32 裁量

 カントムとニーチェッチェの格付けは、カントムに軍配が上がった。


 ニーチェッチェは、自陣であるリバタニア軍左翼集団から発進して、その場で戦闘をスタートしていた。

 リバタニア軍左翼集団は、カントム達を、一般機動哲学先生モビル・ティーチャーで包囲しており、その助けも借りていた。


 これに対しカントムは、戦艦ハコビ=タクナイからの発進以降、敵側方の小惑星における潜伏を経て、リバタニア軍左翼集団へと後方から突撃している。周囲は敵だらけだ。


 これだけの兵站条件の差にもかかわらず、言わば「エネルギー消耗競争」に突入した両者のうち、ニーチェッチェが先にエネルギー切れに陥った事態が、その優劣を、明確に示しているだろう。


 力を求めた「銀髪の貴公子」ギンボスは、残念ながら、超人にはなれなかった。


 そして、フロンデイア別働隊の一員としていまだ敵中にある、「思考する余裕」を取り戻したカントムが、通常レベルの機動哲学先生モビル・ティーチャーに対して遅れをとる事態は、考えにくいものであった。


 ◆


「敵軍の左翼が、混乱状態にあるようです」

 戦艦ハコビ=タクナイのブリッジで、通信士のモラウ・ボウが報告する。


「コムロ達、うまくやってくれたな。――無事だといいが」

 指揮シートに着席した艦長、キモイキモイは、安堵のため息をついた後、敵中で戦う少年をおもんばかった。


「きっと、大丈夫よ。コムロはいつも、小難しいもの」

 モラウ・ボウは、そう言って自らを鼓舞した。


 惑星サンドシーで、幼馴染のコムロ少年と過ごした経験が、少女の言葉の根拠になっていた。


 ――


 ――


 カントムが、「別働隊」として発進していく直前のこと。


 少女モラウ・ボウは、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)でエネルギー蓄積作業をする幼馴染を、邪魔しなかった。


 脳への唯一のエネルギーは糖分。


 エネルギー源に相当するスイーツを、コムロに手渡し、ただ、その作業を見守った。


 その節度が、カントムをして、敵軍中のニーチェッチェを凌駕し得る瞬間を、紙一重で導いたとも考えられる。


 いずれにせよ、リバタニア軍左翼集団の混乱は、フロンデイアにとって「乗じるべきチャンス」以外の何物でもない。


「ハコビ=タクナイ、友軍と共に前進! 攻勢に転ずる! 目標、敵軍左翼集団!」

 フロンデイア軍本体にある戦艦ハコビ=タクナイの艦長、キモイキモイの鋭い指示が、艦内スピーカーを通じて全乗組員クルーに伝達された。


 これまで、ゆるやかに後退しながら守勢を保っていたフロンデイア全軍は、敵軍左翼へ向けて、攻撃を集中し始めた。


 ◆


「まずい展開です」

 偉丈夫の副官が、よく通る声で上官に報告する。


 リバタニア軍本体、旗艦「金土日アンリミテッド」。


 総指令官、アマリ・ゾンタークは、その身長2メートルに近い巨躯である。

 厚い胸板に、引き締まった筋肉、太い骨。

 対比により、指揮シートが小さく見える。


「敵には、かなりやっかいな機動哲学先生モビル・ティーチャーがいて、戦線を乱しているようだな」

 ゾンタークは机の上を右手の人差指でコン、コン、コンとたたきながら、しばし思索にふけった。


 味方軍―戦い放題―の駒。その数を確保する事は、戦略上、理にかなっている。


 機動哲学先生モビル・ティーチャー隊を運用する、哲学的思考力の高い人材も豊富だ。


 しかし、ニョイニウムの特質、すなわち、「思考に応じて特性を変える」特質の制御困難性は、大軍を指揮する身にしては、「計算できない不確定要素」として、重くのしかかっていた。


 作戦の想定を超える思考力を有する敵側生徒搭乗者スチューロットの存在。


 その存在の影響力が甚大であることを、これまでの戦況報告から理解したゾンターク。


 かつてのヒューマン哲学者、バークリーは「存在とは知覚に過ぎない」と述べた。


 ゾンタークの視点において、カントムがしたのは、この瞬間からであった。


 そして、不確定要素は、即刻存在を抹消しなければならない。


「……『刺さった棘』を抜き去らないことには、どうしようも無いな」 

 総司令官ゾンタークは、自重で椅子をギシッと言わせながら回転させ、傍らの、偉丈夫の副官へと向き直った。


「『先生方』を呼び出して、その敵に対してぶつけろ」


 副官は、慌てた口調で反論した。

「それは……先生方が納得なさらないのでは」


「ちゃんと、我々に有利な契約を結んだのだろう?」

 冷静なゾンターク。

 

「え、ええ、そうですが……先方の意向も伺うべきでは……」

 偉丈夫に似合わず、声が小さくなる副官。


「いや、こちらの指示には従ってもらう。それが、『契約』というものだ」

 一方のゾンタークは、キッパリと言い放った。語を続ける。


「彼らに、命令を拒否することは出来ない。我が軍からの報酬無しでは、現状維持すら、立ち行かない状態なのだからな」


 敵であろうと味方であろうと、つけこめる隙には最大限つけこむのがリバタニアの流儀。


 総司令官の冷静な――あるいはドライな――下知に対し、偉丈夫の副官は、ただかしこまるしか無かった。


 リバタニア軍の行動方針が決した。


 関係する中級指揮官へと指令を伝達すべく、副官は通信士への元へと小走りで去っていく。


 それを見やりながら、リバタニア軍総司令官ゾンタークは、フンと鼻を鳴らして言った。

「……戦場売り場に並べる戦力電子書籍の配置は、こちらの裁量で決められるのだ」


 ―続く―

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