08 カントム、枯渇。もっと思考を!
イマヌエル形態から戦闘形態へとモーフィング変形しつつ、ベルトコンベア式床を移動する、カントム。
そこに向かっているのは、少女、モラウ・ボウだった。
艦長から拝借したキック・ボードは、戦艦の遠心重力ブロックまでの使用だ。
キック・ボードを駐輪スペースにガチャリと係留したかったが、あいにく全て埋まっていた。
「ごめんなさい!」
モラウはそう言って、艦長から拝借したキック・ボードを、他の駐輪済みキック・ボードの間に突っ込んで、置き去りにする。
―自転車ならば、違反で撤去の後、1000フィロソ〜5000フィロソの罰金、もしくは、どこかに売り飛ばされる運命をたどる行為である。しかし、今は非常時。
無重力ブロックに入ってからは、基本は地面を蹴って移動。移動用の射出棒もうまく使う。
戦艦のクルー達は、早朝の敵襲に慌てていたようだ。疾走するモラウ・ボウに奇異の眼差しを向ける者もいたが、それぞれ、自分のタスクで手一杯であった。
モラウ・ボウはそのままカントムのコックピットに潜り込み、火を灯す。
「!! カントム、起動しました!」
オペレーターからの報告をインカム越しに受け取った艦長、キモイキモイは、モラウを追う途中の通路で目を丸くした。
「誰が動かした!?」
「カントム内モニター確認……モラウ・ボウです!」
「なんだって!」
一度火が入ってからのカントムは、本来ならば、動き出すまで時間がかかる。
しかしモラウは、その手順をショートカットしての緊急発進を試みているらしい。
自らの足で走りながら、ブリッジ経由の通信を使い、カントムの中にいるモラウとの対話を試みる、キモイキモイ。焦りで、息がハアハアと荒い。
「モラウ! 危ないだろう! カントムから降りるんだ! ハアハア!」
――息遣いこそ多少キモいが、発言は正論だ。
「コムロが貯め込んだエネルギーがあるんでしょ! 私の方が、カントムと話が噛み合ってるし!」
「そんなに簡単じゃない! 操縦だって初めてだろう! ハアハア!」
「コムロの近くで、訓練を見てたわ! それに、自動操縦モードもあるんでしょ!」
「それはそうだが! ハアハア!」
艦長の静止を聞かず、モラウボ・ボウは、戦艦から急速発進していった。
――戦艦ハコビ・タクナイ自体は、発進シーケンスはスムーズであった。
――運びたく、ないのであろう。
◆
モラウ・ボウの出撃から2分前――
(社会契約説だというなら、戦争で人を殺すのも、契約のうちなのか? そんな合意、僕ははした覚えは無い。そもそも、僕が生まれた時から、社会があったじゃないか。どうやって、生まれる前に契約できるっていうんだ……)
「コムロ! モラウがカントムで出撃しようとしている! ハアハア!」
BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)の中に、キモイキモイからの通信が響く。
――「ハアハア!」の部分が、最もハッキリ聞こえた。
(!! モラウが!?)
コムロはガバッと飛び起きる。
そのとき丁度、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)のアラームが鳴った。チャージャーと、カントムの機体との接続が、解除された事を示すアラームだった。
(しゅ、出撃? 本気か!?)
コムロは慌てて、チャージャーの内鍵をアンロックすると、通路に踊り出て走り始めた。
コムロが射出台の近くに着くと、カントムが発進したちょうど後だった。
ドシュウウウウウ! というスラスターの軌跡が、虚空に消えていく。
すぐそこには、いまいましげに右手の拳で、ハンマーのように壁を叩く、艦長キモイキモイが見えた。
「艦長?」
キモイキモイはコムロに気づくと、つかつかと歩み寄り
バシーン!
コムロの左の頬が叩かれた。
コムロの脳内には、小さい頃にモラウと遊んだゲーム「ウニウニパニック」が走馬灯のように去来していた。
キモイキモイ艦長のビンタは、「イテーッ!」と言ってウニが後退する、素手ハンマーの勢いを超えるほどであった。しかし、素手でウニを叩いたら、叩く側も「イテーッ!」となるのは自明である。
―他者を攻撃するとはそういうことなのだ。
「貴様がモタモタと考えているから、こんなことになったのだ!」
コムロは黙って、右側の頬を差し出した。
非暴力・不服従。
バシーン!
