10 開かれた、目。視力は不明
幼馴染であるコムロ・テツ少年の機転により、戦艦「ハコビ・タクナイ」にからくも帰艦することができたモラウ・ボウ。
彼女は、軍規違反で処罰されることになった。
「信賞必罰」を行わないと、指揮系統が乱れるからだ。
……とはいえ、女性に手を上げるような事はありえない。人権問題になる。
独房に入れられるのだ。
禁固日数は、以下のとおりである。
・カントムで無断出撃した点について、2日
・キモイキモイ艦長のキック・ボードを無断に使用した点で、3日。
合わせて5日間のドク・ボウ生活となるモラウ・ボウ。
もうひとつの罰は、戦後報奨金の減額。
ただし、この報奨金は「戦争に勝ち、なおかつ、生き残った場合」にしか、意味を成さない。
敗戦の場合は、報奨金の原資が残るわけが無い。
資産が残っているとは思えないし、仮に残っていたとしても、「戦後賠償」として勝者に吸い上げられるのは明白だ。
また、戦死した場合は、報奨金の貰い様が無い。
遺族がいる場合は「遺族年金」もありえるが、モラウ・ボウにはその貰い手が無い。
従って、「報奨金の減額」という罰は、特に大きなインパクトを与えるものではなかった。
「モラウ、5日間の辛抱だからね。何かあったら言って?」
ドアの小窓越しにそう声をかける、幼馴染のコムロ・テツ。
艦長のキモイキモイも、モラウ・ボウに声をかける。
「女性にこのような事はしたくないが、ルール上、受けてもらわねば困るんだ。すまないが」
「わかっています」と、部屋の中のモラウ・ボウ。
独房には鍵がかけられた。
そして、コムロ・テツと、キモイキモイは歩き出す。
……
「……すまないな。君の幼馴染に対して、この仕打ち。この艦を思っての、彼女の行動であった事は、理解はしているつもりだ」
キモイキモイ艦長が、歩きながら、ぼそりと言った
「……僕の方こそ申し訳ありません。僕がもっと早く行動していれば、こんな事にはならなかったはずです」
キモイキモイはそれには答えなかった。代わりに振った話題は、独り言めいたものだった。
「……カントムの修理を、急がなければな」
◆
キモイキモイとコムロの2人は艦内エレベーターを降り、戦艦ハコビ・タクナイの下方の、やや後方に位置する、修理ブロックへと移動した。
修理ブロックは薄暗く、金属のパイプが天井をむき出しで交差していた。
作業スペースの確保を第一とする為、この空間に余計な物は置かれていない。
修理に必要な大型工具一式と、天井の複数のシーリングライトと、作業用可動アームライトと、空調設備等を、防音・防振壁で囲った状態。
――お手洗いはすぐ外に設置されている。
その修理ブロック空間に、右腕を失ったカントムが収容されていた。
敵の
「修理の具合は?」
修理ブロックの扉を開けたキモイキモイ艦長は、遠くで作業をしている整備員に対して、大声で聞いた。
「バッサリやられたな! 分かりやすい破損の分、修理もしやすいけど!」
灰色のつなぎを着た、いかつい風体の整備員は、作業の手を止めずにそう答えた。
「治りそうですね!」
修理ブロックの中へと歩を進めながら、大声を張り上げるキモイキモイ。コムロもその後に続いて、中へと入る。
「今回はな! ニョイニウムの在庫はあるけど、物資補給の請求を、早めに出してくれると助かる! すぐ補給できるような環境には無いから!」
整備員は、作業を続けたまま顔だけキモイキモイ艦長の方を向き、そう言った。
「そうですね。善処します!」
丁寧に応答する、キモイキモイ。
「オッケー! じゃ、入ってこられると邪魔だから、端っこのブースに移動するか、帰ってもらえるか?」
整備員はそう言った。技術者のこの種のざっくばらんな発言を、キモイキモイは嫌いでは無かった。
「わかりました! ブリッジに戻ります!」
キモイキモイはそう言って背筋を伸ばし、右肘を体の左側まで無理やり持ってきて、右手を左のこめかみあたりにあてて敬礼する。
体は直立からすこし右側に、「C」状に弧を描くような姿勢になる。
整備員も、遠くで同様の敬礼を行った。
作業中の油まみれの手での敬礼であった為、整備員の顔の左側には、油の斑点がついた。
キモイキモイは踵を返して、ブリッジへと向かおうとする。
これに続いて、コムロも敬礼をし、ブロックから出ていこうとした。
「あ、少年! ちょっとこっち!」
「は、はい?」
コムロが振り向くと、整備員は、相変わらず作業をしながら左手だけで、コムロを「おいでおいで」していた。
コムロは艦長の方をちらっと見る。
艦長はコムロを見ながら首を「うん」と、小さく縦に振った。
小走りで整備員のところへ近づくコムロ。
「なんでしょうか?」
「新しい腕を、本体に接続する所なんだよ。ニョイニウムの変形作業、手伝ってくれよ?」
「え? 僕で良いんですか?」
コムロは目を見開いた。
「適任だろ?
