15 ア・ポステリオリの力 (第一部最終話)



 ヒュームリオンの両手から、電光石火で打ち出される懐疑ボールおまんじゅう


 コムロは止めようとするが――

 

(間に合わない!)

 コムロの反応速度は、人間のそれであった。


 コムロの脳裏には、懐疑ボールおまんじゅうの更なる直撃を受け、爆発炎上するハコビ・タクナイのイメージが浮かんだ。


 ヒュームリオンから放たれた凶悪なエネルギーボールは、カントムの横をすり抜け、戦艦ハコビ・タクナイへと――



 プショ! プショプショ!


 ドゴゴオ爆発――ドゴゴオ爆発――オオオン爆発


 

 プショプショ!


 ドゴゴオ爆発――オアン!爆発



『ほう!』

「なッ!」


 ヒュームリオンと、それに乗るシュー・トミトクルの声がユニゾンしたこの時ばかりは


 存在そのものを否定するような懐疑ボールおまんじゅうをぶつ切りにされ、炸裂したソレが、宇宙空間に巨大な花火を出現させる。



 ドンッ! ドッドドドドオオオオ!  至近距離の爆発  



「ぐううううう!」

 激しく揺れる、カントムの機体。


 コムロはパイロット・ベルトを締めていたが、前後左右に振られてコムロ・シェイクバニラ味状態。



「なにがあったというのだ!」

 必中必殺の自信を込めて放った懐疑ボールおまんじゅうを全て撃ち落とされ、シュー・トミトクルは狼狽した。


 撃墜は、間に合わなかったはずだ。


 それは、コムロの力ではなく――


「カントム……先生?」

 コムロのその問いに、彼が搭乗する「ニョイニウムの塊」が、ブレードを携え、答えた。



『ア・・ブレード』

 


 純粋理性を示す「青」から、経験を示す「紫」へ。



――「後天的な」「経験的な」を意味する概念「ア・ポステリオリ(a posteriori)」。


――「先験的な」「超越的な」を意味する概念「ア・プリオリ(a priori)」の、「対」になる哲学概念。


――その意を冠する、紫色の棒状物体。それが、ア・ポステリオリ・ブレードだった。




「カントが、経験論だと!」

 シューはそう叫んだ。懐疑ボールおまんじゅうを更に投げつける、ヒュームリオン。



 ン”ン”ン”ーッ!


 プショ! プショプショ!


 ドゴゴオ爆発――ドゴゴオ爆発――オオオン爆発



 コムロがその撃墜指示の問答を始めるよりも早く、カントムは凄まじい速度で機動。迫り来る懐疑ボールおまんじゅうを、紫色のア・ポステリオリ・ブレード  5人兄弟で等分する  切り分ける方法あるかな?



おかしいだろ!  Why?   どういうことだ!philosophy teacher!

 狼狽するシュー。


『カントも、経験論に基づくか……』

 冷静にコメントする、ヒュームリオン。



 ――そうなのだ。

 

 かつてのヒューマン哲学者イマヌエル・カントは、イギリス経験論のヒューマン哲学者ディヴィッド・ヒュームの哲学に出会い、『独断のまどろみから目覚めた』と述懐した。そして彼は、「ヒュームの超克」の旨を宣言したのだった。

 

 カントの著書『プロレゴメナ』において。


 しかし、ならばどうして、「経験の力」であるア・ポステリオリ・ブレードなのか?


 経験的ア・ポステリオリではなく、先見的ア・プリオリな綜合判断についての探求が、カント哲学の真髄ではなかったのか?


 自らも『コックでもわかる哲学入門』を電子出版した、パティシエ上がりの青年、シュー・トミトクルが、混乱するのも仕方のない事だったのかもしれない。


 この問いに新しい紫ブレードを機動哲学先生カントムが答えたこの期に及んで出してきた

『我は、イマヌエル・カントではない』


「なに?」と、シュー・トミトクル。


『イマヌエル・カントは、我がにすぎない』

「では、貴様は一体なんだ!」


 ◆

 

 コムロは、カントムの回答を予期していた。


 自分が初めてカントムに搭乗した時、ニョイニウムの塊は問うた。


『我は、何者ぞ』と。


 コムロは答えた。


「汝は、哲学的ゾンビなり!」と。



 <外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験(クオリア)を全く持っていない人間> 


 それが、哲学的ゾンビの定義。


 人の思考に応じて形を変えたり、変な音を発したりするこのニョイニウムの塊が、っているとは、正直コムロには思えなかった。


 だが、そう答えたコムロにカントムは応え、コムロをここまで導いてきたのだ。


 そして、カントムの回答。

 

