03 考えると、強くなる。ニョイニウムすごい

『宇宙空間における冬とは?』


 機動哲学先生モビル・ティーチャーカントムにそう問われ、困るコムロ・テツ少年。


「冬という概念の、しかも宇宙版か……」


 ……


 ……


 そもそも、機動哲学先生モビル・ティーチャーこと、この「金属の塊」は、本当に、哲学的ゾンビなのだろうか?


<外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験(クオリア)を全く持っていない人間>


 それが、「哲学的ゾンビ」の定義だったはずだ。


 そもそも、カントムは「人間と全く同じように」振舞っているだろうか?


 それ以前に、「人間」とは、何だ……?


 ――


 ――


「カントムのエネルギーが、ドンドンと上昇していきます!」

 戦艦のブリッジで、男性オペレーターが、そう報告した。


「まぁ、そうだろうな」

 艦長のキモイキモイが、つぶやくように言った。

 

 宇宙移民の船団の中に居た、とあるヤンキー母と、とあるヤンキー父。

 「綺麗な名前が良いよね?」

 「綺麗な名前にしようぜ!」

 ハモった。4度ずらしの方で。


 綺麗と綺麗をガッチャンコして、「綺麗綺麗(キレイキレイ)」と名付けようとしたのだ。


 しかし、出生登録の際に、悲劇は起きた。

 そもそもの問題は、この父母が、難しい漢字を書けなかった点にあった。

 字が汚い両親2人は、カタカナで「キレイキレイ」と出生届に記入した……つもりであった。しかし……

「これでは”L”です。”レ”としたいのなら、二重線で消して、その右上あたりに、書き直してください」

 役所の職員に、2人はそう言われた。

「ほらよ!」

 おざなりに引いた削除用二重線は、”L”の部分にだけ引かれた挙句、”レ”をその上に書き直すステップを、完全に失念したのだ。


 登録事務を引き継いだ別の職員が、忙しさもあって確認を怠り、書類をそのままスキャニング。問題点に気づかないまま、登録処理を進めた。


 その結果、後に戦艦の艦長へと昇進することになる彼の名は、「キモイキモイ」として、宇宙的に登録されてしまったのだ。変更は効かなかった。


 ――役所はお固いのだ。


 そんなキモイキモイ艦長の「そうだろうな」というつぶやきに、コムロ・テツの幼馴染の少女、モラウ・ボウが反応した。

「コムロが難しい事を言ってるだけですよね? あれだけダメ出ししたのに!」


 そんなモラウ・ボウに対し、キモイキモイ艦長は説明を続けた。

機動哲学先生モビル・ティーチャーは、生徒搭乗者スチューロットの思考を、その動力源としている」


「キモイ艦長も、難しいことを言うんですね」

「略すな!」

 キモイキモイは激高した。


 ――クルーの沸点は、艦長も含めて、低めのようだ。


「失礼しました、キモいキモイ艦長。で、説明は?」


 モラウ・ボウの、少女らしい失礼な物言いを、今度は無視して、艦長は話を噛み砕いた。

「……コムロがカントムに乗って小難しい事を考えると、カントムは強くなる。そういうことだ」

「だったら、最初からそう言えばいいのに。みんな、難しい事ばっかり言って」と、モラウ・ボウ。


 ◆


 今や戦争の為の武器として活用されているモビル・ティーチャー「カントム」。

 しかし、その製造当初の存在意義も、消え去った訳では無かった。


「新天地を切り開くリーダーを育てるため、学問を、特に、哲学を学ばせる」事。


 それが、「モビル・ティーチャー」となる前の、「ティーチャー」としての本来の役割であった。


 戦艦ハコビ・タクナイには、前部の下方に格納庫があり、そこにカントムが格納されている。

 そのカントムの心臓部に位置するコックピットの中には、コムロ・テツ少年だ。


 入れ子構造と化したこの状態を「マトリョシカ」として解釈した場合、それぞれの構成要素は同じ形をしていて欲しいところだ。

 しかしながらカントムは、かつてのヒューマン哲学者「イマヌエル・カント」を模した、荒い多角形ポリゴンを多数組み合わせたような形状を呈していた。

 ――格納庫に格納されている時は。


 格納庫を出たカントムは、搭乗するスチューロットの思考および思索に応じて、その外形等を変える事がある。


 「思考に反応する可変機体」なのだ。

 

 この可変性を保つ事が可能となったのは、人類の宇宙進出が進んで、しばらくが経過した頃からだった。


 ――「ニョイニウム」という、新たな金属が、宇宙で発見されたのだ。


 ニョイニウムは、人の思考に反応してその形態や特性を変える性質があり、これを、ティーチャーの装甲として用いていた。


 コムロ・テツ少年は、格納時のカントムの形状とは似ても似つかない、薄い顔立ちの少年だった。

 かろうじて、「美少年」としてカテゴライズできないこともない、外形的には普通の少年である。


 今、戦艦の中では、敵襲の報も無く、平常運用シフトが敷かれていた。

  

 平常時の「イマヌエル状」のカントムに乗り込んだ生徒搭乗者スチューロット、コムロ・テツは、カントムから授業を受けていた。

 生徒操縦者スチューロットが学問を修めつつ、先生と生徒の間で議論を進め、生徒の思考をエネルギーとして、カントムを形成する「ニョイニウム」へとチャージするためである。


『我がスチューロット、コムロよ』

 カントムが発する、低い癒し系ヴォイスには、息漏れの成分が強い。


 「あー!」と舌を下げて発声すると、息漏れの無い声が出る。

 「ハー!」と、息だけを吐くと、ため息のような音が出る。

 この2つをミックスしたような、ため息混じりで、口の前方に音の膜が張ってあるような、魅力的なヴォイスだ。


 ――女性ならば、声だけで落ちてしまいそうな。

 ――夜中の通販ならば、フリーダイヤルに、ついつい電話してしまいそうな。


 そんな声だった。


『本日は、数学の問いだ』

「え!? 哲学じゃないの? カントム先生」


『太古の西洋哲学を理解するには、数学の理解も、また、必要不可欠なのだ』


 集合論などが、その例である。

 デカルトを始めとして、かつてのヒューマン哲学者は、数学者をも兼ねている事が多い。

 哲学者は、日々の営みの中からヒントを見出し、そこから概念を抽出し、思考を更に先へ、本質へと探求していく。それは、数学と共通する要素である。


 カントムから、生徒操縦者スチューロットであるコムロに、問題が提示された。


『アルファがベータをカッパらったらイプシロンした。なぜだろう? 数学的に答えよ』



 ―続く―


引用:ドラえもんの、いわゆる「ドラエ問題」

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