40 学者


 リバタニア軍左翼集団に突入したフロンデイア軍別働隊は、敵の指揮系統に混乱を生じせしめた後に、リバタニア軍の後背へと抜けようとしていた。


 味方の脱出行動をサポートしていた、フロンデイア軍所属のカントムとデュイエモン。


 一方、これを倒さんとしていた、リバタニア軍のデカルトンとロックウェル。


 2対2のその戦いに、割って入ろうとする者が居た。


 4機の機動哲学先生モビル・ティーチャーへと、光点が近づいてくる。


「まずい! 敵の増援か?」

 肝が冷えるコムロ。


 現状、2対2でようやく互角の情勢であるのに。


 しかも、先刻飛来してロックウェルの左肩をかすめた、黒い帯状の射撃武器。その出力からすると、近づきつつある新手は、高いスペックを秘めていることが読み取れる。


 ――仲間に命中させている点は謎だが。


 距離が縮まる。


 近づく光点の、形が明らかになる。


 百獣の王ライオンの、たてがみのような、流線形の髪。


 ――機動哲学先生モビル・ティーチャーであるのに。


 右手には両刃直刀クシポスを持ち、左腕に巨大な丸盾アスピスを装備していた。


 ――横槍を入れてきたのに、両刃直刀クシポス。すなわち、ヨコクシポス。

 

 丸盾は、外側に曲面をつくり、平らな縁がつけられていて、膝頭から顎ぐらいまでの大きさ。その丸盾から、もじゃもじゃのヒゲが、ちらりとのぞく。


 シュドオオオオ! スラスター  キュッキュッ! ―制動― 


 そして、百獣の王のたてがみを持つ、灰色の機動哲学先生モビル・ティーチャーは、カントム、デュイエモン、デカルトン、ロックウェルの4機の近くで停止した。


「古代ギリシャ風の出で立ちだなあ……」

 この敵によって、おそらくは窮地を救われた青年、ヌレギヌが、機動哲学先生モビル・ティーチャーデュイエモンの中で、お調子者のような口調で感想を漏らす。


「たてがみ……あれは……アカデメイアの奴だ」

 デカルトンのコックピットの中で、シューは舌打ちした。 


 たてがみを持つ灰色の機動哲学先生モビル・ティーチャーは、通信を送ってきた。


<君らの戦いを、邪魔をするつもりはない>


「今、撃ったじゃないか! 味方に当たったんだぞ!」

 シューは憤った。 


<データが取れる前に、勝負が着いてしまっては、意味がないだろう?>


「データ?」

 困惑するコムロ。


<観測のため、戦場を駆け回っている最中なのだ。君らは、ニョイニウムから高スペックを引き出しているのが見て取れて、興味深い。是非とも、良い実験データを生み出してくれ>


「実験……ですって!?」

 プティは仰天びっくりした。耳はでっかくならない。


「プティ。こいつは加勢に来たんじゃない。……フィールドワークに来たんだ」

 何か知っている風のシューが、プティに言う。


 ――フィールドワークとは、ある調査対象について学術研究をする際に、そのテーマに即した場所―現地―を実際に訪れ、その対象を直接観察するなど、学術的に客観的な成果を挙げるための調査技法である。


<なかなか分かっているな。『ニョイニウムと、人間の思考との関係性と、その可能性』 それが私、オーイの研究テーマだ>


「オーイ……教授……?」

 そう漏らす、プティ。


 オーイ・オチャノミルク博士。


 それは、リバタニアの学者の名前だった。 

 リバタニアの、エリート中のエリートを養成する機関「アカデメイア」の壮年教授。


 口角は上がっているのに、眼鏡の奥の眼が糸目状に垂れ下がっているのに、感情が笑っていない事が、人間には直感で分かる。


 笑った顔をしながら生徒に落第を告げる、「オーイの微笑」で有名な、あの教授。


 しかしオーイ教授は、哲学を専攻してはいなかったはずだ。


「何故、教授が機動哲学先生モビル・ティーチャーに乗っているんですか!?」

 プティのそれは、自然な疑問だった。


 ――


 ――


<私が所属する研究機関アカデメイアへの、軍からの費用助成に対する、義務だ>

 オーイ教授は答えた。


「……え? どういうことですか!?」

 驚く黒髪のプティは、人生経験の青さを露呈していた。


「研究には、金が必要だからさ」

 デカルトンのコックピットの中で、シュー・トミトクルが冷静に言う。


 シューの父は、徴兵を拒む為の費用を捻出できなかった。

 シューの妹は、高額治療を受けることができなかった。


 この場において、金の力を身に沁みて理解していたのは、シューであった。


「……やだねぇ」

 ただ一言の、ヌレギヌ。

 子供を育てるのにも、金が必要なのだ。


「軍って、そういうものなんだ。くやしいけれど……」

 コムロが言う。

 彼の父、ホシニ・テツは学者であったが、軍属となって死んだ。


<――わかってくれて嬉しいよ。どの研究機関も、助成は減らされる一方。知に一生を捧げてきた沢山の教授への、突然の首切り宣告。『学は実利に直結しない』とか言われてね。そんな中で、望む研究を続けるってのは、こういうことなわけだ>


 オーイ教授は、やや自嘲めいた、饒舌な語り口になった。口の回転スピードが、思考スピードに直結しているのが、コムロ達にも分かった。


 そして教授は、リバタニアでは有名な、あの微笑 ―オーイの微笑― を閃かせた。


<まぁいい。さて、殺し合ってもらるかな? 貴重なデータを得る、サンプルとして>


 ―続く―

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