 ――コムロ・小難しい口のテツ哲学少年も予想していなかった答えが、そこにあった。



『我は、先生ティーチャー



「え?」

「え?」


 3度ずらしでハモる、コムロ・テツ、および、シュー・トミトクル。


 そして数瞬、2人は言葉を失った。



 ――あまりにも自明な回答。


 そもそも、次世代の指導者を育てる金属の塊「ティーチャー」を武装化したのが、機動哲学先生モビル・ティーチャーである。



「な、何をあたりまえの事を!」

 シュー・トミトクルは、自分が愚弄されたかのように激高した。


 カントムは、再び答えた。

『教師である我もしたのだ。一人の少女が、我の生徒スチューデントとなることを』


「な、なにを言って……」

 困惑を隠せない、シュー・トミトクル。


『ふむ。ほどなるほどなる』

 謎の業界用語的に、納得気な声を出す、ヒュームリオン。


 そして、カントム。

『我が、2人目の生徒スチューデント、モラウ・ボウ』


 ――それは、以前、悩むコムロの代わりに出撃し、シューが駆る機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンに、ボウではなくゼツボウ絶望をもらいそうになった、コムロの幼馴染の少女の名前だった。


 ◆


「わ、私?」


 懐疑ボールおまんじゅう懐疑破壊対象となっていた戦艦ハコビ・タクナイのブリッジでは、思わず右手を口にあて、オロオロキョロキョロとする、通信士担当のモラウ・ボウの姿があった。


 彼女の握ったニョイニウム製の棒、ニョイ・ボウが、


 ニョ? ニョ? ニョ?


 と、のように混乱した音を発した。


 ――にょらいクンは、「ニョニョー!」が口癖の、かつてのテレビタレントで、頭に如来の縫いぐるみを被った芸能人だった。


 ◆


『我に搭乗し、議論を交わした人間。それは、操縦者パイロットである以前に、我が愛すべき、守るべき、生徒スチューデントなのだ』


 カントムが、息漏れのある癒やし低音ボイスで語る。


 ―― ――


「な! ……るほど。そういう――ことか!」


 ピカカキ! ピカカキ!


 コムロの理解が、カントムのニョイニウムを鳴らす。


 ―― ――


仮言命法か!もし~ならば、の条件付きの行動 自律でも、綜合判断でもないではないか!」


 ナンダヨウ! ナンダヨウ! 


 シューの苛立ちが、ヒュームリオンのニョイニウムを鳴らす。

 

 ―― ――


「私に分かる言葉でしゃべりなさいよ!」


 ドーン! ドーン! 


 モラウ・ボウの激高が、その手のニョイ・ボウを鳴らす。


 ―― ――



『生徒を守る。それは、哲学者以前の、としての、当然の我が日課である。……散歩と同様に』 


 穏やかな低音ボイスのカントム。


 ――かつてのヒューマン哲学者、イマヌエル・カントは、毎日決まった時間の散歩を欠かさず行っていたと言われている。



「……ふ、ふはは! いいだろう! 分かったよ!」

 しばしうなだれ、沈黙していたシュー・トミトクルは、顔を上げ、笑った。


「経験と、経験の勝負か! それならば負けん!」

 シュー・トミトクルは気合いを入れ、フットペダルを踏んだ。



 ――パティシエ時代の苦い経験。


 ――今は後方で考え事にふけっているはずの機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンで、カントムに挑んだ経験。


 ――新たな機動哲学先生モビル・ティーチャーヒュームリオンとの議論。


 彼のこれまでの経験を、ペダルに込めるように。


 ドッシュウウウウウウ!


