28 死神


 リバタニア軍右翼集団と、フロンデイア全軍との激突は、フロンデイアの勝利に趨勢が定まった。


 艦レベルでの遠距離砲撃戦から、近距離ドッグファイトに移行した際、機動哲学先生モビル・ティーチャー同士の戦いで、フロンデイアに軍配が上がったのだ。


 中でも、目立った戦果を挙げたのは、フロンデイアの功利主義/実用主義系の機動哲学先生モビル・ティーチャーであった。


 ――


 「最大多数の最大幸福」でお馴染みのヒューマン哲学者「ベンサム」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー「ハンサム」は、多くの量産機をクールビューティに打ち倒し、味方軍の突撃路を確保した。


 「不満足なソクラテス」でお馴染みのヒューマン哲学者「ミル」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー「ミルミルε(イプシロン)」は、量ではなく、質の戦果であった。壁となってフロンデイア艦隊の突進を阻んでいた、リバタニアの主力機動哲学先生モビル・ティーチャーを打ち倒した。

 

 「プラグマティズム」の創始者であるヒューマン哲学者「パース」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー「パースーン」は、敵の攻撃を引きつけて味方の突進をアシストした。何度も敵の銃火に晒され被弾するも破壊されず、その行動の結果として「硬さ」「思考レベルの高さ」を明らかに示した。


 「実用主義」のヒューマン哲学者「ジェームズ」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー「ゲラッパ」は、「仮説検証機」タイプであった。フロンデイア軍が決戦に備え構築していた機動哲学先生モビル・ティーチャー運用法の多くを実戦で試した。その幾つかは失敗に終わったものの、成功して多くの敵軍を撃墜もし、仮説の有用性を知らしめた。


 「道具主義」のヒューマン哲学者「デューイ」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー「デュイーン」もまた、「仮説検証機」タイプであった。デュイーン自身の創造的知性をもって、敵への効率的な対処方法についての仮説を立て、それを試行錯誤することにより、検証していった。


 ――


 歴史上、フロンデイアは宇宙の深淵へと挑み、未知の星系、未知の苦難に対応する事を余儀なくされていた。


 そのため、「現場で役に立つ」事を是とする、実用主義系の機動哲学先生モビル・ティーチャーが、多く運用されており、これがまさに「道具として役に立った」のであった。


 これに加えてさらに、フロンデイア軍を恐怖の縁へと追い詰めた敵の強力な機動哲学先生モビル・ティーチャー「へーゲイル」を、カントムが打ち倒した事により、力の均衡は、フロンデイアに大きく傾いたのだった。


 リバタニア軍「本体」が戦場に到着した時、そこには「かつてはリバタニア軍右翼集団であった」艦の残骸が、無重力空間を浮遊していた。


 ――


 ――


「……やはり、間に合わなかったか」

 予言を的中させた生徒搭乗者スチューロット、シュー・トミトクルは、機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンのコックピットの中で呟いた。


「敵軍にも、強いのが居るらしいな。チュー」

 紅い戦艦ヤンデレンのブリッジにいるサン・キューイチのガラガラ声が、スピーカー越しに、シューの耳に届いた。


 慌てず乳酸菌飲料を吸うサンはさらに語を継ぐ。


「チュー、シュゴゴッ! 司令部に、私の提案とんちを具申しておいた。包囲殲滅の筋は捨て、まずは本体と左翼とで合流し、数を確保する。そして、主力機動哲学先生モビル・ティーチャーで、敵の主力機動哲学先生モビル・ティーチャーをまず、叩く」


