02 デカルトン、攻撃。一番硬いモノで
「お前の名は?」
そう尋ねるコムロ少年に対し、金属の塊は答えた。
『我が名は、カントム』
低い癒し系ボイスがそう告げる。
「そうか……カント・ベースのモビル・ティーチャーか」
コムロはそう呟いた。
金属の塊は、かつてのヒューマン哲学者、イマヌエル・カントの名を冠していたことを、認識したからである。
イマヌエル・カントは、かつて地球に存在していた国家、プロイセン王国(ドイツ)のヒューマン哲学者であり、ケーニヒスベルク大学の哲学教授であった。『純粋理性批判』等を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらした人物として知られている。なお、エマニエル夫人との関連は、明確にはされていない。
そこに迫る敵。
敵軍のモビル・ティーチャー「デカルトン」を駆る青年、シュー・トミトクルだった。
ルネ・デカルトは、かつて地球に存在していた国家、フランス生まれのヒューマン哲学者、ヒューマン数学者であった。合理主義哲学の祖として知られる。
その名を冠するモビル・ティーチャーを操るは、パティシエ上がりの青年、シューであった。
「死に至る病を、食らわせてやる!」
シュー・トミトクルは、そう叫んで攻撃を仕掛けてきた。
「なんだお前! 食らわせるのは、料理だけにしてくれ!」
コムロはそう反論するが、今まさに、モビル・ティーチャーに初めて搭乗したばかりである。操縦も覚束ない。
劣勢に立たされていることを、コムロは認識していた。
その頃、戦艦に匿われていたコムロの幼馴染、モラウ・ボウは、カントムとデカルトンとの間で交わされている通信を傍受していた。
戦艦の館長は、軍の機密であるモビル・ティーチャー「カントム」をジャックしたコムロ少年と交渉し、カントムを引き上げさせようとしていたのだ。
「死に至る病!?」
シューの発言に真っ青になったモラウは、あえぐように、館長に告げた。
「大変です! 敵が細菌兵器を使うようです!」
「え?」
「え?」
見事に3度ずらしでハモる、コムロ・テツ、および、シュー・トミトクル。
モラウが頭につけたインカムには、マイクも付いている。
モラウの声も、コムロとシューへと伝わっていたのだ。
「その声は、モラウか? 無事だったか!」
そう返すコムロに対し、
「誰だお前は! 死に至る病とは、絶望の事に決まっているだろう!」
シューの困惑したような声がかぶる。
モラウ・ボウは、状況も忘れて激昂した。
「だったら、最初から絶望って言えば良いじゃない! 難しい話はしないでって、いつも言ってるでしょ!」
「いや、私はそんな事、一言も言われた事が無いのだが。そもそも、誰だ?」
きょとんとした声のシュー・トミトクル。
そんなやりとりの最中も、2機の哲学先生、すなわちモビル・ティーチャー同士は、激しい肉弾戦を繰り広げていた。
――「肉弾戦」という表現を使うには、互いの材質は金属であったが。
「武器は無いのか?」
焦りながらコックピットの中を探るコムロ。
『武器とは、どのような概念であるか? 答えよ』
カントムの低い癒し系ボイスが、コムロにそう問いを発した。
「武器も知らないのか!」とコムロ。
『我が認識する武器の概念。そして、汝が認識する武器の概念。双方が同一の対象を指すとは、限らないのだ』
「めんどうくさい先生だなあ!」
コムロは少しイライラしながら、説明を試みた。
当然、その間も、2機のモビル・ティーチャー同士は、激しい肉弾戦を繰り広げている。
――いや、金属弾戦という概念で理解した方がより適切かもしれない。
「ええと、武器という概念は……」咄嗟に言葉に詰まる、コムロ少年。
そこに、思わぬ所から、援助の手が差し伸べられた。
「貴方が持っている、一番硬い棒で、貴方の外側にいる、一番近くの動く物を殴りつけて!」
モラウの女性らしいかわいい声には、少し緊迫したような色味があった。
カントムは、背中から棒状の物体を抜き出した。
『一番硬い棒。すなわち、ア・プリオリブレード』
――「先験的な」「超越的な」を意味する概念「ア・プリオリ(a priori)」
――その名を冠する、棒状の物体。それが、ア・プリオリブレードだった。
「なるほど! 相手の認識へと、丸投げしてしまえばいいのか!」
コムロは、その発想はパラダイム・シフトであると、感嘆した。
「なにその天国っぽいの! 小難しい言葉使っちゃダメ!」と、モラウ。
敵軍のシュウ・トミトクルも、応戦の体制を整える。
「デカルトン! 貴様も、一番硬いものを出して、今、棒を出した他者を攻撃するのだ!」
『了解した』
そう告げたデカルトンが、推進剤を吹かし、カントムに急接近した。
カントムへの衝突コースである。
「夢見草のように、散ってくれ!」
そう叫ぶコムロの声と同時に、カントム右手のア・プリオリブレードが、デカルトン目がけて振り下ろされた。
モビル・ティーチャーを斬るためのブレード
vs
モビル・ティーチャーそれ自体
勝敗は明らかであった。
『ぐあああ!』と叫ぶ、デカルトン。
哲学先生も、「やられた」という概念を有しているようであった。
ア・プリオリブレードによって、腕をバッサリと切り落とされたられたデカルトンは、そのまま退却していった。
退却の最中、シュウが苛立ちげにデカルトンに詰問する。
「なんで体当たりなんてしたんだ! 貴様!」
『一番硬きもの』
『すべてを疑い排除し、最後に残る硬きもの。それは、我思う故に我あり』
『すなわち、我そのもの』
……
……
「……だからって、体当たりしなくても……棒でいいのに」
『ならば、棒という概念を、我に認識させればよいのだ』
「わかったよ。今日も1つ勉強させてもらった。次は倒す! 敵のモビル・ティーチャーを」
シュー・トミトクルの目には、怒りの色がみなぎっていた。
◆
一方、初陣で敵を撃退し、戦艦と合流したコムロ、そしてコムロが駆るモビル・ティーチャー「カントム」。
「お帰りなさい! コムロ! 無事でよかった!」
戦艦のクルーに混じって、モラウ・ボウが出迎えた。
「ただいま、モラウ。君の機転で助かったよ、よく咄嗟に、あんな指示を思いついたね?」
「私はいつも、棒を貰うから……」
「命運は、モラウの手に握られていた、というわけか。まるでダイコンのように」
――うまいことを言った風のコムロ。
「ところで、聞きたいんだけど?」モラウがそう切り出した。
「コムロが言っていた、夢見草って、何なの?」
「桜のことさ。桜の異名。夢のように美しくも儚いことから、そう呼ばれているんだ」
「だから! 難しいこと言わないで!」
戦艦の艦長やら、クルーやらをそっちのけで、しゃべりまくる2人。
皆一様に、渋面で、事の成り行きを伺っている。
「だとすると、納得いかないことがあるんだけど?」と、モラウがさらに問いただす。
「え?」
「今、冬だよね? 多くの惑星においては」
「あ、ああ」
「なに、季節感を無視した事言ってるの? コムロは」
「いや、敵が散る様を、花に例えただけじゃないか」変な汗をかきはじめた、コムロ。
「だからって、季節感を無視してどうするの? 俳句だって季語があるのに」
そこに、哲学先生であるカントムが割って入った。
『宇宙に、季節なる概念は存在してはいないのだが?』
―続く―
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