36 終末の獣

 ポーニョポーニョニョニョニョ! ―ライフルの音です― 


 カントムは、ア・プリオリ・ライフルを発砲した。


 敵の2機のうち、白い機動哲学先生モビル・ティーチャーへと照準を定めて。


 距離を詰められる前に、2機の敵のうち、一方だけでも撃破できれば、戦況がぐっと楽になる。


 しかし――


「前方から飛び来る物体を、迎撃願います!」

『ふむ。前方』


 ボッシュ! ボシュ!


 ブニョワアアアアアアアン! ―爆発、爆発― 

 

 プティの迅速な対話に応じた機動哲学先生モビル・ティーチャーロックウェルが、探求針を発射。


 ロックウェルの「かつて白紙紙」には、「前方」という概念が既に書き込まれており、それはプティが持つ概念と一致していたのだ。


 宇宙空間で、互いの射撃武器が鉢合わせとなり、その中間付近で爆発。


「せんぱい、やりました!」

「まだだプティ! すぐ次が来るぞ!」

 これまでの経験に基づく、シューのプティへの警告。


 爆発の白煙が収まったそこに、カントムの姿はない。

 

(爆煙を囮にして、跳んだな?)

 プティよりも速く、状況を把握したシューは辺りを素早く索敵――


「上だ!」

「えっ!」


 驚いたプティは、即座に回避行動に移行した。


 シュワン! ―ライフル弾―  シュワン! ―ライフル弾― 


 先刻までロックウェルが遊弋していた地点を、カントムが放ったライフルの2射目が通過する。


 命の危険を初めて感じたプティは、瞬間的に訪れた強い緊張から弛緩し、ふぅ、と一息ついた。


「ぼうっとするな! プティ!」

 通信機越しに、シューの鋭い叱責が飛ぶ。


「は、はい!」

 プティがモニターを確認し直すと、傍らにいたはずのデカルトンが、元の場所から既に大きく移動していた。


 ――敵の直近へと。


「……はやい!」

 感嘆の声を漏らすプティであったが、それは、デカルトンの機動スピードのことではなかった。


 先輩生徒搭乗者スチューロット、シュー・トミトクルの、状況判断と次の行動の速さ。


 シュー・トミトクルは、18歳になろうとする頃に軍に入隊し、幾多の戦場を潜ってきた。その経験に裏打ちされた、機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンによる、素早い反応。


 シューが操るデカルトンは、ワレモノ・ライフルを斉射しつつ、カントムに肉薄。接近に応じてライフルをブレード状へと変形。敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーに挑む。

  

 しかしカントムは、それをア・プリオリ・ブレードで「やわらかく」受け止め、後方へと受け流す。そのまま――


 ドムム! ―足蹴― 


 カントムの左足が、デカルトンの右半身にヒット。、デカルトン。


「うおっ!」

 シューの背筋には悪寒。


 カントムはそのまま、ア・プリオリ・ブレードの「柄」で打撃。


 ドウン!


「ぐうっ!」

 シートベルトに守られつつも、細かいバウンドに揺さぶられる、コックピットのシュー。


 ダメージを食いつつ、デカルトンが距離を取ろうとスラスターに火を灯すが、それより速く、カントムの武器が、ブレードからライフルへと素早く切り替わる。


 ポーニョ・・・ア・プリオリ…

 

 ボッシュ ―探求針で― ボッシュウウ! ―好機没収― 


 別角度からの、ロックウェルの援護射撃。その射線上に、味方のデカルトンは居なかった。


「くっ!」

 ライフルを引っ込め、回避行動に移るコムロとカントム。 


 その間に、デカルトンは態勢を立て直した。プティとシューが互いに球面をなぞるように移動し、合流する。

 

「せんぱい!」

「気をつけろプティ。強いぞ、敵は!」


 後輩生徒搭乗者スチューロットにアラームを投げるシュー。


 戦いの中で敵の思考、運用方法をも吸収してきたコムロとカントム。その機動は、以前戦った時とは比べ物にならないほど変化に富み、そして速くなっていた。


 デカルトン単機でなんとかなる相手とは、シューにはとても思えなかった。

 

「畜生……才能だとでも言うのか」

 思わず毒つくシュー。


『生得観念は、否定されるべきである』

 白い機体の機動哲学先生モビル・ティーチャーロックウェルが説く。


「経験主義ですね! 先生!」

 プティの反応は素直だ。


『その通りだ、我が生徒搭乗者スチューロット、プティよ』

 ロックウェルが答える。


「プティ。この敵には単機では勝てない。俺がサポートするから、君が攻撃に回ってくれ」

「えっ! 私がですか?」

 シューの意外な提案に、プティは驚き、くりっとした目を、ひときわ大きくさせた。


「そうだ。できるな?」

「えっと、はい。やります! せんぱい!」


(現状、短時間でスペックの伸びが期待できるのは、俺ではなく、プティだ)

 シューは我を通さず、状況を素直に認めた。


 ――かつてのヒューマン哲学者、ホッブスは、社会契約説を唱えた。


 「身勝手な人間。人間は自然状態では殺し合う。だから人間たちは、その殺し合いに終止符をうち、互いに共存するために『架空の支配者』を作り出し、国家という仕組みを作り上げたのである」と。


 神が支配者を作ったのではない。人間が、殺し合いをやめるために、支配者を作ったのだ。


 人間では到底太刀打ちできない、終末の獣 ―絶対の支配者― を。


 ――その心臓は石のように堅く、うすのように堅い


 ――それは鉄を見ることわらのように、青銅を見ること朽木のようである


 ――地の上には、それと並ぶものはなく、恐れを知らぬ者として造られた


 ――それは、すべての高き者を見下ろし、すべての誇り高ぶる者の王である


 ――終末の獣 その名は『リヴァイアサン』


 プティが本当にその名に値するかは、まだ分からない。


 しかし、この黒髪の後輩は、剣のようにまっすぐな心と、子供のように純粋な好奇心と、スポンジのように優れた吸収力とを有している。


 その「力」に、シューは期待したのだ。


 デカルトンのコックピットの中。強大な敵 ―カントム― と対峙しながら、シューはプティに告げた。


「大丈夫だ。俺が、君を守るから」


 ―続く―

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