「……確かに、この結果を見れば、それが最善手でしょうな」

 宇宙をゆっくり流れる艦の残骸をモニター越しに眺めつつ、シューはため息混じりに賛意を示した。


 ◆


 リバタニア左翼集団は、本体と合流を果たそうとしている。



「ギンボス様、報告致します。右翼集団は壊滅した模様」

 通信担当の仕官が、おにぎりの敬礼をしながら入室し、そう告げた。


「ほう」

 報告を受けた銀髪の男は、眉をわずかに動した。


 絨毯敷の広間に、広スペースを無視してBPC(ブレイン・パワー・チャージャー)が置かれている。

 そこから出て、立ち上がった銀髪の男は長身痩躯。頭には、ニョイニウムへの思考エネルギーチャージ用の「アルファ・コイル」が装着されている。


 数瞬の沈黙の後、銀髪の男は尋ねた。


「弟は、死んだか」

「……大変申し上げにくいことながら」

「……そうか」

 銀髪の男は、その報告も、冷静に受け流す。


「……弱いものは死ぬ。それが自然の摂理だ、そうだろう? ニーチェッチェ先生」

 銀髪長身の男は、アルファ・コイル越しに、機動哲学先生モビル・ティーチャー「ニーチェッチェ」に聞いた。


『その通りだ、我が生徒操縦者スチューロット、ギンボスよ。神ですら、死ぬのだ』

 金属の塊による回答もまた、冷たいものであった。


 ◆


 幼年時代に「リバタニアの天才児」と呼ばれたギンボスは、現在では、リバタニア上層部に属する政治家「だった男」を父に持つ、優秀な生徒搭乗者スチューロットである。


 10代後半の頃には、彼は銀髪長身の美男子に育った。

 スラリとしたその背筋を伸ばすと、一層長身の、麗しい貴公子がそこに現れた。

 明晰で整理された頭脳。弁舌も巧み。

 研鑽を積み、優秀な「二世」になるだろうと将来を期待されていた。

 

 ギンボス自身も、その評定を誇りとしていた。

「父を超える」

 それが、ギンボスの口癖だった。

「親の七光」などの揶揄など、父を超えた瞬間に吹き飛ぶだろう。


 リバタニアにおいて、その思想は正しい。

 力が強ければ、能力が高ければ、それだけ上位に立てる。

 人を支配できる。自分の自由を押し通せる。


 属するは、「個人の自由が尊重される国」、リバタニアだ。


 銀髪長身の男、ギンボスは、これまで常に上を、前を、見続けて来た。


 ――赤髪の弟が、頭角を表すまでは。


 異母兄弟である赤髪の弟は、政治にも帝王学にも興味を持たなかった。

「アニキが継ぐんでしょ? それでいいじゃん」


 七光を受け継ぐ権利からも、からも自由な赤髪の弟は、ひたすら「健康な」成長を進めていた。


 すなわち、「止揚アウフヘーベン」。


 弟が時折見せる、兄も唸るようなオリジナルな着想。

 赤髪の下に備えられた、格闘技で鍛えた強靭な肉体。


「他者による自己の否定を受け入れて、それを自説と付き合わせ、より上の思想へと到達止揚する」


 弟の目にはいつも、真っ直ぐな目と、明るさと、前を向く力があった。


 いつしか兄は、追いつき、追い越す対象である父ではなく、後ろの弟を見る事が多くなった。

 力を求める兄、ギンボスには、弟の健全な成長は眩しすぎた。


 その眩しさに、「劣等感」というラベルが貼り付けられるまで、それほどの時間はかからなかった。


 ◆


「政治家の息子が戦場に出る」


 それは、権力に応じて「徴兵逃れを行う自由」も得られるリバタニアでは、通常あり得ない状況。


 政敵に追い落とされる等の事情がなければ――の話だ。


 乗機を選択する程度の自由は、息子2人には与えられた。


 赤髪の弟は、へーゲイルを選択した。

 止揚アウフヘーベンを唱えた、かつてのヒューマン哲学者「ヘーゲル」をベースにした《モビル・ティーチャー》。


 銀髪の兄は、ニーチェッチェを選択した。

 止揚アウフヘーベンに必要な「自分を否定する他者」はいらない。

 純粋に、力を追い求める。

 かつてのヒューマン哲学者「ニーチェ」をベースにした機動哲学先生モビル・ティーチャー


 ――ニーチェは、「神は死んだ」という言葉を残した。 


 神とは、弱者のルサンチマン恨み、嫉妬が生み出したものに過ぎない!


 神が死んだ世界で頼れるものは、力!


 力を!


 力を!


 その希求の名は、「超人思想」。


 政敵に貶められて失脚した父は、もはや「超えるべき存在」ではなくなった。


 弟は、敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーに撃墜されたと言う。


 では。


 当主として、


 兄として、


 私が、超人になる。


 「力への意志」が指し示すまま。


 その誓いを持つ男は、畏敬の念を込めて、こう呼ばれていた。


 ――死神―― と。


 ソレを乗せる漆黒の機動哲学先生モビル・ティーチャーは、リバタニア軍左翼集団に属する戦艦で、発進の時を静かに待っていた。


 ―続く―

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