「思考が――関係するんですか?」
「当然。ニョイニウムの特性、知ってんだろ?」
「……ええと、思考に反応して、特性を変えるんでしたよね」
「そう。それを利用すんのは、戦いだけじゃないってこと」
「えー!」
コムロは目を見開いた。(10秒ぶり、2回目)
修理ブロックに「イマヌエル形態」で鎮座するカントム。
この形態の
カントムの本体と、これから接続される新しい右腕との間には、色分けされた太い多数のケーブルや、「芯」となるであろう、曲がり特性がある金属などが見えていた。とろけるチーズが中に入ったパンを、割った際に、チーズがとろりと垂れる様子に似ていた。
いかつい整備員は、コムロの横でカントムを見上げ、その「とろけるチーズ」を指差しながら、説明を始めた。
「このケーブルを、内側から引っ張って長さ調整しながら、右腕を胴体に、粘土のようにくっつける」
「は、はあ」
「その後が、君の出番だ。接続面をならすのと、腕の形を正しく形状決めする際に、ニョイニウムを変形させるほどの、膨大な思考量がいる」
「なるほど、そうなってるんですね……」
コムロは目を見開いた。(1分15秒ぶり、3回目)
「物理とか電気とか、『理系知識』な思考は得意なんだが、どうも「哲学」がうまくいかなくてな」と、整備員。
そこに、別の整備員も乗っかった。
「一応、哲学書、読んでみたんだけど、難しい用語ばかりで。0か、1か、ハッキリしやがれ! ってなもんでな」
彼は、灰色のつなぎを着ているのは同じだが、細身の体に比して、つなぎが少しブカブカだった。指示を仰ぎながらの作業態度から、いかつい風体の整備員の「部下」にあたると思われる。
「わかりました。そこを、やればいいんですね」
コムロはそう告げる。
「そういうこと。こないだの、BPC(ブレイン・パワー・チャージャー)に引きこもってた時みたいに、たのむわ」
といって、いかつい整備員はガハハハと笑った。赤面するコムロ。
◆
2時間半ほど経過して、カントムの右腕接続は、無事終了した。
「おつかれさん! ありがとな! 少年!」
豪快に笑ってコムロを背中を強く「ポンポン」とたたく、いかつい整備員。
そして、修理ブロックにいた整備員の一部が集合した。
目下、手の空いている整備員が5人ぐらいで、カントムの前に一列横隊を作る。並んだ灰色のつなぎ達。
彼らは、じゃんけんの勝負前にする、「両手組み」をした。
左手を右から、右手を左から。10本の指を左右交互に絡ませて、肘を体の内側へと絞って回転させ、アゴのあたりに両手を持ってくる。
「あの……何をやってるんですか?」
コムロがおずおずと尋ねる。
「いや、祈りをな」
と、「両手組み」をしたまま、いかつい整備員が代表として答えた。
「祈り……ですか……」
「そうだ。『戦争が収まりますように』、『平和な新天地が見つかりますように』ってな。理由もなく人が死ぬのは、やっぱり嫌だろ?」
「……」
何も答えることのできないコムロ。
いかつい整備員は話を続けた。
「祈りは論理的思考ではないから、カントムを強くすることには貢献しないだろう。でも、作った物には気持ちを込める。それが技術者ってもんだ」
「……わかるような気がします」
コムロはそう言って、こくんとうなずいた。
――カントムを形成するニョイニウムは、論理的思考に反応して特性を変え、また、それをエネルギーとして蓄積する。
「想い」をエネルギーに転換することは、現状の技術では、どうやら出来ていないようである。
――しかし、人が、この金属の塊に、たくさんの「想い」を注いでいる事は確かだ。
――かつて、
ニョイニウムが使われる目的は、「新天地を切り開く、次世代のリーダーを守ること」であった。
人を導く為のニョイニウムが、戦争で人を殺す為に使われているというのは、皮肉としか言いようが無い。
(――それでは――ダメなんだ)
コムロはそう感じていた。
戦争を終わらせる。
愛する人を守る。
人が幸せに暮らせる、新天地を目指す。
これらは、コムロにとっては、真理であるように思われた。
それを善しとして、自ら行動する。
(カントが提唱する「自律」とまではいかなくとも、それに近いものと言えるのではないか?)
コムロはそう考えた。
かつての偉大なヒューマン哲学者、イマヌエル・カントはこの世には居ない。
従って、この問いに対する確実な答えを提示出来る者は、現世には存在しなかった。
イマヌエル・カントの名を冠する、カントムであっても。
(僕は――やる)
コムロは、人知れず、拳を握りしめた。
そして、コムロは目を見開いた。(2時間40分ぶり、4回目)
―続く―
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