今度は、コムロの右の頬が叩かれた。
コムロの脳内には、小さい頃にモラウと遊んだゲーム「ウニウニパニック」が走馬灯のように去来していた。
キモイキモイ艦長のビンタは、「イテーッ!」と言ってウニが後退する、素手ハンマーの勢いを超えるほどであった。しかし、素手でウニを叩いたら、叩く側も「イテーッ!」となるのは自明である。
―他者を攻撃するとはそういうことなのだ。
「艦長――僕は、どうすれば?」
「とりあえず、私とブリッジに来い。モラウを説得して、帰還させるんだ。その後に艦を急速後退させる」
「わ、わかりました」
そう言って、二人はブリッジに急いだ。
◆
発進と同時に宇宙空間に放り出されたモラウ・ボウとカントム。乗った
「……自動で動けるのは、正直助かるわ」
全て手動で操るのは、熟練の
発進して1分後――
スヌーズ機能が働き、
『我は何者ぞ』
「ロボットでしょ? それ以外のなんだっていうのよ」
『我は、単なるロボットではない』
ドーン!
ドーン!
「知らないっての! ロボットとして行動して! ロボットなんだから!」
『……承知した』
――どうやら、カントムの問いに対して、「哲学的ゾンビ」というキーワードを提示しなくても、それなりに行動はしてもらえるようだ。
◆
そこに、マイケノレ・サンデノレ隊のおよそ3倍のスピードで接近する敵。
ノーマル・コック・ボウをかぶった青年、シュー・トミトクルが駆る、
「見つけたぞ! この前の借りを、返してやる!」
シュー・トミトクルは、そう言ってカントムへ向かい突撃してきた。
「はっ! 敵?」
左斜め前方からの接近を知らせるカントムのアラームが、ダッフン! ダッフン! と響いた。
「カントム! 迎撃! 突撃してくる相手を、この前の、一番硬いボウで!」
『この前とは?』
「アプリなんとかってのがあったでしょ! 覚えてないの?」
『ア・プリオリ・ブレードのことか?』
「それ! それを出して、それで敵を斬る! 真っ二つに!」
『それは、自律的な行動とい……』
「ごちゃごちゃ言わずに行動する!」
『……それは、自律的な行動と……承知……』
◆
「うお! 敵もなかなか、対応が早いな!
デカルトンを駆るシュー・トミトクルは、そう言って感嘆した。
「しかし……この遠距離でブレードとは! 敵の
そう嘲笑しながら、シューは、自らが乗る
「デカルトン! ワレモノを、相手に向けて発砲!」
『ワレモノとは、我そのもの、のことか?』
「……そっちじゃなくて! 我の『
『ワレモノ・ライフルのことだな』
「わかってるじゃないか! それ! 敵に向けて撃ちまくりつつ肉薄!」
『肉とは? 前方にいる対象は、肉ではなく金属で組成されているようだが……』
「ああもう!」
遠距離でのワレモノ・ライフル発砲を試みたシュー・トミトクルのあては、外れた。
疑い深いデカルトンとの意思疎通をどうにか確立している間に、デカルトンとカントムの距離は接近。すでに、射撃用武器から、接近戦用武器の間合いへと移行していた。
「しょうがない! ワレモノを、斬る為の武器として用途変更! つるぎとしての我だ!」
『時に、我がスチューロット、シューよ。実存と、本質では、どちらが勝るのだろうか?』
「こんな時に、サルトルかよ!」
―かつてのフランスのヒューマン哲学者、ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルは、「実存主義」を唱えた。
実存と本質とは、どちらが先か? という問いだ。
例えば、はさみは、「切る」という用途が先にあって、その機能を実装するために、はさみが製造される。
つまり、はさみの場合、
一方、人間はどうだろうか?
先に、「用途」が定められて、生まれてきたのだろうか?
我思う故に我ありの「ワレモノ」の場合は、どちらが先だろうか?
