47 卒業


 エリート中のエリートを養成する研究機関、アカデメイアプラトン・ベース


 機関への所属を示す「たてがみ」が揺れ、もじゃヒゲはその全てをさらけ出す。


 その左手に、先刻まで在った丸盾は、今は無い。


 ――


 機動哲学先生モビル・ティーチャーギョンは、いまだ宇宙に浮かんでいた。


 丸盾が投げられ、爆発。そしてデカルトンを巻き込んだのだ。


<自爆とは驚かせてくれる。盾の概念―イデア―に囚われる間抜けが。なぜ、防御用のだと決めつける必要があるか>

 教授は笑った。相手にまさった者の高慢が、その笑みには貼り付いていた。


「オーイ教授」

 コムロが、教授に呼びかける。カントムはア・プリオリライフルを構える。

 

<1対1で、勝てると思っているのか? 思考力の差は、分かっていよう>


「……それは関係ない」

 コムロは静かに答えた。


<そうか。さっさと終らせよう。敵兵を一定数は倒して、軍に戦果を示さねばならないしな>

 ギョンのたてがみと、もじゃヒゲが、ふわりと持ち上がる。ギョンが右手の両刃直刀クシポスを構えて、体を沈めた。


「カントム先生。この敵を、倒します」

『我が生徒搭乗者スチューロット、コムロよ。その行為は自律的か?』

「それが、僕が成すべき事だと思います」

『――なるほど、承知した』


 カントムが、はじめて「なるほど」と表現した。


 そして、始まった。


 ドドオオオオオオオオオオ!

 黒い帯状のモノが、知をまとったムチ  ―無知の知―  のようにしなりながら延び、飛び、カントムを襲う。


 シュルルルルル ―超速飛行―  クイッ!―軌道修正― ドゴオオオオオオオオオ!! ―爆発―爆発―爆発―爆発― 

 軌道を変えるエネルギー弾が超速で飛び、爆ぜる。


 シュドッ! 短スラスター  Z ドッシュウウウウ!   長スラスター    V シュドッ! 短スラスター  ドッドドドドドオオ!   宮沢スラスター   

 そのことごとくを、カントムは、一筆書きで宇宙に絵画を描くかのように翔び、かわしていく。


<ちょこまかと、動きおって!>

 カントムの細かい動きに目が追い付かない、オーイ教授。


 思考に関しては超一流の教授でも、機動哲学先生モビル・ティーチャーの操縦には不慣れ。


 ぶにょっっっっっガッッキョッッッ!

 カンオムの紫色のア・ポステリオリブレードと、ギョンの両刃直刀クシポスとが交錯する。


 2機とも、互いに後ろに弾かれる。


<単機で、私と、互角だと!?>

 オーイ教授は驚いていた。

 これまで、1人として、自らと対等の智者など、存在しなかったから。


「――考える時間を、彼らシュー達が作ってくれたから!」

 デカルトンの特攻は無駄ではなかった。


 繰り返される剣戟けんげき


 ぷにぷにぷにぷにぷに モスモスモスモス!(剣合) 


 距離が離れると、即座に銃撃戦。


 ドドオオオオオオオオオオ! ―ギョンの遠距離攻撃― 


 スササッ! ―回避― 


<貴様程度の頭脳があれば分かるだろう? この世がどれだけ腐っているか。既得権が横行し、バカ共がくだらない利権に群がる。私の研究が完成すれば、そんな奴らを、このニョイニウムで駆逐できる。支配は、バカ共にさせておいてはダメなのだ!>


『哲人王思想』

 機動哲学先生モビル・ティーチャーギョンの、「プラトン・ベース」の部分が反応した言葉。


 ――民主政治がその自浄力を失うと、衆愚政治と化す。しかし、独裁者が善政を敷くとも限らない。


 ――ならば、イデア理想形を知る哲人に権力を与えることで、私心無き統治を行わせようとする、思想。


『哲人王など、本当に存在するのか?』

 機動哲学先生モビル・ティーチャーギョンの、「アリストテレス・ベース」の部分が反応した言葉。


「思い上がるな! 自分が哲人王だとでも言うのか!」

 コムロは、カントムのア・プリオリ・ライフルを斉射。


<現に、私を超えた知性など、見たことが無い!>

 細かい機動に合わせる事を放棄したオーイ教授は、頭から足先への軸を中心に反時計回りにギョンを回転させつつ、右手の両刃直刀クシポスでカントムのライフル弾を叩き落とす。


