29 潜伏


 リバタニア軍本体と左翼の合流によって、フロンデイアに対して優に2倍の兵力塊が宇宙空間に出現した。層の厚い横形陣を編成しつつ、フロンデイアを撃滅する構え。

 

「これまでの戦闘経過からわかるように、接近戦は保有機動哲学先生モビル・ティーチャーの質が、情勢を決定付ける」


 それが、両軍におけるコンセンサスになりつつあった。


 機動哲学先生モビル・ティーチャーを強くする要素、それは、それに乗り込む生徒搭乗者スチューロットの思考能力。


 リバタニアには、幾人もの優秀な人材が揃っている。

 彼らは間違いなく、フロンデイアの反乱勢力共を駆逐するだろう。


 緒戦の勝利に浮かれるフロンデイアの「辺境の労働者」どもを、一掃する。


 その為に、リバタニア軍は、多数の主力機動哲学先生モビル・ティーチャーを擁していた。


 ◆

 

 数に勝るリバタニア軍を「受ける」側のフロンデイア。


 艦砲による遠距離砲撃戦では、数の差がそのまま戦況に影響する。


 なんとかしてリバタニア軍を分散し、各個撃破に持ち込むか、あるいは接近して、主力機動哲学先生モビル・ティーチャーの質で勝負するか。

 

 いずれにせよ、敵陣に楔を入れる必要がある。


 しかしながら敵であるリバタニア軍は、緒戦を学習しているだろう。


 フロンデイア軍が緒戦と同様に猪突した場合、リバタニア軍はそれに合わせて後退してフロンデイア軍の更なる突出を誘い、フロンデイア軍の戦線が前後に延びたところを側方両側から挟みこむようにして、艦艇の数を削る――


 敵にそのような対応をされては、数に劣るフロンデイア軍は、ひとたまりも無い。


 そこでフロンデイア軍は、猪突ではなく、緩やかな後退を選択した。


 ――その2時間半前――


「では、伏兵として、敵の左翼をやり過ごせばいいんですね?」

 コムロの声に疲れは滲んでいたものの、若さがそれを、外側から覆い隠していた。

 

「そうだ。まともに休む間も無くて悪いが」

 艦長であるキモイキモイは、コムロに対して小さくお辞儀をした。


 短時間の補給の為、カントムは戦艦ハコビ=タクナイに着艦していた。


 ――カントムの整備をクルーに任せ、コムロは短い時間で、次の指令を拝受し、身支度を整えなければならない。


 残った時間は、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)でのエネルギー蓄積に使われる。


「生きて帰ってね、コムロ」

 駆け寄ってきた幼馴染の少女、モラウ・ボウから、脳への糖分補給用にと、沢山のスイーツを、コムロは受け取る。

 

 戦場へ到着する前。

 各星系から後退してきたフロンデイア軍が集結した補給基地での、半日だけの、デートの自由行動。その際、モラウが大量に購入していたものの、それは一部だった。


 ――その時は、コムロが荷物持ちをさせられてはいたが。

 

「君も。モラウ」

 コムロはそう言って少ししゃがみ、モラウのおでこに、自らのおでこをちょこんとくっつけた。目線が合う。


 ――


 そしてコムロは、貰ったばかりのスイーツ類を小脇のバケットに入れると、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)に潜り込み、黙々とエネルギーチャージ作業 ―小難しいことを考えます― へと移った。


 モラウはしばらく、その場に立ったままでいた。

 

 何も話しかけず、ただ、BPCの隙間からチラリとのぞくコムロ少年の横顔を、しばらく見つめていた。


(エネルギーの蓄積は、生死を分けるかもしれないし……)


 今は、自分の我儘でコムロの邪魔するべきではないと、モラウには理解できていた。

 

 モラウの左手のニョイ・ボウは、

 

 う”う”う” う”う”う”

 

 と、複雑な音を発していた。   

 

 ◆


 ドッシュウウウウウウウウ! ―スラスター音― 


 戦艦ハコビ=タクナイが、みるみると後方に遠ざかる。

 

 カントムの上下左右には、味方の機動哲学先生モビル・ティーチャー


 カントムと同様の任務を拝命した、別働隊。

 

 フロンデイア軍本体は、この後、リバタニア軍との接敵を受けて、ゆるやかに後退する予定になっている。

 

 ――フロンデイア軍は、守りきれば勝ち。

 

 ――リバタニア軍は、この戦いで勝利しなければならない。


 戦略レベルでの双方の条件の違いが、寡兵をして勝利の女神を自軍に引き寄せるチャンスを、フロンデイアに生じさせていた。


 リバタニア軍は、後退するフロンデイア軍本体を無視できないのだ。条件的に。


 リバタニア軍が、つられてそのまま前進するならば、カントムを含むフロンデイア軍別働隊はそれをやり過ごし、時を置いて敵後背から突出する。フロンデイア軍本体と別働隊とでリバタニア軍を前後から挟撃するか、あるいは、フロンデイア別働隊が突入し、リバタニア軍の指揮系統を乱して混乱を生じさせる。


 逆に、リバタニア軍が後退する展開に転じた場合は、カントムを含むフロンデイア軍別働隊は「伏兵」となる。リバタニア軍左翼を後背から足止めして、リバタニア軍本体からちぎり取るように分断し、各個撃破へと持ちこむ。

 

 それらのいずれも、リバタニア軍がそのまま、側方に潜むカントム達に気付かずに、フロンデイア軍本体を追ってカントム達の眼前を通り過ぎてくれた場合に、発動が可能となる作戦だ。

 

 もしリバタニア軍が、途中でこの伏兵に気付いた場合、寡兵であるフロンデイア軍側が「兵力分散の愚」を犯したことになる。


 ――責任は重大であった。


 カントム達は、自軍の後背を回り込むように移動して、作戦で示されていた所定の場所に布陣。小惑星の裏に隠れ、機体の出力を抑えて、リバタニア軍が眼前を通り過ぎるのを、じっと待った。

 

 その時間、およそ30分。

 

 コムロには、半日ぐらいに感じられた時間であった。


 敵の斥候に見つかったら、アウトなのだ。


 はー、 はー、


 普段は意識下にも上がって来ない、自らの呼吸音が、「あってはならぬ騒音」であるかのように感じられる。


 宇宙空間で、その程度のボリュームの音が、敵に聞かれるはずは無い。そう理性では認識していたが、感情は別物だ。


 機動を停止した暗闇のコックピットの中で、コムロは、自分が「原子」になったかのような感覚を覚えていた。


 物質を構成する、1ピースの原子。


 宇宙空間を構成する、1ピースの自分。


「死んでも、原子がバラバラになるだけ。だから、生きている間に楽しむべきなのだ」


 そんな唯物的世界観を示して笑ったのは、かつてのヒューマン哲学者、デモクリトス。


 コムロは、それを真似して、声は出さずに左右の口角を上げてみた。


 カントムをはじめとする「フロンデイア別働隊」は息を潜め、敵軍通過の時を、静かに待ち続けた。


 ―続く―

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