06 圧倒
『……我が
「先生?」
『我が認識する世界における、あたかも前方に存在するかに見える多数の
「やっっっと伝わった! そうです! お願いします!」
『ふむ。時に、コムロよ。その行動の動機は、自律的であると言えるだろうか?』
「もう! カントの動機の解釈については、今はどうでもいいです! 他律でも良いから! 移動してください!」
◆
ドーン!
ドーン!
ドーン!
「また! 難しい事を!」
戦艦『ハコビ・タクナイ』のブリッジでは、コムロの幼馴染で、通信士の少女、モラウ・ボウが、怒りを露わにしていた。
「哲学者の悪いクセが出たな。行動そっちのけで、動機についての話を始めた」
そう嘆息するのは、戦艦の艦長、キモイキモイ。
ニョイーーーーン
ニョイーーーーン
ニョイーーーーン
ニョイーーーーン
ニョイーーーーン
――激高したモラウ・ボウが、その手のニョイ・ボウを何度も握る。詳細は省略するが、結果的にはアルファ波の発生により、モラウの激高は抑えられた。ウルトラリラックス。
「自律とか、他律とかは、ちょっと難しいから、後で説明するから。な? モラウ」
「……私にも分かるように説明してよ?」
通信機越しに、そう会話する、カントム内のコムロ・テツ少年と、戦艦内のモラウ・ボウ。
「自律」も「他律」も、かつてのヒューマン哲学者、イマヌエル・カントが「人間の尊さ」を考える時の、重要な要素である。
カントの小難しいこの概念を、モラウ・ボウが理解できる日は、果たしてやって来るのだろうか。今はただ、ニョイ・ボウを握るのが吉であると言える。今日のラッキー・ボウは「うまい」である。
『……議論は後の楽しみとするのだな?』
カントムは、ようやく哲学的思考を、思考の外に置いた。
オイトイテーーーーッ!
思考を脇に置き、敵へと意識を集中するコムロ。その思考に感応したニョイニウムが、そんな、激しい音を発した。
ドシュウーーー!
カントムの背面スラスターが、今度こそ現実に、火を噴く。
ようやく行動を始めた
実際、これまでの議論によって、かなりの思考エネルギーが、ニョイニウムに対して蓄積されていたようだ。
あっという間に「現時点での」最高速度へと達したカントムは、宇宙を真っ二つに切り裂くかのようなスピードで、敵の凹形陣の中央へと、突入して行った。
◆
「突進してくる敵を迎撃しましょう! 戦法C―C―B。いいですか?」
「OK!」
「OK!」
「同意します!」
マイケノレ・サンデノレ隊の取りまとめ役であるノッポの士官、シャベリ=ホウダイは、戦法C―C―Bを、仲間のコミュニティ・メンバー達に提示し、その同意を得た。
かつてのヒューマン哲学者マイケル・サンデルの教えの1つである、「共通善――それは、十分な議論によって共同体メンバーさん達とみんなで獲得するもの――」。
この教えを「戦術指揮」へと独自に応用し、メンバー内での十分な議論によって、予め定めておいた「戦法の型」。
――このような状況ならば、こうするのが善いだろう――の合意の集合体。
その中の1つの戦法「C―C―B」を選び取ったのだ。
マイケノレ・サンデノレ隊は、目下、敵よりも圧倒的多数の兵を備えており、敵を半包囲下にある。半包囲下で射撃をピンポイントに集中することで、攻撃力を飛躍的に増大させることが出来る。いわゆる「包囲殲滅戦」。
それが「敵より多数の兵を持つ」場合に最善の行動と思われた。
この場合、少数である敵側は、どう対応するだろうか?