「無知の無知だよ、それは!」

 カントムが距離を詰め、再び剣戟。


 ――


 あるときは銃弾戦で、


 あるときは剣戟で、


 あるときは肉弾戦金属弾戦で、


 2機の機動哲学先生モビル・ティーチャーは戦う。


 ――


 そして徐々に、「スペックの差」が生じ始めていた。


<私が押されているだと!?>

「出力が弱まってきたぞ! 教授!」


 互角であったはずの戦況。しかし――


<バカな! 単位時間あたりの思考力は、私が圧倒的に上なはずだ!>


 ぷっっにょおおおおおん! ―ライフルの音です― 

 カントムの放つ、ア・ポステリオリ・ライフル弾が、ギョンの肩をかすめる。


「まだわからないのか、教授! 貴方は先刻、機動哲学先生モビル・ティーチャー生徒搭乗者スチューロットであることを否定した!」

<な、なんだと?>


「貴方は言った。『私を生徒と呼ぶな』と。ニョイニウムは、の思考を、エネルギーに変えて戦う!」

<私の思考が、注入されていないというのか!>


機動哲学先生モビル・ティーチャーは、小難しいんだ!」


 オーイ教授は、あわてて計器類をチェックする。

 ニョイニウムに溜め込まれた思考エネルギーの残量は、じわりじわりと減る一方。オーイ教授の哲学思考に応じて増えることはなかった。


「知恵者のおごりが招いた事態だ! 学問は、謙虚な姿勢が肝要だというのに!」


 ぷにゅぷにゅぅん!

 カントムのブレードは、純粋理性を示す青ア・プリオリ・ブレードから、経験すなわち理性の青と感情の赤を示す紫  ―ア・ポステリオリ・ブレード―  へと変化する。そしてそれが、ギョンの左腕をなぎ払う。

 ギョンは、ついに後退。


<なんということだ! ギョン! 動け、動けよ! 生徒を守るのが先生なのだろう!?>


『生徒ではない。そう、貴方が言ったのだ。ミスターオーイ』

 ギョンの、拗ねたような、冷たい返答が、コックピットに響いた。


<あってたまるか! こんなことが!>

 オーイ教授は、ギョンの操縦桿を握り、ガチャガチャと動かす。


 ギョンは操縦には反応した。しかし、エネルギーのチャージは、「生徒ではない」オーイには、もはやできなくなっていた。

 ギョンの動きは、時間につれて緩慢なものとなる。


 ――


「アリストテレスは言った。哲人王思想は独裁制の温床になると。存在しないイデアを追い求めた、それが結果だと。教授、あなたの結果は、これだ」

<終わってたまるか! 家族も何も犠牲にして、私は、全てを研究に捧げて来たんだ! その私が……>

 

 ■■■■■■■■■■■■ ―黒色帯状射撃武器「無知のムチ」― 


 ―迎撃―迎撃―迎撃―迎撃―迎撃―迎撃― ―ア・ポステリオリ・ブレードで― 


「人を犠牲にした結果なんて、意味がないんだよ!」

<家族も犠牲にできずに、業績が残せるか! 学問は甘いもんじゃない!>


「……そうかもしれない! でも僕は、父さんが示してくれた道を行く!」


 シュドドドド ―スラスター前進―  ぷんにょにょにょにょ  ―ライフル斉射―   にゅむむむっ ―ライフル to ブレード変形―  シュドゥゥッ! スラスター  C しゅわあーーー ―ブレード「脱色」―  シュドッ! スラスター  Z シュドドド!  スラスター  




 ――ふううおおおおおおん!




