09 我思う、故に我あり。その外側とか
ポーロリー!
デカルトンの、宇宙を切り裂くような斬撃により、カントムの右腕が切り落とされた。
『ぐえええええ!』
「キャアアア!」モラウ・ボウの悲鳴が響く。
「モラウ!」
戦艦ハコビ・タクナイのブリッジにいるコムロも、叫んでいた。
コムロの手はきつく握られ、ぷるぷると震えていた。
―仮に、ニョイ・ボウを握っていたとしたら、どのような音が出ただろうか?
「最後まで調理してやる! 投降する気が無いならな!」
敵軍の
『ブオン』
『ブオン』
「どうだ! 死に至る病の味は!」
「またそれ! 絶望っていうんでしょ! 私は絶望なんかしてない!」
精一杯の強気で返す、モラウ・ボウ。
シューは、一笑に付す。
「学習レベルの低い奴め! 自分が絶望していることにすら気づかないとは! 『弱さの絶望』如きが!」
「何言ってるの!」
ドーン!
ドーン!
――かつてのヒューマン哲学者、キルケゴールは、絶望には3種類あると唱えた。
(1)絶望して、自己をもっていることを意識していない場合
(2)絶望して、自己自身であろうと欲しない場合
(3)絶望して、自己自身であろうと欲する場合
モラウは(1)の状態にあると、シューは指摘しようとしていた。
「絶望の真の観念までは持っていない状態である」と。
当然ながら、小難しい事を言われたモラウは激高する。
しかしその感情は、思考を回すものではない。戦況に何ら変化を及ぼすことは出来ない。
彼女のテンションとは裏腹に、カントムの出力は、じわじわと下がっているように感じられた。
片腕を落とされ、出力もさらに低下し、カントムは窮地に立たされていた。
「さて、投降する気が、ないのなら!」
デカルトンが、その右腕に持った「ワレモノ・ブレード」を構える。
居合い抜きのように、左の腰部のあたりにピタリと止まる、ワレモノ・ブレード。
その、
「ワレモノ……注意……」
呆然と、そう口にする、モラウ・ボウ。
――シュー・トミトクルが整備員に命じたシール「ワレモノ注意」。
出撃準備中に貼られたものと思われた。
「……え? 整備員め、貼るのは帰艦後で良かったのに! 『我の、
シュー・トミトクルは、気恥ずかしさのあまり、早口になった。
それを感知した、デカルトンを構成するニョイニウムが、
オロシタテシャッタグ―!
と、恥ずかしい音を発した。
◆
「我の……
戦艦「ハコビ・タクナイ」のブリッジで、コムロ少年は考えこむように、ブツブツと言い始めた。
「我……思う……故に……我あり……、デカルト……はっ!」
ピカカキ!
コムロに天啓が訪れた。
コムロはインカムに向かって語り始めた。
論戦の相手は――敵の、
「汝! おそらくはデカルトベースの汝!」
『……うむ?』
「やはりそうか!」
コムロは、予想が的中したことを悟った。
(デカルトなら――いけるかも――しれない!)
「かのデカルトは、『我思う故に我あり』と語ったという! そこに論点が2つある!」
『論点……?』
デカルトンが振り回していたワレモノ・ブレードが停止した。
「お、おい! デカルトン先生!?」
シュー・トミトクルは慌てた。
しかし、デカルトンは、コムロの言葉に、興味を持ったようだ。
『どのような、論点だというのか?』
デカルトンは、その場に停止しながら聞く。
「我思う故に我あり――それは真理と言っていいだろう。疑わしきものを全て捨て去った後に、残った真理」
コムロが、彼にしては低く、お腹から出るような声で、語りかける。
『その通りだ。その真理を否定できない』
デカルトンは、心持ち胸を張ったように見える。
コムロは、デカルトに対する「自らの疑問」を口にした。
「では、第1に、その真理の適用範囲は? 捨て去った多くの事項に対しても、その真理は適用できるのか?」
『うむ?』
「第2に、疑わしきものとして、かのデカルトが捨て去ってきた事項。その中に、真理が存在しないと言いきれるか?」
『ううむ……それは……』
「デカルトン先生! 敵の論戦に巻き込まれないで下さい!」
デカルトンの中で、慌てるシュー・トミトクル。
しかし……
『我の思考の、ベースの1つに関する論点なのだ……』
悩み出した途端に、その動きが止まる、デカルトン。
「せ、先生! 考え事をしている場合では!」
『重要な示唆を、今、得たところなのだ、しばし、思索にふけらせてくれ』
「な、なにをいって……」
「いまだ! モラウ! 急速後退!」
コムロの鋭い声がインカム越しに響いた。
「え、え? うん! カントム先生! 急速後退!」
『……承知……』
ドシュウーー!
モラウの指示に沿って、一直線に後退するカントム。デカルトンとの距離が開く。
「待て! 追撃・・・って、動いて! デカルトン先生!」
シュー・トミトクルは操舵レバーをガチャガチャ、フットペダルをフミフミするが、デカルトンは動かない。
『ぬうう……、うーーむ……、しかし……、この観点からすると……』
『数学と同様、真理の土台をまず発見し、そこから出発するという着想には、問題が無いが……』
『その土台が適用できる範囲は……』
『除外した部分には……』
「……だめだ。完全に、思考モードに切り替わってしまっている……これだから哲学者は!」
シュー・トミトクルは苛立ち、右手の握りこぶしで、自分の太ももを何度も叩いた。
そこに、追い打ちのように、戦艦「ハコビ・タクナイ」から、レーザー砲が斉射された。
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
「……このままではやられるな。しかたない、引こう。デカルトン先生! 戦艦に戻って、じっくり考えれば良いです」
『……それならば、承知した』
「……まったく、扱いづらいなぁ……」
カントムに合わせて、デカルトンも後退を始めた。
こうして、モラウ・ボウを載せたカントムは、片腕を失いつつも、戦艦ハコビ・タクナイへの生還を果たした。
―続く―
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