30 銀刃


 フロンデイア軍本体の後退につられ、リバタニア軍は前進を続けた。


 カントム逹「フロンデイア別動隊」から、少し離れた辺りを通過していく、リバタニア軍の斥候。


 心臓すら止めたくなる程の緊張を経験するコムロ。


 そして、斥候に続き、リバタニア軍本隊とおぼしき無数の光点が、カントム逹のはるか前方を通過して行く。


(焦るな……両軍本体同士の戦端が開かれるまで、耐えるんだ……)


 今にも飛び出したい、はやる心を抑え、コックピット内を目視チェックするコムロ少年。


 5分後、スリープモードになっていたカントムに火を入れる。

 

 再起動シークエンスが始まる。その音声ボリュームは絞ってある。


 ――


 ――


『我は、何者ぞ』

 問うカントムの癒し低音ヴォイスには、ウィスパー属性が、更に加えられていた。

 

「僕の視点から認識するカントム先生は、哲学的ゾンビであるように見えますが、それが真理か否かは、断定不能です」

 小声で回答する。


『うむ。我が生徒搭乗者スチューロット、コムロよ』


 哲学的ゾンビ――

 

 <外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験(クオリア)を全く持っていない人間>


 それを指す概念。


 コムロは、この起動哲学先生モビル・ティーチャーと共に、幾度かの死線をくぐり抜けて来た。

 

 それは「経験」という名の財産となって、コムロの脳に刻まれている。


 一方、カントムを構成する「ニョイニウムの塊」にとっては、どうだろうか?

 

 内面的な経験を、本当に持っていないのだろうか?


 人間同士ですら、その有無の断定は出来ないものを……

 

 ――


 ――

 

 カントムのモニターに、小さい無数の爆発光が映し出される。

 

(――はじまった。ついに。正面衝突が……)


 カントム達「フロンデイア別働隊」は、それから正確に10分待って、移動を開始した。

 

 ◆


 リバタニア軍と、フロンデイア軍本体との衝突は、苛烈な砲撃戦を呈していた。


 数に勝るリバタニアが押す。


 兵力差から来る、想定通りの展開。


 フロンデイア軍が逆突出すべく艦艇を集中させる兆しをみせると、すかさずそこに、リバタニア軍艦艇からの砲火が飛んでくる。


 ドガガガガガガガガガアアア!


 ピンポイント攻撃により増大された砲撃の威力は、フロンデイア軍本体前衛の、戦艦の防御シールドを軽々と打ち破る。

 

 数の力。

 

 フロンデイア軍本体は、この劣勢をひっくり返す機会を、砲撃にじっと耐えながら、うかがっていた。

 

 ――


 異変が顕在化したのは、それからさらに30分後。


 リバタニア軍左翼による砲撃が、徐々に緩慢なものとなり始めた。


 そして、その後ろに、小さな爆発光。


 フロンデイアの「別働隊」が、機能し始めた証拠だ。


 ◆

 

 同時刻。

 

 コムロが駆る機動哲学先生モビル・ティーチャーカントムは、リバタニア軍左翼後方集団との、激戦の渦中に居た。

 

 宇宙を泳ぐ巨大な魚 ―リバタニア左翼集団― に、針のように差し込まれた「フロンデイア別働隊」。


 敵の虚を突くように後方から突進したフロンデイア別働隊は、対応の遅れる敵左翼集団の混乱に乗じて急迫。

 

 激烈な反撃に遭い、その数を漸減させながらも、リバタニア軍左翼集団の中へと潜り込み、それを内側から突き崩し始めた。

 

 ――360度を敵が占める空間。


 艦砲による同士討ちを避けるリバタニア軍は、機動哲学先生モビル・ティーチャー隊を発進させる。

 

 それらが無重力機動に慣れるまでの、数秒のタイムラグを狙い、手近の敵機動哲学先生モビル・ティーチャーを次々と倒していく、フロンデイア別働隊。

 

 しかし――

 

 その突進が止まる時が来た。


 リバタニア左翼集団のクラスの機動哲学先生モビル・ティーチャーが、進路をふさいだのだ。

 

(これは……突破するしか無い!)

