25 止揚《アウフヘーベン》
紅い戦艦ヤンデレンは、リバタニア軍の本隊に居た。
「敵は我が軍右翼と接触。近距離での
オペレーターの通信が、シューの耳に届く。
「ヤンデレンは本隊と共にあって、我が軍右翼の増援へ向かう。右翼と本隊とで敵を抑えつつ、我が軍左翼が迂回して、敵の後背を突く」
サン・キューイチの指示は的確だった。
サン・キューイチがその頭からひねり出した
「……そう、うまくいくかな」
「えっ? ……せんぱい?」
「あ、ああ」
プティに生返事を返すシューは、考え事をしていた。
敵にはあの
彼の先生であるデカルトンも、ヒュームリオンも退けた、あいつが。
明らかに、他の
いや、機体性能の差ではない、それに乗る
そして、物事は大抵、うまく運ばない。
それが、かつてはパティシエであった青年、シュー・トミトクルが、自己の人生経験から感じていた事だった。
どんなに美味な料理を作っても。
◆
カントムは、破竹の勢いで進んでいた。
かつて、大多数のマイケノレ・サンデノレ隊を、たった1機で退けたカントムにとって、それは順当。
向かい来る「一般生徒レベル」の
突如、目の前に現れた戦艦に対し、カントムは怯まず方向を上へと転ずる。敵戦艦をかすめるように飛行し、ア・プリオリ・ブレードで切断。
轟沈する敵戦艦と、そこから小型脱出艇で脱出する敵乗組員。
人道の下、戦闘能力を失った敵兵に対しては攻撃をしないよう、フロンデイア軍上層部から厳命が下されている。
しかし――そんな指示が無くとも、無抵抗の者を殺戮する趣味の者など居ない。
戦闘終結後に、敵味方のいずれかが、脱出艇を回収することになるだろう。
――敵の場合は「捕虜」となるが。
カントムのセンサーが、右斜め上前方方向の戦闘について
『思考力の高い
「そうやすやすと勝たせてはもらえないか」
そう言って、アラームの鳴る方向へと向かうコムロとカントム。
◆
突撃を受け止めるリバタニア軍側の、赤紫色の1機の
それに、フロンデイアの攻撃特化型量産機「ケンリ―」が、遠間から
ヅドドドドド!
しかし、赤紫の機体には全く効いていない。微速前進しつつ接近してくる。
赤紫の機体の右手が伸びる。
フロンデイアの防御特化型量産機「ギム」の頭を捕まえる。
ギムのブレードが脇腹部分に何度も当たるが――
そんなものは意に介さず――
赤紫の機体の右手が、ギムの頭部を握りつぶす。
メインかメラをやられたギムが、闇雲に攻撃を繰り返すが、当然ながら、効くわけが無い。
赤紫の機体は右手を拳状に握り――
ギムの腹部を目掛けて――
その攻撃は、ギムの装甲など安々と貫いた。
あえなく爆散するギム。
それを目撃したフロンデイア軍の量産機チームは浮き足立つ。
「
勝ち誇るのは、リバタニア側
『思考の練り、という意味でだな? 我が
答えるは、かつてのヒューマン哲学者、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの名を冠する
――ゲオルクは強そうだ。
――ヴィルヘルムとフリードリヒは、王宮に居そうだ。
しかし、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは、「1人」のヒューマン哲学者の名だ。
ヘーゲルは、かつてのドイツのヒューマン哲学者であり、ドイツ観念論を代表する思想家と言われている。
特に「
かつてのドイツ語の「aufheben」には、「廃棄する・否定する」の意味と「保存する・高める」という主に二種類の意味がある。
ある物体を見た者が「これは横縞だ」と主張する。
それと同じ物体を見た別の者は「いや、これは三角だ」と主張する。
この2つの主張だけを並べると、相互に矛盾し、同時に成り立たないかに見える。
しかし、実は、ある物体が「縞パン」であることに気付くことができれば、
この時、物の見方がひとつ上の
互いに矛盾する事項の一方を捨てるのではなく、両者が矛盾せずに成立する「
それが、ヘーゲルが唱えた「アウフヘーベン」である。
――ただし、自分の名前は、統合できないようだ。
「さて、さっさと敵を蹴散らすぜ! ヘーゲイル先生!」
『キックは我が武装ではない』
「……手段の話じゃないって!」
若干のコミュニケーションエラーを発生させつつ、リバタニアの赤紫色の
伴うは、赤髪の青年、アカボズ。
圧倒的な力の差を見せつけつつ、フロンデイアが掲げる「夢見草」の旗を、散らし始めた。
―続く―
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