16 白紙の心


 訓練シートには、少女が腰掛けていた。


 実際の戦闘でもないのに、訓練生用の、薄い水色のパイロット・スーツを律儀に着用している。


「えい」

 肘が内側に入った操縦桿の操作。

 その反動で、少女のセミロングの黒髪が、ふわりと揺れる。

 モニター画面を見つめる、くりっとした目は、真剣だった。


 シミュレーターによる模擬戦。


 少女は敵の模擬艦を、お行儀よく、安定して倒していく。

 機動哲学先生モビル・ティーチャーとの対話の繋がりもスムーズだ。


 どちらかというと、「聞き専」に近い感じがする。


 しかし、機動哲学先生モビル・ティーチャーの話の、「引き出し方」がうまい。


「プティ、いい調子だな」

 シミュレーターの外から、シューが言う。


「先生。知らない事が、たくさんで……」

 と、操縦桿を握る少女。


「私は先生ではない」

 シューは即座に否定した。


「先生は、君が座ったそのシートに接続された、金属の塊だ」

 そう説明する。


「あたしにとっては、みんなが先生で……」

 自信なさげに言う、セミロングの髪の少女。


 そう言う彼女の戦果は上々であった。


 シミュレーターでの結果ではあるが、戦艦を3隻、機動哲学先生モビル・ティーチャーを1機、撃墜している。


(何も知らない方が、好奇心を刺激することもあるからな……)


 シューは、シートに座るセミロングの少女の生徒搭乗者スチューロット適性を、そう考えていた。


 機動哲学先生モビル・ティーチャーを形成するニョイニウムの力。


 それを有効に引き出すには、膨大な思考が必要だ。


 そして、今持った知識を元に思考するだけが、能ではない。


 「知らないがゆえの好奇心」は、思考を回す起爆剤となるのだ。


「どこか、直すべき所がありますか? ……ええっと……せんぱい?」 

 シミュレーションを終えたプティは、シートを90度回転させ、シューを上目遣いで見つめ、聞いてきた。


「先輩と呼ぶのはまだ早いな。正規パイロットの選考結果が、まだ出ていないのだから」

 と、シューは、わざとつっけんどんに答えた。


「あ、そうでした」

 そういって笑う、黒髪の少女。


 くりっとした目が、屈託のない笑みでぎゅっとつぶられた。


 その目に、シューは見覚えがあるような気がした。


 しばし、昔に。


 ◆


 紅い戦艦『ヤンデレン』は、フロンデイア軍の奇襲の恐れの無い宙域まで、後退していた。


 戦艦に備えられた機動哲学先生モビル・ティーチャーは2体いたが、どちらも出撃可能状態にはない。


 フランスのヒューマン哲学者「ルネ・デカルト」の名を冠する「デカルトン」は現在、思考の網に囚われ、そこから出てこない。


 イギリス経験論のヒューマン哲学者「ディヴィッド・ヒューム」の名を冠する「ヒュームリオン」は、敵の新兵器新概念「ア・ポステリオリ・ブレード」に、機体の中央をやられていた。目下修復中である。


