21 出撃
基地に収容された、数々の艦艇。
その中に、戦艦ヤンデレンもいた。
基地の式典用会場は屋内にあった。
やや暗めに調光された空間には、1ブロックを10x10の正方形に区切って、パイプ椅子が窮屈に並べられていた。そこには、サン・キューイチ、シュー・トミトクル、プティの姿も見られた。
国家「自由・自主・尊厳」が流れだす。
「総員、起立!」
ガタガタガタガタッ!
総員が、パイプ椅子から起立し、直立の姿勢をとる。
一際明るい壇上に、基地司令が登壇する。
よくありがちな、長々しい演説。
敵のフロンデイア軍――辺境の労働者ども――の無法、暴虐を非難し、その精神を徹底的に貶め、そして、これを排除すべきという主張。
この場に居る判断能力が残っている者にとっては、それは軍の士気を高め、兵士をして「自らが正義である」と認識せしめる意図を持って、発せられている事が、理解できていた。
私語を発するものは皆無。
(相変わらず、くだらない演説だ)
シューはそう思いつつ、特に反抗の素振りは見せなかった。
戦果を上げるには、そのように士気を鼓舞、あるいは扇動し、「殺人」という行為について疑問を持たせない事は、有効な方策だと、
(俺は違うぞ。おそらく、プティも)
扇動は麻薬である。知らず知らずのうちに刷り込まれ、いつの間にか、それに気づかなくなることもあり得る。
シューは時折、「俺は違う」と心の中でつぶやき、判断能力を保っていた。
そもそも、
なぜなら、
その意味では、今、この場で行われているような「演説」の場に、
しかし一方で、「規律」というものがある。
シューがこの規律に従い、気持ちはどうあれ、おとなしく着席したままで居るには、もう一つの理由があった。
それは、「監視の目」。
判断力を失った兵士達そのものが、「相互監視カメラ」となるのだ。
――
「――出撃せよ! 栄誉ある、人類の為に! リバタニアの為に!」
基地司令の号令。
ズザザザザザザザッ!
おにぎりの敬礼が一斉に行われる。
さながら、おむすびの里。
きのこの山でも、たけのこの里でもない。おむすびの里だ。
いや、里ではない。宇宙基地だ。
◆
「正三角形の敬礼って、面白いですよね」
戦艦ヤンデレンに戻る道すがら、傍らのプティが、シューに言う。
正三角形ではなく二等辺三角形だ、と言いたくなるのを堪え、シューは
「そうか?」
とだけ聞いた。
「だって、両手を上げる必要性が、特に無いように思うんです。先日勉強した、かつての世界では、右腕だけで敬礼していたようですし」
「3という数字は、有意な数なのだ」
と、振り返りもせず言う、少し前を歩く
「ええー? それも三角形ですよね?」
と、口答えをするプティ。
「ん? まぁ、そうだが」
プティの非礼をさらりと流す、391。
――3と言う数字は有意だ。
三位一体。
東方の三賢者、マギ。
司法、立法、行政の三権分立。
「大島」「上杉」「柴崎」の第1期WANDS。
「木村」「上杉」「柴崎」の第2期WANDS。
「木村」「和久」「杉元」の第3期WANDS。
ゆとり教育の、およそ「3」。
このように、各概念領域において、「3」は特別な数字なのだ。
「本来は、どんな三角形でも良いんだ、兵士が皆、同じ行動を、同時に取れさえすれば」
シューが歩きながら言う。
「チュオー」
サン・キューイチは会話を部下に任せ、自分は乳酸菌飲料のパックを取り出して飲み始めた。
「フーコーですね」
少し目を大きくして、プティが言う。
「っ!……その通りだ」
シューは、後輩
――ミシェル・フーコーは、かつての地球、フランスのヒューマン哲学者であり、『監獄の誕生』を著述した。
「最大多数個人の最大幸福」を唱えたのは、かつての地球、イギリスの、「功利主義」ヒューマン哲学者、ジェレミ・ベンサムであった。
そのベンサムが弟に示唆を受け、設計した刑務所の構想を「パノプティコン」という。
バウムクーヘンのあちこちに、
円の中央の看守塔にいる看守は、
そのように、効率的に
一方、ミシェル・フーコーはこの「パノプティコン」の「
「常に監視されているのだから、正しく振る舞おう」と、
この、「常時監視」は、実際の監獄だけではなく、社会のあらゆるところで見られる、というのが、ミシェル・フーコーの考え方である。
監視カメラ。
「せんせぇー、きのうぅー、たなかくんがぁー、下校途中にぃー、買い食いしていましたぁー」と、学級会でのたまう、メガネの学級委員長。
判断力を失った兵士。
――監視のシステムを実現できない、リバタニアではなかった。
◆
乗組員を収容した、紅い戦艦「ヤンデレン」の心臓部。推進機関に火がともる。
広大な宇宙に出た後も、「監視」が無くなるわけではない。
シューは息苦しさを覚えつつ、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)で思考を練りながら、ヤンデレン発進の時を待つ。
(プティは、
そんな考えが、シューの頭にもたげる。
――かつてのヒューマン哲学者、ホッブスは、国家とは「個人の自由を放棄して手に入れる安全保障システムである」と唱えた。
利己的な人間。
自然状態では人は殺しあう。
力が均衡しているから争う。
だから、争わないよう、みんなで支配者(国家)を作る。
ゴゴゴゴゴゴ
ヤンデレンの発進を示す振動が、シート越しにシューに伝わる。
―続く―
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