 剣が振られる音がした。


 コムロは、父親から哲学を学んだ。


 経験から、様々な事項を学んだ。


 その思考の練りは、教授に比して足りないかもしれない。


 しかし――

 

 我思う故に我ありコギト・エルゴ・スム


 コムロは、経験をしながら考え続けた。


 そこに存在するのは自我。


 人の尊厳。

 

 人を中心にしたのが、カントの思想。


 コムロは、成すべきことをなす。

 

 定言名法に従って。


 ――


 ――



<な、何に切られた!?>

 驚愕の色を隠せない、オーイ教授。


 ――見えない剣。


 虚空に溶け込む、肉眼では見えない程に、透明で純粋な「自律」。


 ――


 その瞬間。ソクラテス、プラトン、そしてアリストテレスをベースに作られた、オーイ専用機動哲学先生モビル・ティーチャーギョンは、カントムの、透明なブレードによって、真一文字に切り裂かれた。


『ぐ、ぐおおおおおお』

 ギョンの、断末魔の声が響く。


 「やられた」という概念を有しているのは、ギョンのベースとなったヒューマン哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスのうち、誰であったのか、判別は不能だった。



<――やるな。どうだ、うちの研究室に来ないか? 世界最高峰の環境で、多くの事が学べる。弟子にしてやろう>

 横なぎに斬られたギョンの上半身。そこに位置するコックピットに残った、オーイ教授の提案。

 

 ――この状況下で。


 コムロの返事は即答だった。

「断る。僕の先生は、この世界の、みんなだ」


<……ふふふ、私の提案を拒否するか。狭い視野だな。そして、アウフヘーベン止揚の機会も、無い様だ>

 オーイ教授は、微笑した。


 教授の表情がふっと消え、そして、コックピット内の、あるボタンが押された。 


 ギョンの上半身が、光に包まれる。


「な、なにを――」

『知恵で負けるなんて恥をさらすなら、死んだほうがマシなのだよ』


 くしぽすぅぅっ! ―刺しました―  


 ギョンの上半身は、背中のスラスターでじんわりと距離を詰めていた。

 包む光で、そのスラスターをカモフラージュしていたのだ。 

 そして、残った右腕の両刃直刀クシポスを、カントムに甘刺し。カントムを逃げられなくする。


『巻き添えと言う概念』

 カントム先生の、その癒し系低音ヴォイスには、火を起こす為に必要な「酸素」が、エアリーに混じっているようだった。


 そして――


 ギョオオオオオオオオオン! ―大爆発― 


 辺りが、ひときわ大きな爆発光に包まれた。



 ◆



「う、う、う」

 コムロは目を覚ました。


 宇宙を遊泳する、ニョイニウムの塊。

 

 ギョンの上半身の爆発に巻き込まれた、カントム

 

 顔も腕も足も、全て無くなっていた。

 

 ――修復は不能なのが明らか。


 注入済の思考エネルギーによって爆発を凌ぎきり、かろうじて残った、体芯に近い部位。


 その最後の小塊を、ピキキキ、ピキキキというスパークが断続的に走る。音が、カントムの最期を告げていた。


「先生!」

先生ティーチャーの役目は、生徒スチューデントを、守ること』


 剥き出しになったニョイニウムの小塊。その外面が円形の口を開くと、中には、球形の脱出用ポッドがあった。


 コックピットを内包する、脱出用ポッド。 


 ――

 

 コムロは状況を理解していた。

 

「先生! まだ、まだ早いよ!」

 コムロは言った。


『我が生徒搭乗者スチューロット、コムロ・テツ。汝はすばらしい生徒スチューデントであった』

 カントムは答えた。


 脱出用ポッドが、ぐいぃぃぃんと音を立ててアイドリングを始める。


 そして――

 

 ポコッ!

 

 ポッドが勢い良く、宇宙へ向かって自動射出された。


「先生!」

 無線通信の届く範囲の限り、コムロは叫んだ。


 ポッドと、小塊との相互距離は、どんどんと開く。


 ――


 無線通信を介して、癒し系低音ヴォイスが、スピーカーのコーン膜を揺らした。

『コムロ君、卒業、おめでとう』


 それとほぼ同時に――


 先生ティーチャーとしての役目を終えたニョイニウムの小塊が、光の中に、溶けて消えた。

 

 ―続く―

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