18 正義の三連星


 敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーは、三位一体攻撃をしかけてきた。


 無知のヴェールを剥ぎ取って。


 カントムのア・プリオリ・ブレードを漆黒の盾で受け止めた敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーAは囮役で、攻撃の本命は、残りの機動哲学先生モビル・ティーチャーBとC。


 機動哲学先生モビル・ティーチャーBが、カントムから見て左側から。

 

 機動哲学先生モビル・ティーチャーCが下から。


 それぞれ、同時に襲いかかってきた。


「まずい! やられる!」

 コムロは慌てて後退しようとするが、それは遅きに失していた。


 今後退すれば、正面で対峙している機動哲学先生モビル・ティーチャーAも追撃に移ることになるだろう。


 ――三方から挟撃を喰らう結果になる。


 しかも、機動哲学先生モビル・ティーチャーAは、カントムのア・プリオリ・ブレードを、漆黒の盾でしっかり受け止めた。


 つまり、出力差がそれほど無い事が、わかっている。


『うむ。危険という概念』

 若干小難しい言葉遣いをしながら、カントム先生の動作が、自動に切り替わる。


 くんっ ―脱力― 


 ズドドドドシュウウウウ! ―スラスター開放― 


 カントムはブレードを持つ右手を脱力させ、敵の「漆黒の盾」との力比べを放棄。

 

 後退ではなく、で、敵機動哲学先生モビル・ティーチャーAとの距離を一気に詰め、互いに接触する程の距離に。


 そして、左肩での体当たり。右腕をくんっと引いた時計回りの回転力を利用して左肩を、敵機動哲学先生モビル・ティーチャーAの右半身にぶつける。機動哲学先生モビル・ティーチャーAはその反動で時計回りの回転。


 敵のB、Cは、描く弧の半径を小さくしつつ、カントムの左と下から更に接近するが――


 B、Cがそのまま突撃しては、味方のAを巻き込むことになる。


 それを感じて躊躇したのか、B、Cは微妙に減速しつつ、そのままのコースで突っ込んでくる。


 カントムは左腕で、機動哲学先生モビル・ティーチャーAの「左肩」を掴み、さらに押し出すようにAを時計回り回転させつつ、その反動を利用して自らは右斜上へと体をそらす。


 ガッキュウイイイイイン! ―学級委員― 


 減速しつつカントム左側から接近した機動哲学先生モビル・ティーチャーBが持つ武器と、時計回り旋回させた機動哲学先生モビル・ティーチャーAの「漆黒の盾」とが衝突。


 ――同士討ち――


 カントムは前方へとブーストをかけながら、そのまま右斜上へと回りこむ。時計回り旋回する機動哲学先生モビル・ティーチャーAの背中をドニュゥツ! と蹴りつけ、  ―Aを踏み台にしたぁっ!?―  その反動を使い右斜上前方へと跳躍。同時にスラスター全開。


 下から迫る機動哲学先生モビル・ティーチャーCとカントムとの間に、もつれあう機動哲学先生モビル・ティーチャーA、Bが挟まる格好となる。


 ドッシャアアアアアアア! ―スラスター開放―加速― 


 カントムはそのまま一直線に加速して、敵の3体から距離を取る。


「あ、ぶなかった……」

 コムロの背中は、瞬間的に吹き出た冷や汗でびっしょりになるが、生徒搭乗者スチューロットスーツの多機能がそれを解決。


 夜中の立体TV通販でミックスボイスの男が発した「ビックリして出た汗も、急速乾燥! さらに! これとこれもお付けして……2万9800フィロソ!」という広告は、誇張ではなかった。


生徒スチューロットを守るのが、先生ティーチャーの役目』

 カントム先生が、常識的な範囲で物を言う。


「先生、ありがとう」

 コムロは気を取り直して、カントムを反転させ、3機の敵に対して身構えた。


 ◆


「敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーア〜ウは、マイケノレ隊よりも出力がカントムに近いようだな」

 戦況をスクリーンで確認していた戦艦ハコビ・タクナイのブリッジで、艦長キモイキモイがそう分析した。


 ――つまり、スペック差で圧倒出来ない状況にある、ということになる。


「ア〜ウって何です!?」

 そう聞くモラウ・ボウのイライラに感応して、その手のニョイ・ボウがビリビリビリ! と音を発した。イライラ・ボウ。


「複数の敵を区別するための、システムですね?」

 副官のビヨンド・ザ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーンが会話に混じる。


「そうだ。人は、区別する必要が生じた時に、言葉を生みだす。それが言語のシステムだ」

 艦長は、うなずいて応じた。


 ドーン!


 ドーン!


 皆の予想通り、モラウは激高した。


「また始まった! 生徒搭乗者スチューロットでもないのに!」


 ニョイーーーーン―― 激高率:50%


 ニョイーーーーン―― 激高率:20%


 ニョイーーーーン―― 激高率:05%


 ビヨンド・ザ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーンが、解説を試みる。

「モラウさん。かつて、哲学者に、ソシュールという人がいまして」


「ソシュール?」

 当然ながら知らないようだ。首をかしげるモラウ・ボウ。


 ―ソシュールは、かつてのスイスに居たヒューマン哲学者であり、言語学に革命を起こした人物として知られている。

 彼は、その新理論を学生たちに講義した後、そのまま病死してしまった。

 講義を受けた学生たちが協力して一冊の本にまとめたもの。それが『一般言語学講義』であった。


「例えば、姉と妹の区別ですが、かつてのとある国では、どちらもsisterと呼んでいたんです」

 と説明をする、ビヨンド・ザ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーン。


「姉と妹とを区別する必要がある文化と、その必要がない文化とがあるってことだ」

 艦長のキモイキモイが助け舟を出す。


 ―― モラウ・ボウの激高充填率: 20%  


「だから『言語は区別のシステム』なんです、モラウさん。ソシュール以前は、言語とは、対象に貼り付けられた『ラベル』だと考えられていましたが――」


 ドォォン! ―激高― 


 ドターン! ―七転― 


 バターン! ―八倒― 


「ラベル!? また新しい言葉が出た! キモイキモイ!」

 激高するモラウ・ボウ。


「呼び捨てにするな!」

 激高するキモイキモイ艦長。


「……艦長のことじゃ、ありませんよ。きっと……」

 渋面の、ビヨンド・ザ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーン。


 ◆



 もつれ合った3体の機動哲学先生モビル・ティーチャーA〜C。


「奇襲は失敗だったかにゃん?」

 機動哲学先生こと「マイケノレ・サンデノレ」。

 それに搭乗した生徒搭乗者スチューロット、タルタロ・スフィーリアが、仲間への通信を始めた。



「敵との出力差もそれほど無いようだ。正攻法でも数で勝てるだろう」

 機動哲学先生こと「ノスタルジーク」。

 それに搭乗した生徒搭乗者スチューロット、エロースムッシュ・村々ソンソンが、応じる。



「敵の突撃を受けた機体は、少し後退して引き付ける。その間に包囲だ」

 3機のリーダー格と思しき機動哲学先生こと「ロールズ・ロイズ」。

 それに搭乗した生徒搭乗者スチューロット、アガイペーが、次の指示を出した。



 ――区別は、一致するとは限らない。



 ――区別は、物事をわかりやすくするとも限らない。



「行くぞ。正義と、善の為に」


 アガイペーの号令の元、3機の機動哲学先生モビル・ティーチャーが、一斉に動き出――


 ―続く―

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