05 マイケノレ、襲撃。正義の名の下に


 フィーーーーヨン! フィーーーーヨン!


 緊急コールが、宇宙空間を行く戦艦「ハコビ・タクナイ」の下部格納庫で響き渡る。


 ブブブブブブ

 

 ベルトコンベヤーの低い音が、その緊急コールに混じる。


 機動哲学先生モビル・ティーチャー、カントムは、ベルトコンベヤ式の床によって、射出台へと運ばれていた。


 そこに走り込んできた生徒操縦者スチューロット、コムロ・テツが、勢い良く床を蹴り、無重力を遊泳しながらコックピットにとりついた。慌てた様子で中に潜る。


 コックピットに収まったコムロ・テツの思考を受け、カントムは自らの形を、戦艦格納用の「イマヌエル形態」から、「戦闘形態」へと、モーフィングのように移行させていった。


 イマヌエル形態は、やや荒い多角形ポリゴンを多数組み合わせたような形態である。形を大雑把にしておくことにより、整備をしやすくするのだ。


 一方、戦闘形態は機能重視。外形を構成する多角形ポリゴンのサイズも小さくなり、より「リアル」な形状へと近づく。


 緊急コール開始から3分30秒後。カントムが戦艦前方の射出台に到着。


「コムロ、発進、オッケーです!」

 やや上ずったコムロ少年の声は、無線通信設備を介して、戦艦のブリッジへと届いていた。


「大丈夫? コムロ」

 人出も足りぬ非常時である。半ばなし崩し的に通信士を任命アサインされていたのは、コムロの幼馴染の少女、モラウ・ボウだ。ホワイトを基調にしたヘッドセットで、カントムと通信する。


 カントムからの通信は、ヘッドセッドのヘッドフォン部からモラウ・ボウへと伝えることができ、ブリッジに配置された11.1chスピーカーから、臨場感溢れるドルビーサラウンド(R)で全員に聞かせることもできる。


 右から左へ、フォン! フォン! とF1マシンが通り過ぎるような臨場感も表現可能だが、これは戦闘時にはあまり用いられない機能だ。ウーファーの低音も強い。


「初出撃だけど、やってみる!」

 コムロはそう言って、フットペダルに乗せた足を緊張させた。


「3、2、1、出ます!」

 コムロはフットペダルを勢い良く踏む。


 ボボボボボッ! ドシュウーー!


 スラスターから推進剤を噴射し、戦艦「ハコビ・タクナイ」の前方へと踊りでたカントム。


 ――運ぶより、自律的に動いてもらった方が、運ぶ側としては楽なのだ。極めてスムーズな発進を促す、戦艦「ハコビ・タクナイ」。


 カントムの前方には、無数の光点が現れていた。

 機動哲学先生モビル・ティーチャー「マイケノレサンデノレ」の大軍であった。


 大昔の地球、米国のヒューマン哲学者「マイケル・サンデル」の名を冠する、金属の塊だ。


  vs 


 マイケノレ・サンデノレ隊は、カントムから一定距離まで来たところで接近を停止。そこから上下左右へと隊列を展開していく。凹形陣の3次元版のように、カントムを「多数の機体で宇宙に描く漏斗ろうと」で、半包囲しようとしていた。


 ◆


「なんて数なの!」

 戦艦「ハコビ・タクナイ」のブリッジでは、モラウ・ボウが驚きの声を上げていた。


 思わず握った、その手の「ニョイ・ボウ」が、モラウの恐れの心を感知し、これを和らげようとするかのように、「ズッチャチャズッチャチャズッチャチャー♪」と楽しげな音を発した。


「敵は、数で押す気だな。おそらく今の距離から、集中砲火をしかけてくるだろう」

 艦長のキモイキモイはそう戦況を分析しながら、ブリッジ中央の指揮用ソファに座っていた。ソファ前の小さな四角いテーブルの上に両肘をつき、両手を組み、前のめりになって、ブリッジ前方の大型スクリーンを、食い入るように見つめた。その両手には、ほんのすこしの、カタカタという振動が見られた。


 ◆


「くそっ! 一体何機いるんだ! いち、に、さん、たくさん、たくさん! もう沢山だ!」

 カントムのコックピットに座ったコムロは、敵機をカウントする気も失せ、石器時代の、縄のコブで数をカウントするような、投げやりな言葉を吐いた。槍といえば、ダセー・セッキだ。


 ダセー・セッキは、黒曜石を、より硬い石に打ち付けることで製作される。

 黒曜石にスナップを効かせたような衝撃を与えると、円錐形に割れた小片が分離する。この性質を利用し、大小の円錐形を黒曜石の原石から取り除いていくことにより、尖った石の形状を得る。

