39 指揮


 フィーーーヨン! フィーーーヨン! 


 警報が、戦艦ハコビ=タクナイの中を響き渡る。


 弾幕を逃れたミサイルが数発着弾し、艦内がドウドウと揺れる。


「キャッ!」

 揺れに対応できずに倒れ込む、通信士役の少女、モラウ・ボウ。


 艦長用の指揮シートに捉まり転倒を免れた、副官のビヨンド・ダ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーン。


 戦艦の外では、近距離で目まぐるしく交錯する、敵味方の機動哲学先生モビル・ティーチャー


 敵機動哲学先生モビル・ティーチャーの排除は味方機動哲学先生モビル・ティーチャーにまかせ、敵の集中するポイントに砲火。


「もう少し! ギリギリまで耐えて、攻撃するんだ!」

 艦長キモイキモイのげきが飛ぶ。


 戦艦ハコビ=タクナイは、フロンデイア軍本隊の中に居た。


 苛烈な戦闘の相手方は、リバタニア軍


 リバタニア軍左翼集団は、数こそ残っていたものの、その機能を既に失っていた。


 兵力およそ1対3で始まった、この戦いの最終局面。


 数的劣勢であったフロンデイア軍が、各個撃破戦法を成功させ、敵本隊との一騎討ちまで戦況を進める事ができたのには、敵のが関係していた。


 ◆


 数時間前――


 フロンデイア軍は、リバタニア軍左翼集団の混乱に乗じて、これを各個撃破せんと攻勢に転じ、前進を開始した。


 しかし、その鼻面を叩いたのは、リバタニア軍本隊の、9時〜10時方向からの集中砲火だった。


 リバタニア軍本隊は、当初の「層の厚い横陣」を、薄く延ばして斜線陣とし、フロンデイア軍の左側面から、ピンポイント攻撃をかけたのだ。


 ここに至り、フロンデイア軍総司令、サノ=ケンザブロウは、3つの選択肢を突きつけられた。


――前進策、転進策、そして、後退策の3つである。


 一つは、フロンデイア軍別働隊の突撃によって混乱を生じた「リバタニア軍左翼集団」へと直進し、突撃する、前進策。

 弱った敵箇所を攻撃できるメリットがあるが、左側面に陣取るリバタニア軍本隊からの砲撃に、自軍戦力を大幅に削られる恐れが高い。


 もう一つは、左へと転進してリバタニア軍本隊と対峙し、薄く延びた斜線陣を突破する、転進策。

 リバタニア軍左翼集団に右側面を晒すことになるが、味方別働隊の功績により、その砲撃は目下、緩慢だ。

 ただし、途中でリバタニア軍左翼集団が、行動の秩序を回復した場合は、本隊とこれとの挟撃の餌食となる恐れもあり、迅速に作戦を完遂しなければならない。

 敵を挟んで反対側に居る、フロンデイア別働隊とも、別個独立で動く形となる。


 最後の一つは、包囲戦を不利とみて後退し、防御に徹する後退策。

 戦略レベルで言えば、フロンデイア軍は「守りきれば勝ち」であり、この策に合理性はある。

 しかしながら後退策は、カントム達「フロンデイア軍別働隊」を戦場に置き去りにすることと、同義であった。


「どうなさいますか?」

「……」

 副官からの問いに、サノ総司令は悩んだ。


 サノは顎に手を当てて、思索を進める。

 その時、サノの目に入ったのは、旗艦にたなびく「夢見草 ―さくら― 」の旗だった。


「咲く花も、散る花も美しい」


 フロンデイア精神スピリッツを、言語化したもの。

 そもそも、危機を恐れずに辺境へと旅立ち、新天地を開拓してきたのが、我々フロンデイアであった。


 恒星の爆発など、ものともせずに進んできた我ら。


「……旗の精神に従い、恐れずに戦おう」

 サノ総司令は、1つ目の決断をした。すなわち、後退策を却下。


 残りは、まっすぐ進むか、転進するかの二択。


「……別働隊の、仕事を、信じよう」

 サノ総司令は、そう決めた。


 おそらく今頃、敵を撹乱してくれたフロンデイア軍別働隊は、敵軍左翼集団の中を抜け、後背へと出ているだろう。

 その後の行動は、状況に応じて何パターンか、事前に協議はしてある。敵の動き次第ではあるが。


 別働隊と、挟撃できれば――


 決断は下された。


「全艦隊、最大戦速で前進! 敵の砲火にひるむな! 犠牲を最小限にしつつ、敵軍左翼に貼り付いて、ひねりつぶせ!」


 ◆


 ――


「閣下。我が軍左翼集団と、フロンデイア軍本隊とは、混戦状態にあります」

 偉丈夫の副官の報告。


 フロンデイア軍は、リバタニア軍本隊の集中砲火作戦に多大な犠牲を払いつつ猛進し、ついにリバタニア軍左翼集団にとりついたのだ。既に、長距離砲撃戦から、近距離での機動哲学先生モビル・ティーチャー戦へと移行しており、カントム達に陣の内部をかき回されて混乱中のリバタニア軍左翼集団は、劣勢に追い込まれていた。


「援護射撃は?」

 アマリ・ゾンタークが、その巨躯をシートに固定したまま聞いた。


「敵味方が入り乱れております」

 傍らの、偉丈夫の副官は、状況を簡潔に回答した。


「そうか……では、砲撃せよ」

「か、閣下!? それでは、同士討ちとなってしまいます!」

 副官の声が大きくなる。


「このまま事態が推移すれば、指揮系統が乱れたままの左翼集団は、為す術なく全滅するだろう。ならば、犠牲が出ても、敵を確実に仕留めた方が効率が良い。なにせ、敵は我が軍左翼集団と混戦中だ。足が止まったまま、逃げられないんだからな」