 どちらも、敵の新型機動哲学先生モビル・ティーチャーに対して敗北を喫していた。


 遊撃の戦力を一時的に失った戦艦ヤンデレンは、現在、補給ラインに載っている。


 その戦艦の簡素な一室。

 指揮シートに座る人物に、シュー・トミトクルはいつものように報告に訪れたのだが……


「そろそろ、あわてたらどうだ!」

 いつも冷静な指揮官、サン・キューイチにしては珍しく、激しい剣幕での叱責。


「一休みして、落ち着いて対応する」が、サンの口癖であったはずだが、前線を外される事態までは、彼は想定していなかったのだろう。


 スタジオズブズブのアニメ映画「仏の顔もサンドマディ」の主人公、サンドマディのように、ぎゅっと眉をしかめたサン・キューイチ。


「……まことに申し訳ございません」

 結果を出せていない事を、シューは自覚していた。素直に謝罪する。


「先日話していた追加の機動哲学先生モビル・ティーチャー『ロックウェル』が着任する。しかしその生徒搭乗者スチューロットについては一考する」


 そして、サン・キューイチこと一考さんは、今後の対応について、「とんち」と称して、シュー・トミトクルに告げた。


「……1機でだめなら、2機にすればいいじゃない」と。


 ◆


 紅い戦艦「ヤンデレン」は補給ドッグに収容されていた。


 ドッグでは、機関にリストされた多数の生徒搭乗者スチューロットの候補生のうち、既に数名まで、絞り込みがかけられていた。


 その中から1人、正式採用者が決まる。


 正式採用者は、この補給ドッグから、戦艦「ヤンデレン」へと籍が移され、新しく赴任する機動哲学先生モビル・ティーチャー「ロックウェル」に搭乗することが決まっていた。


「思考レベルの高い生徒搭乗者スチューロットを載せた機体を、複数機展開する」

 それが、司令官サン・キューイチの「とんち」。


 ――とんちというより、正攻法に思われる。


 現役生徒搭乗者スチューロットのシュー・トミトクルは、自分と組むことになるであろう後輩の見聞に来たのであった。


 そこでシューが目撃したのが、プティの良好な仕上がり具合。


 他の候補生もなかなか優秀で、いずれ他の戦艦への配属が決まるだろう。


 しかし、「ロックウェル」に載せる生徒搭乗者スチューロットとしては、プティという少女が適任のように思われた。


 視察を終えたシューが、戦艦ヤンデレンに戻ろうとすると、生徒搭乗者スチューロットの候補生の男が、おにぎりの敬礼をして近寄ってきた。


 その目に、自信――あるいは過信――の色がある事に、シューは気づいた。


「私めも、是非とも、シュー殿と一緒に敵と戦いたいと考えます!」

 威勢の良い口調。


「楽しみなことだな。そうなれるよう、選抜結果を期待している」

 シンプルにそう返して、おにぎりの敬礼を返すシュー。


 そして、ドッグ内部と戦艦ヤンデレンとをつなぐ係留タラップに乗り、戦艦へと戻っていく。


(まぁ……現実にはならないだろうがな)


 そう思いながら、戦艦内の自室へと、シューは向かった。


 先程の男。


 中々優秀なようではある。シミュレーションの戦果も及第点だ。


 ただ、これといった特徴というか、見どころが見えない。


 マイケノレ・サンデノレ隊のような、「計算通りに結果を出す」タイプの部隊の方が、彼には合っているだろう。

 

 シューはそう考えた。


 マイケノレ隊の編成思想は「思考力はともかく数」であったが、この編成は敵の1機の機動哲学先生モビル・ティーチャーにあっさりと退けられた。


 しかしこれは、機動哲学先生モビル・ティーチャーマイケノレ・サンデノレが、劣っていたというわけではない。

 

 実際、マイケノレ隊は、通常の戦闘においては、期待通りの戦果をあげていた。


 編成思想の問題、もっと言うと、「載せる生徒搭乗者スチューロットの思考力、相性」の問題なのであった。


(相性か……)


 戦艦ヤンデレンの自室に戻ってきたシュー・トミトクルは、ベッドに横になりながら考えた。


(『タブラ・ラサ』……プティにはうってつけの思想かも……しれないな)


 試験を経た、正規パイロットの最終決定の告示は明後日と決まっている。


 しかしシューは、既に、確定事項のように考えていた。


 あの、くりっとした目の少女は、自分の後輩として、戦艦ヤンデレンに赴任転校してくるであろうと。



 ――機動哲学先生モビル・ティーチャー「ロックウェル」は、かつてのヒューマン哲学者、ジョン・ロックの名を冠する、金属の塊だ。


 イギリス経験論者の一人であるジョン・ロックは、知性の探求を重んじたヒューマン哲学者である。


 「人の心は、白紙状態タブラ・ラサのようなものだ」とジョン・ロックは唱えた。


 人が生まれ育ち、経験を積むごとに、その白紙の心には、絵の具で塗ったように、観念が蓄積されていく。


 白い皿に、ソースでキュッと彩りを描くように。


 シューが好む考え方であった。

 

 おそらく、「ヒュームリオン」に続き「ロックウェル」にシューが搭乗した場合も、思考の相性は良好であっただろう。


 しかし――


(あの後輩なら、自分よりもうまく、ロックウェルの力を引き出せるかもしれない)  

 シューはそう考えた。


 まさにこれから、色々な事を経験していくであろう、


 妹セシルによく似た目を持つ、あの少女ならば――。


 ―続く―

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