少なくとも、用途が変わるこの武器は、実存が先と言えるかもしれない。
「カントム先生! 応戦!」
『……承知……』
コムロの夜通しの蓄積思考エネルギーが載ったア・プリオリ・ブレード
vs
サルトルの「実存主義」についての考察エネルギーが載った、ワレモノ・ブレード
「なんという出力だ!」
驚くシュー・トミトクル。
カントムとデカルトンは、互いのブレードを3合程、打ち合わせた後、スラスターによる押しあいへと移行した。
ズドドドドドドドドドドドド!
ズドドドドドドドドドドドド!
しかし、蓄積した思考力から生じる、出力に差があった。カントムの方が、スラスターからの推進剤の噴射を頑張ったのである。
「ぐ、ぐううう!」
ジリジリと押されるデカルトン。
押しこみあいで優勢なのは――カントム。
デカルトンを操縦するシュー・トミトクルは、カントムのブレードに込められた力を、斜め右上へと受け流した。
後退するデカルトン。
「押してる! カントム先生、追撃!」
『……承知……』
ドドドドシュウー!《背部スラスター開放》
少し距離が開いたデカルトンへと突進し、間合いを詰めるカントム。
モラウは、全てをカントム先生に任せた。
「このまま追い返す! この、目の前の敵を!」
◆
ハア! ハア!
息を切らせながら、戦艦「ハコビ・タクナイ」のブリッジに戻った、艦長のキモイキモイと、その後に続くコムロ・テツ少年。
「艦長!」
ブリッジのクルーに、安堵の表情が満ちた。
「遅くなってすまなかった!」
そう言うキモイキモイは、ブリッジを離れていた間も、オペレーターの報告を通信機経由で聞きながら、クルーに指示を出していた。
すなわち、
・カントムからの距離が離れすぎない程度に遊弋。
・防御の態勢を整えること。特に、前方からの攻撃に備える。
・カントムへは、継続的に帰艦を呼びかける。
・カントムを収容し次第、撤退する。交戦を避けて態勢を立て直す。
以上のような方針だった。
ブリッジのクルー達の目が、気になるコムロ。
(僕が出撃していれば、モラウを危険にさらすことも無かったのに……)
(考えすぎていたのか、僕は……。しかし、人を殺める事は……)
ガシッ!
「良いか? コムロ君」
自分の思考の世界に行こうとするコムロの肩を、両手でがっしりと握ったキモイキモイの手には、大きさと、力強さがあった。
キモイキモイ艦長は、コムロの身長に合わせてすこし頭を下げ、コムロの両目をまっすぐに見つめた。
「今、君の思考は、カントムのエネルギーチャージに何ら貢献しない」
ゆっくりと、力強く、コムロに染み込ませるように話す、キモイキモイ艦長。
「考え事は、後からゆっくりでも良いんだ。だから今、君のその優秀な頭脳は、『これからどうすべきか』に使うんだ」
ブリッジに居るクルーも、艦長とコムロの方を見つめている。
小さく首を縦にふり、頷くクルーもいた。
一方、クルーの一部には、そんな艦長たちから目を背けている者もいた。
実際、カントムは敵モビル・ティーチャーに対して、目下、優勢であるように思えわれる。「このままで良いのでは?」という見方も、あり得るのだ。
カントムを形成するニョイニウムの原理を知らされていないクルーにとっては、むしろその方が自然な理解だ。
「僕は……」
コムロは呟く。
コムロがカントム先生から問われた、「自律」と「他律」の問い。
その答えは、まだ出ていない。
でも、今、優先すべきことがある。
モラウを安全に、戦艦ハコビ・タクナイまで帰艦させること。
「……通信士用のヘッドフォンを貸して下さい!」
コムロはそう言って、ヘッドフォンを借り受けた。頭に装着する。
「僕が、彼女とカントム先生を誘導して、連れ戻します!」
◆◆
ドドドドシュウー!
「帰りなさい! ここから!」
モラウの声に応じて、繰り出されるア・プリオリ・ブレード。
突進の勢いも、ブレードに乗っている。
必殺の一撃!
