17 近づく黒

 戦艦ハコビ・タクナイは、宇宙の「奥方向」、フロンデイア領の中心方向へと、コムロ・テツ少年達を運んでいた。


 ポッケスタップ宙域で、「思考を力に変える金属」ニョイニウムの補給を終え、敵のしつこい、ヤンデレのような追撃も振り切ったのだ。


 ニョイニウム採取星を襲撃を受けた、フロンデイア軍の戦力は、一時後退。ツイットキャスット宙域に集結し、反転攻勢する絵を描いていた。



 ――しかし、ハコビ・タクナイの進む先には――



「ん!? 伏兵か!?」

 戦艦ハコビ・タクナイのブリッジで、艦長キモイキモイが、指揮シートをガタリと揺らした。


 後退行動において、ハコビ・タクナイは後発であった。


 先発していた仲間の艦艇を攻撃していた敵戦力が、反転してきたのだろうか?


 レーダーには、やたらと大きな光点が一つ、ぼやっとした状態でプロットされていた。


 メガネを外して遠くの光点を見ると、やたらぼやりと、複雑な模様の大きな点に見える。


 そんな感じの点だ。


「何かおかしいぞ……カントムを前方に出して警戒。慎重に、『偵察』と『受け』を旨として行動するように」

 キモイキモイの指令が飛ぶ。


 哲学少年、コムロ・テツがカントムに取り付き、コックピットに潜る。


「気をつけてね!」

 幼馴染の少女、モラウ・ボウの激励。彼女が握ったニョイ・ボウは「Φ! Φ!」と音を発した。


 ドーン!


 ドーン!


 モラウの激高。


 Φが数学記号の「ファイ」であることを前提とした音を出した、彼女が握るニョイ・ボウに対してだ。

 

 モラウは苛立ちを込めてニョイ・ボウをニョイっと握る。


 ニョイーーーーン


 ニョイーーーーン


 ニョイ・ボウは、人をしてアルファ波を発生せしめる音を発する。モラウはリラックス。


 ――


 ドシュウーー!! 


 機動哲学先生モビル・ティーチャーカントムが、コムロを載せて出撃した。



「コムロ君、頼もしくなったものですね」

 遠ざかるカントムをモニター越しに見ながら、艦長に次ぐナンバー2である副官、「ビヨンド・ダ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーン」がボソリとつぶやいた。


「全くだ」

 そう短く応じるキモイキモイも、両腕を組んでモニターを見やり、語を継いだ。


「……さて……どうくる?」


 ◆


 発進したカントムは、母艦から弧を描くようなコースで前に出た。


 ハコビ・タクナイのレーダーに映った謎の大きな光点が敵である場合を想定したのだ。


 カントムが直進する行動線の背後にハコビ・タクナイが居ることをごまかす事と、カントムとハコビ・タクナイとでこれを挟撃するチャンスを得るため。それが意図だった。


 徐々に近づきつつある対象。


機動哲学先生モビル・ティーチャーでは、あるようだが、何やらよく分からない』

 カントム先生がそう分析する。

 

「微妙な分析ですね、先生」

 と、コムロは前進の速度をゆるめた。対象の得体が知れない。


 ……


 事態は突然に動いた。


 ズドドドドドドドド!シュドドドドドド


 凄まじいスラスター音。


 それまで、ゆっくりと動いていた対象敵?が、突然、凄まじい速度で突進してきたのだ。



「来たぞ!」

 通信機器越しで、カントムのコックピットに響く、艦長キモイキモイの声。


「知ってます!」

 身構えるコムロ。


 そして――



 揺らめく宇宙。


 その背後に、虚空から突如現れる、スラスターの軌跡。


「コムロ! 後ろに居るぞ!」

 艦長の声はいっそう鋭くなった。


「知ってます! はっ! 迷彩!? それは知らない!」

 コムロが艦長に回答。その際、彼は気づいた。


 ――ニョイニウムをシート状に成形し、迷彩として使用する。


 そんな使い方があるとは、コムロには考察できていなかった。


『対象を外側から覆い、原初状態へと還元させる……』

「無知のヴェールは知ってます! カントム先生!」


 ――かつてのヒューマン哲学者、ロールズが唱えた「無知のヴェール」論だ。


 コムロは、即座に暫定対応。


 ズザッ!


 カントムがア・プリオリ・ブレードを抜刀。ライフル形状に変化させ、モニュモニュと発砲。


 モニュ! モニュ!『なんだチミは モニュ! モニュ!なんだチミは モニュ! モニュ!なんだチミは』


 オモイツイタ! ―風穴の音― 


 オモイツイタ! ―風穴の音― 


 オモイツイタ! ―風穴の音― 

   

 カントムの発砲が近づく対象の「迷彩」に風穴を開ける。



 ――空気の存在しない宇宙空間に風は吹かないので、単なる穴だ。


 しかしそれを言い出すと、宇宙空間で音が出るのも、謎となる。


 この問いに、かつてのヒューマン映画監督ジョージ・ルーカスは、こう答えた。


「私の宇宙では、出るんだよ」と。


 

 これに従い、「穴」ではなく、「風穴」が、近づく対象の「迷彩」に開いた。


 その後ろに見えるのは――



 予想通り、機動哲学先生モビル・ティーチャーのシルエットの一部。


 通信に応じない、迷彩で姿を隠した突撃だ。味方であるはずがない。



 ズドドドドドド! 急加速―急加速―急加速 


 勢いパワー負けしないように、カントムもスラスターを急速にふかす。


 ア・プリオリ・ライフルの弾では、近づく対象の突進は止まらない!



 ――みるみると距離が縮まる。


 カントムは、ライフルをブレードへと変形。


 近づく敵を、右上から左下へと袈裟斬りにすべく、ブレードを振り上げる。


「くおおおお!」


 コムロの気合いカントムの出力に影響無しとともに、振り下ろされるア・プリオリ・ブレード。


 純粋理性の「青」が、黒の空間に弧を描く。


 描かれた青い弧が、


 敵を、

 

 敵のシート状迷彩ごと……


 ――



 ニュキィィィィィィン!



「なっ!」

 驚くコムロ。


 蒼きブレードにより霧散した敵のシート状迷彩の、その奥にいた機動哲学先生モビル・ティーチャーが備えていた物。


 漆黒の宇宙に溶け込む、黒い「盾」であった。


 敵機動哲学先生モビル・ティーチャーは、その両腕を体の前でハの字にしガード・スタンス、「漆黒の盾」に力を集中。 


 していた。


 そして――


「さ、3体!」 ―コムロの驚き― 


 カントムの蒼きア・プリオリ・ブレードを漆黒の盾で受け止めた敵の、から。


 、そして、へと――


 ドドドドドド! 急加速―展開 

 

 さらに2体の機動哲学先生モビル・ティーチャーが、


 弧の軌跡を描いて、突入してきた。


 ―続く―

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