 前進するヒュームリオンの手には――懐疑ボールおまんじゅう



 接近戦には剣が有効であろう。


 しかし、シューがこの新しい機動哲学先生モビル・ティーチャーヒュームリオンと議論を交わした時、「剣」も「銃」も、ヒュームリオンに拒否されたのだ。


 それを徹底する。


 素手におまんじゅう。


 ただし、「巨大な」。


 既に、カントムの口に入るサイズを軽々と凌駕するほどに溜められたエネルギーボールを両手に持ち、それぞれ振り回す。


 ――いじめられっ子がキレたときのように。


 そのスピードは凄まじく、本来は球体であるはずの巨大なおまんじゅうが、バットに当たった瞬間の野球ボールのように、にょんにょんとひしゃげた。



「正しい経験は、1つじゃないだろ!」

 コムロは、カントムと共に立ち向かう。


 ――偉大な敵手に。


 紫色のア・ポステリオリ・ブレードを、携えて。「カントム」が


 ピポポポポポッ!  構え  



 プモッ! ガード  ドッシュッ! 瞬間逆噴射  ふおっ! 間稼ぎ  プョンッ! 正面打ち  プミョンッ!  斬り上げ   くるりんぱっ!横回転。回避 プモッ! ガード  シュルリン! 受け流し  ポムポムノキ!  前蹴り   ジュドオオオ! 全力スラスター  



 ブレードを突き立て、突進するカントム。


 迎え撃つ、ヒュームリオン。



 ――コムロもまた、経験しながら思考を進めてきたのだ。


 彼は、圧倒的多数のマイケノレ・サンデノレ隊を経験した。


 人を死に追いやる「戦争」について、悩んだ。


 モラウを救いたいと思った。


 etc.


 これらの経験は、決して、シューに劣っているとは思えない。

 

 積み重ねた経験ア・ポステリオリ vs 積み重ねた経験ア・ポステリオリ


 その先にあるのは


 ――「思考総量」の勝負。


 その点で、コムロに一日の長があった。


 シューは機体の乗換えをしたばかり。いかにヒュームリオンが高出力機体であると言え。


 それは、経験から生じる、生徒搭乗者スチューロット機動哲学先生モビル・ティーチャーとの伝達効率意思疎通の問題。



「うおおおおおおお!」―思考に直結しない叫び―


 

 衝突する、ヒュームリオン左手の巨大な懐疑ボールおまんじゅうと、カントムが突き出すア・ポステリオリ・ブレードの先端。


 ヒュームリオン右手の、もうひとつの巨大な懐疑ボールおまんじゅう?が、カントム左側面のスキを狙っていた。


 そして、ブレードによる突きの勢いをコマ送りのように吸収すべく、ヒュームリオンの巨大な懐疑ボールおまんじゅう!が後ろに引かれ始め――


 つるん!


 刃を返すようにして、カントムはブレードの軌道を変える。


 カントムは、ヒュームリオン右手のカウンター攻撃を、体をよじりながらかわしつつ……


 ――ヒュームリオンの機体の……内側へと――



 グッヒョオ!カントムがスラスター突進 



「しっ、しまっ……」  焦るシュー  


 ――さくさくっ。


 カントムが突きだした刃が、ヒュームリオンに届いた。

 

『なんじゃあこりゃあ』

 ヒュームリオンは、胸元をやられた時のお約束を、として知っていたようであった。


「チッ! まずい!」

 短く舌打ちするシュー・トミトクル。


 プンプンプンプンプン! 頭部小おまんじゅう?斉射 


 ボッシュウウウウウウウ!  スラスター逆噴射  


 ンンンンン…… ズオッ!


 ヒュームリオンは、頭部の小さな懐疑ボールおまんじゅうを、顔を左右にブンブンふりながら発射してカントムを牽制。


 同時にスラスター。


 刺さった紫色のア・ポステリオリ・ブレード  経験が化体した剣  を強引に抜き、撤退を開始する、ヒュームリオン。


 ◆


 カントムは、ヒュームリオンを途中まで追走した。


 ――戦艦ハコビ・タクナイとの距離が離れるまで。


「よし、もう大丈夫だ、と思う」

 コムロは、敵とハコビ・タクナイとの距離が充分に開いたことを確認し、カントムをUターンさせた。帰還コースだ。


 ◆


 帰途につく、ヒュームリオン。


 スペック、機において優っていたはずであった。


「また……やられたか」

 シュー・トミトクルは、損傷箇所をモニターでチェックした。


 結果、撤退の判断は正しかった。


 戦闘継続は困難なダメージだったのだ。


『さすがに、この損傷状態は危険だ。爆発が懸念される』

 そう言うヒュームリオン。


「先生。損傷と爆発との間の因果関係も、ヒューム的には否定されるのでは?」

 皮肉のように、そう聞く。


因果の話だ』

 と、冷静なヒュームリオン。


 シューは、ため息を1つ。


「敵は――純粋理性  本質に  に、経験論まで  実存が  身に付けた  先立つ  のか。恐ろしい相手 サルトル的に言うと だ……」


 ―続く―

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