34 派兵

 戦闘開始前の「フロンデイア軍不利」の下馬評は、大きく覆されつつあった。


 緒戦において、リバタニア軍右翼集団を各個撃破により破ったフロンデイア軍は、残存するリバタニア軍本体および左翼集団の、「2倍以上の兵力」による攻撃を受けつつ、耐えしのいだ。

 

 その間に、カントム達を中心としたフロンデイア別働隊による、「伏兵の策」が機能。

 

 敵に比して少数ではあったが、鋭い槍がリバタニア軍左翼集団へと突き刺さり、その内部を混乱に陥れていた。

 

 防波堤となるべき、リバタニア軍左翼集団所属の漆黒の機動哲学先生モビル・ティーチャーニーチェッチェが、カントムに敗北した事により、「フロンデイア別働隊の槍」は再び、敵中における行動の自由を確保。内部から敵を更に突き崩しつつ、そのまま時計回りに弧を描いて前進し、リバタニア軍の中央部、その後背へと、突き抜けようとしていた。


 これに機を合わせ、フロンデイア軍「本体」もまた、攻勢を開始。

 

 フロンデイア軍本体は、砲撃をリバタニア軍左翼集団に集中し、敵の左半身を切り崩しにかかった。

 

 友軍である「フロンデイア別働隊」が敵の渦中から抜け出るタイミングを見計らって、フロンデイア軍本体はいよいよ、「同士討ちのおそれのない総攻撃」に移るフェーズに移行していた。



 ―― 



 しかし、その前進の鼻先に対し、突如、苛烈な集中砲撃が加えられた。

 

 左前方、9~10時方向からのもの。

 

 フロンデイア軍本体の、先頭集団に属する一部の艦艇は、その直撃をくらいあえなく爆散。その爆発はマイナス290度の宇宙空間を暖めない。


 通信回線を、悲鳴と、情報確認の誰何すいかが飛び交い、飽和する。

 

 フロンデイア軍本体は、攻勢に転ずる足を、一時的に止められる格好となった。 


 ◆


 一方のリバタニア軍は、依然として数の優位を保ちつつ、実情は戦術的劣勢の一途を辿っていた。


 その基点となるのは、今まさに左翼集団を内部から食い破ろうとしている、フロンデイア別働隊所属の機動哲学先生モビル・ティーチャーの存在。


 リバタニア軍総司令官アマリ・ゾンタークは、その存在を認識し、行動指針を変更。


「左翼に巣食う獅子身中の虫に対処するのが最優先である」

 これを是として、戦線の再構築を図った。


 フロンデイア軍本体が、この機を狙って攻勢に転ずる可能性は、総司令官ゾンタークには、充分に予測できた。


 このまま推移すれば、行動秩序の回復していない左翼集団もまた敵の餌食となり、戦略上の優位は消滅するであろう。

 

 その「最悪の事態」を避ける為、リバタニア軍は、敵軍フロンデイア本体の足止めを必要としていたのだ。

 

 リバタニアは、全軍による後退は目下できない。左翼集団に対し、が打ち込まれているからだ。

 

 |本体のみの後退を行っても、左翼集団が現宙域に取り残され、各個撃破の憂き目にあうのは必定。


 ……で、あるならば。

 

 リバタニアの本体――現在は、右翼ともなっているが――は、斜線陣へと陣形を変更しつつ、ゆるやかな反時計回りに艦艇を運用して、右側の翼を外側前方へと延ばし、「攻勢に転じつつあるフロンデイア軍本体」の左斜め前方の位置を確保した。


 斜線陣への移行により、従前の横形陣の層を薄くするのは、フロンデイアによる中央突破のリスクを上げるものではある。


 しかし、仮にフロンデイア軍本体が、照準をリバタニア軍「本体」へと向けた場合、リバタニア軍本体は陣を凹形陣へとさらに変形させてこれを受け止めつつ、半包囲すれば良い。

 この場合、フロンデイア軍による、リバタニア軍左翼集団への攻撃は避けられるから、後は、ゾンタークが先刻送り出した機動哲学先生モビル・ティーチャー部隊が「やっかいな敵」の排除するのを待てば良いのだ。


 ――存在を認識すれば、対応も可能である。


 総司令官ゾンタークは、与えられた戦況に応じて、合理的と思われる指揮を行っていた。


 そしてリバタニア軍本体は、フロンデイア軍本体の、想定される進撃ルートの前方に向けて照準を固定。

 

 まるで虫眼鏡で太陽の光を集めるように、フロンデイア軍本体の、突出する前衛部隊 ―鼻面― に砲火を集中したのだ。

 

 その結果、フロンデイア軍本体の進撃速度は一時的に低下。

 

 「獅子身中の虫」に対処する、貴重な時間を稼ぎ出すことに成功した。

 

 そして、総司令官ゾンタークは既に、自軍の中でも「最強」と名高い機動哲学先生モビル・ティーチャー部隊を、フロンデイア軍別働隊の「脱出ポイント」に向けて、送り出していた。


 ―続く―

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