 これを木のボウに、縄などで、亀甲縛り以外の縛り方できつく縛りつけることにより、スタイリッシュなダセー・セッキの槍が完成する。

 なお、石を磨くように削って成形する「マセー・セッキ」については割愛する。


『かつてのヒューマン哲学者、マイケル・サンデルは、大勢の聴衆を相手としたディスカッション式の講義を得意としていた』

 カントムが、その低い癒し系ウィスパーヴォイスで語り始めた。


「そんな大人数を相手になんて出来ないよ! 僕は、いち生徒にすぎないんだから!」


 ――必要なのは、かつてのヒューマン哲学者の情報ではなく、今、目の前にいる敵の大軍の情報なのでは? と、コムロには思われた。



 ジジャャススッッ!


 カントムから一定の距離をとり、包囲を完成せんとするマイケノレ・サンデノレの大軍は、一斉にその射撃用武器「ジャスティス・ライフル」をジャスッと構えた。


 「一斉に」とは言え、この大軍である。完全なタイミング同期は不可能だ。機体同士で、少しのタイミングズレは生じる。それが、カラオケの「ユニゾン」――同一人物が同じ歌を数回歌って音を重ねる、ハモリの1人バージョン――のように、構えるジャスッと音に対して、厚みを加えていた。


「これから!」

「正義の!」

「執行を!」

「しよう!」


 マイケノレ・サンデノレに搭乗した生徒搭乗者スチューロット達は、そう掛け声を合わせ、ジャスティス・ライフルの引き金――コックピット前方の操舵レバーに設けられたトリガー・ボタン――を、連打し始めた。


 連打が得意な生徒搭乗者スチューロットは、人差し指にそっと親指を添え、手首に力を入れて指を振動させる。1秒間に16連射……とまでは行かないが、10連射程度でも、サンデノレ側の設定で連打数を増幅できる。


 連打が苦手な生徒搭乗者スチューロットは、人差し指と中指による「ピアノ連打」で、同程度の連打数を叩き出していた。


 直角二等辺三角形のプラスチック定規を弾くことにより、人の手では実現できない連打数を稼ぎ出している生徒搭乗者スチューロットもいた。


 ――トリガー・ボタンの長押しを、「所定の速度での連打を行った」と取り決めれば、よりシンプルであろう。


 ドドドドドドチチュュウウウウウウ!


 カントムという1つの「点」をめがけ、包囲陣を敷くマイケノレ・サンデノレ達の無数のライフルから、多量の炸裂弾が放たれる。


 ――袋のカントム状態である。


「カントム先生! 回避です! あと、ア・プリオリブレード!」


『回避とは? 何を対象としてどのように?』

『また、我は、ア・プリオリブレードではない』


「また意思疎通の問題かッ! あちこちから飛んで来るものを、ことごとく回避して下さい! そのあとすぐ、ブレードを背中から出して、体の前方に構える!」


 ――どうやら、カントムは「回避」という概念は理解しているようだ。しかし、何を回避の対象とするのか、その明示が必要なようだ。


 ――また、ア・プリオリブレードを「どうするのか」の明示も求められていた。カントムとコムロの、言葉のラベリング一致作業は、まだ十分では無いようである。



 ドッ、ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ炸裂―炸裂―炸裂―炸裂―炸裂―炸裂ゴゴノコゥチャ 姿勢制御 ゴゴゴゴゴ 炸裂―炸裂 ブッシャアア スラスター解放 ゴゴゴゴ! 炸裂―炸裂  シュンッ! 回避 


 回避行動のスタートが遅れたカントムは、集中放火をくらいつつ急速後退。


「ぐうううう!」

 シートから伝わる振動に激しく揺さぶられる、コムロ・テツ。


「コムロ!」

 通信機越しに、悲痛な叫びを上げるモラウ・ボウ。


 ギュッ!

 ズッチャチャズッチャチャズッチャチャー♪


 炸裂が徐々に収まり、白煙が急速に消えていく。


 ――そこには、無傷のカントムが鎮座していた。


「な! な!」

「ピンピンしているだと?」

「あれだけ命中したのに!」

「集中砲火は、幾何級数的に攻撃力が跳ね上がるはずなのに!」


 マイケノレ・サンデノレに搭乗する一般生徒搭乗者スチューロット達は、そう言って狼狽していた。


 その狼狽を感知したマイケノレ・サンデノレを構成するニョイニウムは、


 オロロン!


 オロロン!


