28 死神
リバタニア軍右翼集団と、フロンデイア全軍との激突は、フロンデイアの勝利に趨勢が定まった。
艦レベルでの遠距離砲撃戦から、近距離ドッグファイトに移行した際、
中でも、目立った戦果を挙げたのは、フロンデイアの功利主義/実用主義系の
――
「最大多数の最大幸福」でお馴染みのヒューマン哲学者「ベンサム」をベースにした
「不満足なソクラテス」でお馴染みのヒューマン哲学者「ミル」をベースにした
「プラグマティズム」の創始者であるヒューマン哲学者「パース」をベースにした
「実用主義」のヒューマン哲学者「ジェームズ」をベースにした
「道具主義」のヒューマン哲学者「デューイ」をベースにした
――
歴史上、フロンデイアは宇宙の深淵へと挑み、未知の星系、未知の苦難に対応する事を余儀なくされていた。
そのため、「現場で役に立つ」事を是とする、実用主義系の
これに加えてさらに、フロンデイア軍を恐怖の縁へと追い詰めた敵の強力な
リバタニア軍「本体」が戦場に到着した時、そこには「かつてはリバタニア軍右翼集団であった」艦の残骸が、無重力空間を浮遊していた。
――
――
「……やはり、間に合わなかったか」
予言を的中させた
「敵軍にも、強いのが居るらしいな。チュー」
紅い戦艦ヤンデレンのブリッジにいるサン・キューイチのガラガラ声が、スピーカー越しに、シューの耳に届いた。
慌てず乳酸菌飲料を吸うサンはさらに語を継ぐ。
「チュー、シュゴゴッ! 司令部に、私の
「……確かに、この結果を見れば、それが最善手でしょうな」
宇宙をゆっくり流れる艦の残骸をモニター越しに眺めつつ、シューはため息混じりに賛意を示した。
◆
リバタニア左翼集団は、本体と合流を果たそうとしている。
「ギンボス様、報告致します。右翼集団は壊滅した模様」
通信担当の仕官が、おにぎりの敬礼をしながら入室し、そう告げた。
「ほう」
報告を受けた銀髪の男は、眉をわずかに動した。
絨毯敷の広間に、広スペースを無視してBPC(ブレイン・パワー・チャージャー)が置かれている。
そこから出て、立ち上がった銀髪の男は長身痩躯。頭には、ニョイニウムへの思考エネルギーチャージ用の「アルファ・コイル」が装着されている。
数瞬の沈黙の後、銀髪の男は尋ねた。
「弟は、死んだか」
「……大変申し上げにくいことながら」
「……そうか」
銀髪の男は、その報告も、冷静に受け流す。
「……弱いものは死ぬ。それが自然の摂理だ、そうだろう? ニーチェッチェ先生」
銀髪長身の男は、アルファ・コイル越しに、
『その通りだ、我が
金属の塊による回答もまた、冷たいものであった。
◆
幼年時代に「リバタニアの天才児」と呼ばれたギンボスは、現在では、リバタニア上層部に属する政治家「だった男」を父に持つ、優秀な
10代後半の頃には、彼は銀髪長身の美男子に育った。
スラリとしたその背筋を伸ばすと、一層長身の、麗しい貴公子がそこに現れた。
明晰で整理された頭脳。弁舌も巧み。
研鑽を積み、優秀な「二世」になるだろうと将来を期待されていた。
ギンボス自身も、その評定を誇りとしていた。
「父を超える」
それが、ギンボスの口癖だった。
「親の七光」などの揶揄など、父を超えた瞬間に吹き飛ぶだろう。
リバタニアにおいて、その思想は正しい。
力が強ければ、能力が高ければ、それだけ上位に立てる。
人を支配できる。自分の自由を押し通せる。
属するは、「個人の自由が尊重される国」、リバタニアだ。
銀髪長身の男、ギンボスは、これまで常に上を、前を、見続けて来た。
――赤髪の弟が、頭角を表すまでは。
異母兄弟である赤髪の弟は、政治にも帝王学にも興味を持たなかった。
「アニキが継ぐんでしょ? それでいいじゃん」
七光を受け継ぐ権利からも、責任からも自由な赤髪の弟は、ひたすら「健康な」成長を進めていた。
すなわち、「
弟が時折見せる、兄も唸るようなオリジナルな着想。
赤髪の下に備えられた、格闘技で鍛えた強靭な肉体。
「他者による自己の否定を受け入れて、それを自説と付き合わせ、より上の思想へと
弟の目にはいつも、真っ直ぐな目と、明るさと、前を向く力があった。
いつしか兄は、追いつき、追い越す対象である父ではなく、後ろの弟を見る事が多くなった。
力を求める兄、ギンボスには、弟の健全な成長は眩しすぎた。
その眩しさに、「劣等感」というラベルが貼り付けられるまで、それほどの時間はかからなかった。
◆
「政治家の息子が戦場に出る」
それは、権力に応じて「徴兵逃れを行う自由」も得られるリバタニアでは、通常あり得ない状況。
政敵に追い落とされる等の事情がなければ――の話だ。
乗機を選択する程度の自由は、息子2人には与えられた。
赤髪の弟は、へーゲイルを選択した。
銀髪の兄は、ニーチェッチェを選択した。
純粋に、力を追い求める。
かつてのヒューマン哲学者「ニーチェ」をベースにした
――ニーチェは、「神は死んだ」という言葉を残した。
神とは、弱者の
神が死んだ世界で頼れるものは、力!
力を!
力を!
その希求の名は、「超人思想」。
政敵に貶められて失脚した父は、もはや「超えるべき存在」ではなくなった。
弟は、敵の
では。
当主として、
兄として、
私が、超人になる。
「力への意志」が指し示すまま。
その誓いを持つ男は、畏敬の念を込めて、こう呼ばれていた。
――死神―― と。
ソレを乗せる漆黒の
―続く―
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