事前に行われたマイケノレ・サンデノレ隊の議論によると、大きく分けて、2つのパターンが予想されていた。
一つは、少数が不利である事を理解し、後退、撤退して、交戦による消耗を避けるという「消極策」。
これに対しては、半包囲のまま追撃して遠距離から砲火を加え、敵に出血を強いるのが善いだろう。これが「戦法C―C―A」として事前合意されていた。
もう一つは、逆に、多数である敵の中央へと急速突撃して、これを突破し、敵の背面へと抜けてから反転して、バックアタックによる接近戦を仕掛ける、という「積極策」。
敵味方の距離が開いたままでは集中砲火の餌食となる。距離をつめることで、これを無効化する戦法だ。接近戦では集中砲火は同士討ちになるから、数の差が出にくい「局地金属弾戦」となる。
敵がこの積極策を選んだ場合は、こちらは敵の突撃に合わせて後退し、遠距離集中砲火の状態を、可能な限り長く維持するのが善いだろう。これが「戦法C―C―B」として事前合意されていた。
予め定めた戦法の体系について、まずはコミュニティ内で事前に合意の形成を行っておき、これについて
そうすれば、哲学思考を持ったモビル・ティーチャーとの意思疎通もスムーズになり、哲学議論によるタイムラグが減り、行動の迅速な開始が可能になるだろう。
現に、敵の
マイケノレ・サンデノレ隊は、その時間を利用して、ジャスティス・ライフルのリロードを、既に済ませてあった。スムーズな行動による、時間の有効活用。
そして、間を置いて、マイケノレ・サンデノレ隊の中央へと突撃してくる、単機のカントム。
マイケノレサンデノレ隊のリアクションは速い。タイムラグ無しに一斉後退を開始しつつ、ジャスティス・ライフルの照準を、突撃してくる「点」に集中させる。
事態は、まさにマイケノレ・サンデノレ隊の予想していた通りに、進んでいるかに思われた。
――しかし――
「くっ!」
「敵の突撃スピードが、速すぎる!」
「こちらも全力で後退しているはずだ!」
「うわああ! 中央に食いつかれるぞ!」
マイケノレ・サンデノレ隊の後退速度と、カントムの突撃速度には、圧倒的な差が生じていたのである。
端的に言えば、ニョイニウムに対して注入した思考の差が、「スピードの差」として、如実に現れたのであった。
これは、戦艦「ハコビ・タクナイ」の艦長、キモイキモイが分析した通りであった。
また、敵軍の
◆
彼我の移動速度に圧倒的な差がある場合、スピードに勝る方が、自らが得意な「距離」を制する。
マイケノレ・サンデノレ隊が次の戦法を決める隙も与えずに、カントムは敵陣中央へと肉薄!
「カントム先生! ア・プリオリブレードで攻撃を! 先生の目の前に居るかに見える、モビル・ティーチャーに対して!」
『ふむ』
プポポポポ!
そのままの勢いで敵に肉薄しながら、風を切るかのごとく、ア・プリオリブレードが振りかぶられた。――そして――
「春の夢見草のように、散ってくれ!」
コムロの掛け声と共に、ブレードが敵へと振り下ろされる。
以前、幼馴染の少女モラウ・ボウから「季節感の無視」についての指摘を受けたコムロは、「春の」という言葉を補っていた。
プニョンプニョーン!
そんな鋭い音を立てて、真っ二つに切断される、凹形陣中央に位置するマイケノレ・サンデノレ。
『ぐああああああ!』
――共同体の中の、位置ある自己(situated self)が1つ、姿を消したように見えた。
「ふたつ!」
敵陣の層に潜り込んで、そのまま超高速移動するカントムの、返す刀で、もう1体。
「みっつ!」
敵陣の層に潜り込んで、そのまま超高速移動するカントムの、右なぎした刀で、もう1体。
「もう沢山だ!」
更に前に立ちはだかるマイケノレ・サンデノレの脇をかすめるように、上下左右に揺れながら、凹形陣の中央を、超高速で抜けていくカントム。
◆
オロロン!
「まずい!」
オロロン!
「だれか!」
オロロン!
「止めて!」
陣の中央を電光石火で破られて、完全に狼狽する、マイケノレ・サンデノレ隊の
勝敗が決した事を、誰しもが理解することができた。
「戦法E―B! 散開しながら撤退だ!」
「逃げろ!」
「今は、自分の事だけ考えろ!」
ノッポの士官、シャベリ=ホウダイの提案。迅速な合意の形成。
マイケノレ・サンデノレ隊は、背後に抜けたカントムを避けるように、四方に散開しつつ撤退していった。
3次元凹形を構成していた無数の光点。その密度が、どんどんと薄くなり、そして宇宙の闇に溶けて見えなくなった。
「やった、のか?」
進軍を停止したカントムのコックピットの中で、操舵レバーから離した両手を、思わず見つめる、コムロ・テツ少年。
追撃の意思など、毛頭無かった。
「人を……、生命を……、この、僕の手で……」
コムロ少年が搭乗するカントム。それを積載する戦艦「ハコビ・タクナイ」。
その戦艦の中には、幼馴染の少女、モラウ・ボウが居る。
「護る為……とはいえ、これで、いいのだろうか?」
そんなコムロの逡巡に反応し、カントムを形成する金属、ニョイニウムが、
ウワーンオウチカエルー!
そんな、悲しげな高音を響かせていた。
―続く―
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