 冷静に思考し、アマリ・ゾンタークは副官に返した。


「それは……あまりに……」

 偉丈夫の副官の声はか細く、言葉に詰まっていた。


「1死1殺でも勝てるメリットが、大軍の意義だろう? そして、我が軍は戦略的には、この戦いで完勝しなければならないのだ。甘いことを言っている場合ではない」


「しかし……味方が納得しますかどうか……」

「上官の指示は絶対だ。それがリバタニア軍。勝つ事が最優先に決まっているだろうが。さぁ、早く命令を伝えろ」


「……了解……しました」

 副官は抗し切れなかった。指示を伝えるべく、通信士へのもとへと向かう。


 ――


「おい、何をモタモタしている? 走れ」

 ゾンタークのその言葉は、「副官のそれは牛歩戦術だ」とでも言わんばかりだった。


 ◆


「なんだって!!」

 指示を拝受した、リバタニア軍本隊所属の紅い戦艦「ヤンデレン」では、指揮官のサン・キューイチが憤慨していた。


「味方もろとも、撃つだと!? そんな事が、許されると思っているのか!」

 あまりの事に、サンは指揮シートから立ち上がり、右手の乳酸菌飲料の入ったコップを、思いっきり投げつけた。


 飛び散る、乳酸菌飲料。


 いつもはあわてない一休み 一休みサン・キューイチも、今回の命令には従えない。


 戦艦「ヤンデレン」が総司令部から受けた指令文は、

「友軍左翼集団と交戦中の敵軍を、直ちに撃滅せよ」

 であった。


 ――軍公式の通信で、「味方もろとも」という表現は、流石に使えなかったと見える。


 なにか、良い方法とんちはないか……


 サンは、指揮シートに座り直してあぐらを組み、両眼を閉じて考え始めた。


 右手を握り、左手を開いてその右手を包み、頭を左右に、メトロノームのようにゆっくり振っている。


 ……


 シュンッ


 ……


 シュンッ


 ……


 シュンッ


 ……


 ビクビクッ! ―痙攣― 


「これだ!」

 サンは突然、全身を痙攣させ、その両眼を開いた。


 それに驚く、戦艦ヤンデレンの新米乗組員クルー達。


 古参の乗組員クルーは、慣れているのだろう。何事もなく、艦の運営を続けていた。


 サン・キューイチは通信士に直接、大声で指示を告げた。


「こう返答しろ! いいか? 味方全体にも伝わるでだ。『ご指示に従い、撃ちますので、屏風から虎を出して頂きたく』と」


 ◆


 本隊所属の、とある戦艦からの返答を、全艦隊同報通信で受けた総司令官アマリ・ゾンタークは、苛立った。

「私の命令を無視して、どうなるかわかっているのか!?」


 傍らにいる、偉丈夫の副官は言った。

「まことにおそれながら、無視はされておりません。敵を撃つ旨の、先刻の指令に、恭順の意が示されております。ただし、敵が友軍左翼から分離された後で」


「私の指示の真意が、理解出来ないとでもいうのか? 低脳めが」

 アマリ・ゾンタークは握りこぶしで机をドン! と叩いた。


流石さすがに、全艦隊同報通信で、『左翼を見殺しにしろ』と明示するわけにはまいりません。総司令、いかがいたしましょうか?」

 偉丈夫の副官は、いつもより体を小さく内側に縮め、表情を消して尋ねた。


「そんなものは、現場で何とかするものだ。黙って指示に従えと、伝えろ」

 話は終わり、とでも言いたげにゾンターク右手を内側から外側へ払った。


「……承知致しました。『各自、状況に応じて善処しつつ、敵本隊を砲撃せよ』と回答します」