 と、迷いを帯びた音を発して、心持ち、縮こまった。


 ―― マイケノレ・サンデノレのサイズ縮小: 全体の5%


 ◆


「そうか! 敵の生徒搭乗者スチューロットはおそらく一般レベルだ! ニョイニウムにリアルタイム注入される思考の、量、質、及び練度が、有意に相違しているんだ!」


 口語にしては長いセリフを吐きながら、指揮用のソファーをガタンと響かせて立ち上がる、戦艦「ハコビ・タクナイ」の艦長、キモイキモイ。


「大きな声を出さないで下さい! 私でも分かるようにお願いします!」と、通信士のモラウ・ボウ。


 ニョイーーーーン


 ニョイーーーーン


 ――まるで、モラウの苛々を抑えるための、ニョイ・ボウのニョイーン音が、大きな音では無いかのような、彼女の言動であった。


「……ええと、ニョイウムで出来た機動哲学先生モビル・ティーチャーは、中の人が考える程に強くなる。それは、話したはずだ」

「わかります」


「つまり、カントムに乗っている、君の幼馴染の方が、敵の生徒搭乗者スチューロットよりも、ずっとずっと、小難しく何かを考えているってことさ」

「ああ! なるほど! コムロが面倒くさいってことですね!」


「……その、『面倒くさい』コムロの考え事が、カントムの『硬い装甲』を生み出したんだろう。『気合い一発! はあああああ!』とオーラを発する、どこぞの漫画の主人公みたいな感じで」

「艦長! その例え、分かりやすいです! オタク臭がするけど!」


 アハッ!


 アハッ!


 モラウ・ボウが握るニョイ・ボウが、アハ体験を示す「理解の音」を発した。

 一方、「オタク臭」という表現により、自尊心を若干傷つけられたキモイキモイ艦長は、憮然とした表情を見せた。


 ◆


 キキー! 逆噴射  ズオン! 抜刀  スチャッ! 構え  『ア・プリオリブレード!』  必然性無き報告  

 

 弾幕の止んだ間を利用し、ア・プリオリブレードを構えるカントム。


 ◆


「よし! モラウ通信士! コムロに伝えてくれ! 『敵陣の中央に突撃し、突き崩して接近戦へと移行しろ』と」

「また難しいこ……」


「今がチャンスなんだ! 長話をしてるヒマはない! 伝えて!」

「わ、わかりました」


 ……ニョイーーーーン


 ◆



 アハッ!


 アハッ!


 ヘェー!


 艦長からの指示をモラウ経由で受領したコムロ・テツは、その意図を素早く、ほぼ正確に理解し、納得した。


「スペック的に、カントムが圧倒しているってことだね!」

 コムロはそう言うと、操舵レバーを前方にガチャッと入れる。


「カントム先生! この周りに居るモビル・ティーチャーの集団、その中央に突撃して下さい! 全速力での移動です!」

『中央。個体レベルの中央であれば、人間でいう、みぞおち付近となるが?』


「ではなくて! 前方に存在する大量のモビル・ティーチャー達が3次元上での凹形を呈しているから、その凹形の中央部のことです!」

『ふむ、あたかも存在しているかのように、我や、我が生徒コムロが、意識化でそう認識しているだけの可能性もありえる。存在とはそういうものだ』


「フッサール的な解釈は、この際どうでもいいです!」


 ゲキッ! 


 ゲキッ! 


 オコッ!


 オコッ!


 業を煮やしたコムロ少年に感応し、カントムを形成するニョイニウムが、「激おこ」の音を発した。

 コムロは、フットペダルを勢い良く、ゴウッと踏みこむ。


「GOです!」


 カントムの背面スラスターが、ドシュウーー!! 激しい音を立てる。

 ――そんな次の光景をコムロは予期し、加速度に備えるべく、足を踏ん張った。

 

 ◆


 ニョイーーーーン


 ニョイーーーーン


 ドーン! (モラウの激高音)


 ニョイーーーーン


 ニョイーーーーン


 ドーン! (モラウの激高音)


「コムロはカントムと、何を話してるの! 意味わかんない!」


 ドーン!


 ニョイーーーーン


 ニョイーーーーン


「……ええと、な」


 渋面の艦長、キモイキモイが、彼の理解できる範囲での説明を試みた。


「人は、自分が実際に生きていると『思い込んでる』かもしれない、という話をしているようだ。かつてのヒューマン哲学者、フッサールが提唱した理論だ」


「は? 生きてますよね? 実際に」


「目から見えるもの、耳から聞こえるもの。それらは実は、ホルマリン漬けされてプカプカ浮いている脳へと、信号として送られているかもしれないんだ」


「なにそれ! キモいキモい!」


「呼び捨てにするなよ……まぁ、ホルマリン漬けはキモいけど。もしそんな状況なら、その脳は『自分は生きてる』って思い込むだろう。そんな可能性を否定することができないっていう、まあ、そういう話だ。たぶん」


 ドーン!


 ドーン!


 ドーン!


 ――カントムは、無事、突撃を開始できるのか?


 ―続く―

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