――に、なるはずであった。
ア・プリオリブレードが、デカルトンの「ワレモノ・ブレード」によって弾き飛ばされる。
「どういうこと!?」
モラウ・ボウは困惑していた。
「は! パワーダウンか!」
俄然、勢いを取り戻す、シュー・トミトクル。
先刻まで押され気味であったシューの引きつった表情には、笑みが戻った。
ぽむっ! ぽむっ!
デカルトンの強烈な前蹴りが、カントムに2回ヒット!
「キャアアアア!」
後ろに吹き飛ばされたカントムの中で、モラウが悲鳴を上げた。
「よし! 距離が開いた! 前進!」
前蹴りによって後方に飛ばされたカントムを追うように、距離を詰めるデカルトン。
「ワレモノ・ブレードで斬撃!」
『ブオン』
デカルトンが、耳元で囁かれたら耳が妊娠してしまうかのような声で発声した「ブオン」という音とは異なり、実際の斬撃音は、ぽにゅーんと響いた。
―
◆
「カントムの戦況は!?」
戦艦ハコビ・タクナイのブリッジで、キモイキモイ艦長が、鋭く状況確認の指示を出した。
「押されています! 直前までは圧倒していたのに!」
男性オペレーターの悲鳴のような報告。
「敵の攻撃をかろうじて回避しつつ、カントムは後退中! しかし、後退速度が遅くなっています!」
別の女性オペレーターの報告。
「蓄積した思考エネルギーが、枯渇し始めたんだ!」
キモイキモイ艦長は、状況が切迫している事に気づいた。
―これは、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)の中で、コムロが夜通し悩んでニョイニウムに蓄積したエネルギーが、切れ始めた事を意味する。
カントムを形成する金属である「ニョイニウム」は、
思考の注入無しでは、ニョイニウムは「ただの金属」に成り下がってしまう。
「まずい!」
ブリッジの傍らでコムロはそう言いながら、右手の親指を思わず噛んだ。彼の小さいころからの癖だった。
――親指は、若干の塩味だ。
キモイキモイ艦長の鋭い指示が3つ飛ぶ。
「砲手! 敵にピンポイント攻撃! 当たらなくていい! 牽制だ! 今すぐ!」
「モラウ君! カントムのエネルギーが足りない! 考え事をしつつ後退! 戦艦に帰還せよ! レーザー射撃で援護する!」
「コムロ君! モラウ君に思考をさせるんだ!」
間髪を入れず、
「ラジャー!」
砲手が即座に対応する。
「えっ? は、はい! わかりました!」
ピンチになったモラウも、艦長に従う。
「了解です!」
コムロは元からそのつもりだ。
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
シュワーーーーーー!
戦艦ハコビ・タクナイから4門のレーザー砲が発射された。
「うおっと! 当たるか!」と、シュー・トミトクル。
大した回避運動も必要とせず、デカルトンの横を通過していくレーザービーム。
当然だ。このデカルトンとカントムの距離で、デカルトンだけを狙い撃ちするなど出来ない。
(レーザーによる牽制をしながら、後退の為に、カントムに可能な限りの思考エネルギーを稼ぎだす――)
コムロ少年は、キモイキモイ艦長の指示を正しく理解していた。
「モラウ! カントム先生と、議論するんだ! エネルギーを溜める!」
インカム越しに、そう叫ぶコムロ。
「そんな小難しい事できない!」
そう、慌てるモラウ。
「いつも僕の話を聞いてるだろ! 何でもいいんだ! 考えろ!」
「わかんないよ!」
モラウのポケットに小さくまとまったニョイ・ボウが、困惑を示す「モゲゲゲゲー!」という音を発した。
「モラウ! それだ! 君にとって、ボウってなんだ!? いつも貰う、ボウの共通点は!?」
「えっ! わかんないってば! ボウはボウなの!」
「長ければボウなのか! 硬さは? ダイコンは本当にボウか? ボウを並べてくっつけたらボウか? 面か?」
「小難しい話しないでっ!」
ドーン!
ドーン!
ドーン!
ニョイニウムへの思考注入が上手くいかず、減速するカントム。
デカルトンは、その隙を逃さない。
――肉薄――
いや、
――金属薄――
「死に至る病を、喰らえ!」
シューの、勝ち誇る声が響く。
『ブオンブオン』
デカルトンの、渾身の一撃が、カントムに舞い降りた。
―続く―
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