35 邂逅

「――我らの出番だぞ、プティ」

 機動哲学先生デカルトンのコックピットに、生徒搭乗者スチューロットスーツに身を包んだ青年が居た。強いその眼光。


 後輩に声をかけるその声には、緊張が滲んでいた。単機での自由遊撃ではなく、戦況の鍵を握るポイントへの、組織だった投入だからだ。


 しかも今回は、後輩生徒搭乗者スチューロットとの、実戦での連係も必要になる。


 ――機動哲学先生モビル・ティーチャーとの対話だけでも、骨であるにも関わらず。


「頑張りましょう、せんぱい!」

 通信機越しに返ってくる、明るい声。

 機動哲学先生モビル・ティーチャーロックウェルに搭乗したプティの頬は上気しているだろう。そうシューには思われた。


 シュー達は、リバタニア軍左翼集団の後背に移動し、敵が内側から這い出して来ると予想されるポイントで、待ち構える。


 リバタニア軍左翼集団は、残存する主力機動哲学先生モビル・ティーチャーを、敵に正面からはぶつけなかった。


 フロンデイア軍別働隊の中には、あの「死神」と称された友軍機動哲学先生モビル・ティーチャー、ニーチェッチェをも打ち破る機動哲学先生モビル・ティーチャーがおり、正面から当たっても撃破され、戦力を無駄に消耗する可能性が高い。


 従って、正面から戦力をぶつけるよりも、側方あるいは後方から主力機動哲学先生モビル・ティーチャーを添えるようにあてがい、敵の進路を誘導し外へと排出した方が良いと、判断されたのだ。


 ――


 リバタニア軍左翼集団が故意に開いた空間。敵を誘導するためのチューブ。


 そのチューブ状空間を通って、フロンデイア軍別働隊の集団が現れた。


「――まだだぞ、プティ。敵が、完全に外に出るまで待つんだ」

「はい。せんぱい!」


 フロンデイア別働隊は、右方向に弧を描きながら、最大戦速で戦場外へと抜けようとする。


 ――


「今だ! いくぞプティ!」

「了解です!」


 ドドドドドドドドドド ―スラスターだらけ― 


 青年が駆るデカルトン ―コギト・エル・スム― のすぐ後方に、黒髪の少女が乗るロックウェル ―イギリス経験論― が続く。

 その周囲にも、主力級の機動哲学先生モビル・ティーチャーが見られる。


 小難しい先生達が集まる梁山泊状態。


 リバタニア軍左翼集団は、故意に開いていたチューブ状の穴を閉じる。


 それと連動するように、別働隊の右側面を着いて、リバタニア軍本体所属の、主力機動哲学先生モビル・ティーチャー隊が襲いかかる。


 にょにょにょにょにょ!  ―遠距離攻撃―  

 

 ボカーーーーン!  ―ベタな爆発音―  

 

 ダッシュウッタン! ―脱臭炭(スラスター後軌道変更)― 


 ポニュウッ! ―剣合―  ポニュウッ! ―剣合― 

 

 グヘヘヘヘヘヘへ ギリギリギリギリ(鍔迫り合い) 


 這い出たフロンデイア別働隊うち、幾機かが爆散し、絶対零度+3度の宇宙空間に、光の花が咲いて、そして散る。 

 

 ドッシュオオオオオ! スラスター 


 ドッシリイイイイイ! スラスター 

  

 その爆発光をかいくぐるように、シューとプティが操る2体の機動哲学先生モビル・ティーチャーが突入。敵の「基点」となる機動哲学先生モビル・ティーチャーを探して移動していた。


 2人の息は合っているのだろう。デカルトンとロックウェルは、議論で揉めることも、拗ねることも、思考モードに陥ることもなく、鮮やかに虚空を翔けまわっていた。


「プティ! 2時の方向!」

「はい!」


 ロックウェルが右腕を延ばし手首を曲げると発射機構が現れ、そこから、白い「探求針」が打ち出される。


 シューーーー


 ボシュッ!


 ボシュッボシュッ!


 一直線に矢のように飛ぶそれは、ロックウェルの右前方に現れたフロンデイア軍の機動哲学先生モビル・ティーチャーにザクザクと刺さり――そして、爆発。


「やるな、プティ!」

「せんぱいの、教育の賜物です!」 


 シューは、黒髪の後輩生徒搭乗者スチューロットの成長スピードに舌を巻いていた。


 プティが駆る、「タブラ=ラサ ―白紙の紙― 」ことロックウェルは、百選練磨のデカルトンの機動に匹敵する動きを見せていた。


 思考モード明けのデカルトンは、より理解力、吸収率が上がっているはずなのに。

 

 爆煙の向こう、さらに奥から、もう1体の敵 ―フロンデイア機― が接近する。


 イマニエル=カントの面影を殆ど残さない程変形したニョイニウムの塊。機動哲学先生モビル・ティーチャー、カントム。


「プティ! おそらく、例の奴だ!」

 シューの心臓が早鐘を打つ。ついに見つけた!


「待ち伏せかっ」

 驚いたコムロは、カントムの進路を更に右に変更。前方の待ち伏せ部隊を無視して突っ切ろうとする。


「行かせるかっ!」

 カントムに合わせて、シューもまた、デカルトンの機動を変更。前方に立ちふさがる。


 プティが乗るロックウェルは、タイミングが1拍遅れたが、デカルトンの動きをサポート。カントムの更なる転進コースを塞ぎつつある。


「ちいっ!」

 カントムのさらに後ろには、フロンデイア軍別働隊の、生き残りの機動哲学先生モビル・ティーチャーが続く。


 逃げ切れないと判断したコムロは、立ちふさがる2体の敵機動哲学先生モビル・ティーチャーとの戦闘、撃破を選択。


 しかし――


 ドッッシュ―――!  スラスター   ギュオオオ! ―制動― 


 ドッッシュ―――!  スラスター   ギュオオオ! ―制動― 


 カントムの後から続いた量産機動哲学先生モビル・ティーチャーギムが2体、カントムに加勢しようと ―義務的に?― し――


「ばか! 逃げろ!」

 コムロの通信は間に合わない。


 ワレワレハ――! ―ワレモノ・ライフル― 


 ボシュッボシュッ!  ―白い探求針―  


 ドゴゴゴゴゴオオオ!


 デカルトンとロックウェルが放つ攻撃が胸部に直撃し、爆発四散する2体のギム。


「言わんこっちゃない!」

 ギムを即座に葬り去った、眼前の2体の機動哲学先生モビル・ティーチャーは、非常にマズイ相手だと、コムロは直感した。


 やや後方の白い機体の形には、コムロには見覚えが無い。

 しかし、もう一方は、モラウが出撃した時の――あいつかもしれない。


「味方を逃がす……! 少しでも多く!」

 コムロはフットペダルを緩めた。カントムはライフルを構え直して2体の敵に対峙し、自らの機動を、「直線移動用」から「幻惑戦闘用」へと切り替えた。

 

 ◆


「倒しましょう! せんぱいと、私で!」

「ああ! プティ」

 後輩と共に、カントムを受けて立つ、シュー・トミトクル。


 この一戦が、全体の戦況への影響も大きい事を、シューは理解していた。

 

 体の震えは、寒さから来たものではなく、武者震い。


 シューは自分の心 ―我思う― の奥に、力の火が灯るビジョンを、イメージした。


「絶望を、くれてやる――今度こそ!」


 ―続く―

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