 コムロは、戦況をそう見た。


 四方八方を包囲された状態で、進撃が止まった場合、その後の展開は自明。


 倒して、押し通るしかないのだ。

 

「各機! 進路をふさぐ敵を排除して、さらに突撃。そのまま敵軍の後背に抜けろ! それしかない!」

 フロンデイア別働隊の指揮官からの指示も、コムロの判断と同様だった。


 コムロの目の前に立ちはだかるもの。

 

 それは、数機の量産レベルの機動哲学先生モビル・ティーチャーを配下に従えた、漆黒のフォルムを持つ機動哲学先生モビル・ティーチャーであった。


 ◆

 

「さて、抜き取るか。チクリとささった棘を」


 位階が一定以上の者のみに許される「紋章」があしらわれた、黒の生徒搭乗者スチューロットスーツ。


 それを身にまとった銀髪の貴公子、ギンボスは、熱を感じさせない口調で、友軍機動哲学先生モビル・ティーチャーに指示を出した。


 ――


 乱戦の中、カントムに衝突でもしたがっているかのように、続々と突撃してくる、リバタニア軍の一般機動哲学先生モビル・ティーチャー

 

 そのことごとくを、避け、ブレードで受け流し、あるいはカウンターの一撃を見まい、順次処理して行く、コムロとカントム。

 

 料理人の少年が、魚を捌くが如く、躍動しているようであった。


「ほう、やるな。この敵は」

 やや後方から冷静な観察を続けていた銀髪の貴公子ギンボスは、気付いていた。


 シュドッ!スラスター Z シュドッ!スラスター Z プョンッ! 正面打ち  プミョンッ!  斬り上げ  

 

 ――カントムの動きに、赤髪の弟、アカボスが編み出していた「幻惑格闘機動」の動きが見られることを。


「――貴様……か? 私の弟に、赤神に。死を与えたのは」


 ギンボスはフットペダルを踏み込み、その乗機である漆黒の機動哲学先生モビル・ティーチャー「ニーチェッチェ」を、前面に押し出した。

 

『神は、死んだ』

 ニーチェッチェの冷徹な言葉。

 

 言葉と共に抜かれる、漆黒の鎌。そのリーチは長尺。


 刃の部分のみが、ギンボスの髪と同様、銀色に冷たく光る。


 ◆


「たくさん!」


「たくさん!」


 四方から押し寄せる敵の一般機動哲学先生モビル・ティーチャーを捌くカントム。


 その中のコムロは、もう、対峙した敵を正しくカウントする気もなかった。


 敵の攻撃が、刹那、緩まった。


 ふぅ 


 コムロの弛緩の一息。

 

 そこに

 

 シュッ!


 右後方側面から、銀色の刃を備えた黒い鎌が、一直線に突き出される。


「っ! あぶなっ!」

 それに気づいたコムロの声と同時に、後ろへと跳ぶ、カントム。


 カントムの前方を通過する、敵の黒鎌。

 

 しかし、それで終わりではなかった。


 機動哲学先生モビル・ティーチャーニーチェッチェは、突き出した長尺の得物エモノの握りを、グイっと時計回りに90度回転した。


 そして、銀色の刃をカントムの腹に向け、かき切るように、ニーチェッチェの体の内側方向へと引く。


 銀刃が光る。


 跳んでいては間に合わない。


 くいいっ!

 

 ――――シュドッ!シュドッ!


 ギョイイーーーーーン!  一合  


 カントムは右足を少し開いて、右足のスラスターを短時間噴射。あわせて背面の右スラスターも噴射。


 反時計回りの回転を得て下半身を右側へとズラす。


 上半身は反時計回りに左側へと旋回。その移動方向へ向け、放り出すように伸びていた両手でア・プリオリ・ブレードを逆手に瞬時に持ち替え、振り下ろす。


 ア・プリオリ・ブレードの先端が、死神の黒鎌の、銀色の刃先へと当たり、鎌の軌道が下方へ逸れる。


 カントムの下半身は、そのまま反時計回りに旋回している。

 

 横っ飛びしたカントムの足先をかすめるような形で、死神の鎌の、引き切りの刃が通り過ぎる。


 シュドオオオ! シュドオオオ! 


 そのまま、90度横に旋回したあたりでカントムはスラスター全開。回転運動から一転、敵から距離を取る方向へと高速移動。


 敵の初手を、かろうじて回避したカントムの挙動は、死と紙一重であった。


 おそらく――


 先の、赤髪の生徒搭乗者スチューロットが駆るへーゲイルの、幻惑機動を経験していなければ、かわしきれなかっただろう。


 経験ア・ポステリオリがコムロとカントムに味方をした。


「ふむ。これをかわすか」

 漆黒の機動哲学先生モビル・ティーチャーニーチェッチェの中で、銀髪の貴公子がカントムをそう評する。


 ギンボスは確信していた。


 こいつだ。


 こいつが、弟を死へと導いた。


 ――ということは……


「貴様を倒せば、俺が上だと、示せることになるな」

 銀髪の貴公子の左の頬と口角が、微弱なけいれんを伴いながら、歪に持ち上げられた。


 ―続く―

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