 副官のその確認には保身の色が見られたが、一方的に指示を出す事に慣れてしまったゾンタークは、その色に気づけなかった。


 ――部下を「観る」事を怠ったのだ。


 ◆


 リバタニア軍総司令部による指示は、徹底しなかった。


 「状況に応じて」という時点で、各艦の裁量に委ねられる。


・「砲撃せよ」に従い、砲撃を開始する戦艦。

・「まだ砲撃するタイミングではない」として、沈黙を守る戦艦。

・状況を変えるべく、保有機動哲学先生モビル・ティーチャーを進発させる戦艦。


 対応はバラバラになった。


 ――組織だった行動が取れない艦隊運用に、力は発揮されない。


 そんな醜悪なコミュニケーションエラーが発生している間に、フロンデイア軍本隊は、混乱中のリバタニア軍左翼集団を次々と撃滅、降伏させて行った。その勢いを駆り、フロンデイア軍本隊は左へと転進し、遂に、リバタニア軍本隊とぶつかる。


 リバタニア軍旗艦「金土日アンリミテッド」の総司令官、アマリ・ゾンタークは、人心の把握を誤った。


 その結果、生じるのは、兵力の離反、サボタージュ。


 いわゆる「読み違い」から生じた混乱の結果、リバタニア軍は、フロンデイア軍本隊に、砲火を浴びせ放題 ―金土日 Fire Unlimited― にすることはできなかった。


 ◆


 本隊同士の決戦。


「キモイキモイ艦長、残弾ほとんどありません!」

「艦長! 損傷率も、危険域に入りました!」


「よし、出来ることは全てやった! 戦艦ハコビ=タクナイ、後退して補給部隊と合流! 補給後に、機を見て再出撃があり得るから、各自準備を!」

「ハッ!」


 戦艦ハコビ=タクナイの後退によって空いたスペースに、入ってきたのは、敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーだった。


 ン”ーッ! ―複合概念―  ン”ーッ! ―神への懐疑― 


 友軍による迎撃をかいくぐった敵機動哲学先生モビル・ティーチャーヒュームリオンが、ボール状の球 ―頭痛が痛い― 発射した―パッとサイデリア―=● =● ―懐疑ボール― 


 機関部に被弾。推力が下がる。


 ハコビ=タクナイの、なけなしの残弾を使った砲撃と、友軍機動哲学先生モビル・ティーチャーによる攻撃との十字砲火にさらされ、爆発四散する、その敵機ヒュームリオン


 ズッチャチャズッチャチャズッチャチャー♪


 通信士のモラウが握るニョイ・ボウは、モラウの恐れの心を感知し、これを和らげようとするかのように音を発した。


 その音に気づいた艦長キモイキモイがブリッジを見やると、恐怖と緊張で、みな一様に堅くなっている乗組員クルーばかりが目立った。


「……総員! ――深呼吸だ。すーーーーはーーーー すーーーーはーーーー」

 艦長キモイキモイは、乗組員クルーの様子を把握していた。


 今みんなに必要なのは、少しでも、落ち着く事。――無理な相談ではあるが――


 そしてキモイキモイは、乗組員クルーの命を未来につなぐ指示を出した。

「後退を続ける。必ず生きて帰るぞ! 攻撃は放棄。残弾は全て、自衛の為に使え! なるべく、効率的にだ!」


 戦艦ハコビ=タクナイはその名に反し、苛烈な戦闘宙域の中、生命を運び続けた ―ハコブネ― 


 ―続く―

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