続編ですね」

「あれの続編かよー」

 頭をボリボリと掻きはじめたのは、編集部長である。実質彼が、何を製作するかを「考える」。決して決めるのではない。考えるのが仕事だ。


「そんなのダメに決まっているでしょう」

 そうピシャリと言ってのけたのは、営業部長だ。彼の仕事は何を発売するかを「決める」ことだ。もちろん考えることなどしない。考えるのは編集部の仕事だからだ。だから営業部では考えない。決めるだけなのだ。


「パブライン見てるんでしょ?」

 パブラインというのは、本の売り上げ動向がよくわかる魔法のサービスだ。お高いので個人や編プロのような零細企業では利用できない。そして、出版業界ではこれ以外にマーケティング調査を一切しない。理由は知らないが、先祖代々そうやってきたのだ。あとは書店の店頭を定期的に回って市場動向を確認するのが、営業部のマーケティング調査の全容である。忙しいのでテレビは見ない。新聞は日曜日だけ読む。インターネットはよくわらないので使っていない。それが営業部長だ。そしてその部下の営業課長も彼の弟子であるので、まったく同じ営業手法であった。この場に2人でいる意味があるのかどうか、我輩にはわからない。


「ええまあ」

「だったら、こんな企画ダメに決まってるでしょう。全然動いてないじゃない」

「そうっすね」

「しっかりしてよ」

「すいません」

 中年スニーカーは語気を荒げる営業部長の横で、同期の中年課長にニヤリとされて内心ムカついたが、持ち前の明るさで笑ってごまかした。まだ企画はある。


「次がダイエット本ですが」

「ほう?」

「筋トレダイエットです」

「は?」

「ダイエットに筋トレを用います」

「ほう? 新しいなそれは」

 会議の出席者全員が身を乗り出して企画書を精読しはじめた。


「おお」

「これはすごい」

「斬新だな。ダイエットに筋トレをするなんて」

「ダイエットというのは元来食事療法のことですので、筋トレでダイエットというのは少々違うような気はいたしますけれどもね」

 一流国立大学卒の30代編集部員がゴチャゴチャとウンチクを語り出した。学歴は高いがコミュ力は低い。新人の頃から面倒を見ているが、いつもひと言多いのだ。スニーカー中年は内心苛立っているようだが、大人なので我慢しているようだ。ちなみにスニーカー中年は私大卒である。


「細かいことはいいんだよ。とにかくみんな食事で簡単にダイエットしたくてしょうがないという風潮に鉄槌を食らわして、みんなで健康に痩せましょうという提案です。ライフハック術です」

「なるほどね。これはいいんじゃないかな」

「ありがとうございます」

「3ヶ月でできんの?」

「撮影に2日あれば。あとは本文も少ないですし、監修者からの取材も撮影中に終わるでしょうから。3ヶ月でも問題ないかと」

「ふーん」

「監修者のスケジュール次第ですが、ダメなら他の監修を探してもらいましょう」

 ほぼほぼ決まりかけていたが、最後にどんでん返しがあった。営業課長が気づいてしまった。

「来月、ダイエット本出ますよね?」

「あ」

「だめじゃん」

「却下だ。いやもったいないからキープにしよう」

「じゃあキープでよろしく」

 編集部長に宣告されて、スニーカー中年は肩を降ろして座った。これで3ヶ月連続で企画が通らなかった。まったく。などと考えているのだろう。我輩にはわかる。


 次に20代女性編集者が企画書を読み上げた。ガウチョパンツの似合う美女である。恋人はいない。正月に3ヶ月会えなかった恋人に別れを告げられてから、仕事に邁進していたが、じわじわと30の数字が脳裏をよぎることが増えてきていた。


「えと、私からの企画は、著名人100人に日本地図を描いてもらおうというものです」

「ほほう」

「面白そうじゃないか」

「予算は? おお低予算だな。どうして?」

「これはチャリティ企画なんですよ」

 ガウチョパンツはドヤ顔で声がうわずっている。ずいぶんとご機嫌だ。スニーカー中年はどうしているかというと、ニガ虫を噛み潰したとしかいいようのない顔をしていた。そりゃそうだろうな。


編集部長と営業部長は気に入ったようだ。一流国大もうなずいている。他の編集部員も指示しているようだ。スニーカー中年も仕方なく同意の仕草をみせている。最後の営業課長がどう思うか全員が注目した。


「そうですね。これはダメです」

 営業課長はばっさりと切り捨てた。

「どうしてですか?」

 ガウチョパンツが食い下がった。

「あんねえ、本屋でこういうの見たことないんだよね」

「ああ、なるほど」

「そうか、そりゃいかんな」

 部長らは即座に同意した。編集部員たちそれに同調した。結論は却下だった。スニーカー中年は内心でほっと胸を撫で下ろした。ガウチョパンツはテーブルの下でハンカチを強く握りしめていた。手が白くなるぐらいに。

 我輩は知っていた。営業課長が企画を切り捨てた本当の理由を。営業課長は先月このガウチョパンツに食事をさそって断られていて、その意趣返しだったのだ。まったく器の小さい男である。家では鬼嫁に虐げられているので、可哀想ではあるが立派ななセクハラ犯である。地獄に堕ちればいい。


 結局小洒落たパッチワークの本の第3弾が採用になった。ロングテールでそこそこ売れているので、無難だろうということだった。ここで会議はお開き、というところで総務部の社員が駆け込んできた。

「大変です!」

 リモコンで会議室のテレビをONにした。

 夕方のニュースはある警察署の玄関口を中継していた。斜め上に「速報!AV女優逮捕。覚せい剤所持」と表示されていた。護送車が滑り込むように走ってきて、ジャケットで顔を隠した。テロップにはその女優の芸名が表示されていた。見覚えのある名前だった。


「おい、これって?」

「それです」

「マジかよ!」

「ヤバいっすよね」

 スニーカー中年はケータイを取り出してデザイン事務所に電話をかけた。

「あ、ケンさん? ごめんね。あ、TV見た? そう、そうなんだ。とりあえずストップでよろしく。また連絡するから」

 ケータイを一旦切ってまた他の番号へかけた。

「あ、ヤギです。シバさんいる? あ、うん。はい、そうそう。そうなん。とりあえず進行ストップね。追って連絡します。はい」

 ケータイを切ってポケットに納めた。


「とりあえずこれで止まっています」

「ごくろうさん」

 編集部長がねぎらった。スニーカー中年がどうにかできるのはここまでだ。この先は経営判断になる。


「どうします?」

 スニーカー中年が聞いたが、答えは1つだ。代わりを用意するしかない。編集部長がうなづくのを見て、もう一度電話を取り出し、編集プロダクションの若者にすぐ来るように言った。


 我輩は本である。名前はまだない。企画も決まっていない。


つづく

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