(旧版)機動哲学先生カントム ~哲学をだいなしにするニョイーン~
にぽっくめいきんぐ
01 カントム、立つ。若干の疑問を残して
概念宇宙暦184(イヤヨ)年。
スペースデブリの海を超え、宇宙に出た人類。
赤色巨星の爆発、磁気嵐。
幾多の困難を乗り越え、新天地を切り開いていく彼ら。
幾多の者が死に、残った者がさらに先へと進む。
困難の中でも、次世代の指導者を育て、知を保たねばならない。
その為に開発されたのが、「ティーチャー」と呼ばれる、大型の金属であった。
宇宙災害に耐えられる、堅固な防壁で守られたコックピットで、学問、特に、哲学を学ぶのだ。そして、学びを終えた「スチューデント」が次世代のリーダーとなり、更なる新天地を切り開いていく。
しかし人の歴史は、繰り返しの物語でもある。
既得権に安住する者。
新天地を求める者。
二大勢力の争いは、拡大の一途を辿り、大戦争と化した。
その中で、「ティーチャー」という概念も、変革を迫られた。
ティーチャーが持つ防壁を装甲として使い、スラスターと武器を搭載し、戦争の為の道具として使われるようになったのだ。
機動哲学先生<モビル・ティーチャー>の誕生である。
戦乱の最中、外界に対する認識力を、拡大させつつある者達がいた。
コムロ・テツも、また、その1人であった。
◆
「コムロー!」
コムロの部屋へ駆け込んだ幼馴染の少女、モラウ・ボウは、部屋を見るなり絶句した。
「もう! また哲学書をこんなに散らかして! 片付けなさいって言ってるでしょ!」
「うるさいなぁ。散らかっている方が落ち着くんだよ。混沌が僕に天啓を指し示すかもしれ……」
「難しい話はしないでって、いつも言ってるでしょ!」
コムロは怒られた。「怒る」という感情は、一体どこから生ずるのであろうか?
「そんな事より、はい。朝ごはんよ」
「また味噌汁か」
「近所の人から、ダイコンをもらったの。痛む前に、使ってしまわないと」
「君は、本当にいつも、棒を貰うね」
「そういうのはいいから!」
その時、外から、物凄く大きな爆発音が響いた。
「えっ? 何!?」
「きっと、敵軍の攻撃だ! 急げ! 逃げるぞモラウ!」
コムロは、避難対策用バッグを、急いで肩にかけた。
床に転がった哲学書の1冊をひっつかみ、右の小脇に抱えると、左手でダイコンの味噌汁を軽くすすり、お椀をテーブルの上に置き、左腕で、モラウ・ボウの右腕の手首部分あたりを掴んで、外に連れ出した。
外は、あちこちで爆撃が行われており、見慣れた景色が、あっという間に、どんどんと焼け野原に変わっていく。その中を、2人は、予め決められていたルートで、避難所まで急いだ。
息が切れるほど走った二人がスピードを緩めると、前方の遠くに、別経路で逃げてきたと思われる、コムロの父と、モラウの家族がいた。
「お父さん達だ!」
駆け寄ろうとするモラウ。
その時だった。
敵の戦闘飛行機が放った爆弾が、コムロとモラウの前方、遠くの方で爆発した。
ドゴオオオオオオオオ!
「お父さんー! お母さんー! おじいちゃん!」
泣き叫ぶモラウ。
「父さん!」
コムロも叫んだ。
コムロの涙はモライ泣きではない。
コムロは、きっと気持ちを切り替えて、モラウの頬を叩いた。
「泣くな! モラウ! 君は、僕達は、生きなきゃいけないんだ! さあ、反対側の頬を差し出すんだ!」
コムロは、モラウを避難所へ丁重にエスコートすると、
「いいか、ここで大人しくしているんだ!」
そう言って走りだした。
◆
コムロの父親、ホシニ・テツは温和な性格で、自然科学や数学、哲学を愛していた。
学者にありがちな「学問に没頭して家族をないがしろにする感」もなく、多くの時間を、家族との団欒に割いていた。学会での出世という道においては、いささか苦難の道を歩んではいたが。
このことが、彼をして戦乱の最中を今日まで生き延びさせることとなった。ホシニの上長たちは、以前から既に動員され、既に命を散らした者も多かったのである。
しかし半年前、長引く戦乱で疲弊した人材を補う目的で、ついに動員がかけられ、ホシニは軍事関係者となっていた。――つい先程の、爆発までまでは。
そんな父を、コムロが敬愛するのは、自然の流れであっただろう。
物心がついた時から、コムロの周りには、学びと、暖かさと、そして哲学書があった。
走るコムロの目には涙が溢れ、感情の爆発で全身が強張り、まともに走るのも困難な程であった。
「これが、怒りか」そう気づく。
「よくも! よくも! 父さんを!」
走り続けるコムロ。
そう、以前、父親ホシニの書斎に潜り込んだ時に、こっそり見つけていたのだ。
学問書の中に、ひっそりと混じった、軍事書類。
その中に記載されていた、軍の極秘製造対象である「戦う先生」。モビル・ティーチャーの存在を。
◆
それは、街外れにあった。
木々をあしらったシートで多少は偽装されていたが、敵の攻撃による爆風で偽装が一部剥がれ、金属の肌がちらりとのぞいていた。
「この、ドサクサの中なら!」
意を決してコムロは走りこむと、周りに人が居ない事を確認してから、シートを慌ただしくめくり上げ、人型の巨大な金属の、「心臓」の位置にあるコックピットに乗り込んだ。
シートに座ると、自動でハッチが閉まり、中には明かりがブオンとついた。
そして、機械<メカ>類のアイドリング音が、低く響きはじめた。
「すごい、このエネルギーゲインは、曲線にするとy=x^3だ! 指数関数的に伸び上がる!」
操作系統を確認するコムロ。
沢山の計器類の中、中央に、操舵レバーがあり、また、車のアクセル、ブレーキに似たフットペダルも見つけることができた。
その他にも、色々とありそうだが、それを確認している余裕はなかった。
そう。敵のモビル・ティーチャーが、こちらを見つけたのだ。
「まずい! 動け!」
コムロがそう言いながら、操舵レバーをガチャガチャと動かすと、コムロから見て右側前方のモニターが点灯し、その辺りから、低い癒し系ボイスが聞こえてきた。
『我は、何者ぞ』
「なっ?」
困惑しつつ、レバーをガチャガチャ、フットペダルをフミフミするが、この金属の巨体は、動き出す気配が無い。
『我は、何者ぞ』
こんな状況で、どうやら問答が開始されたらしい事を、コムロは悟った。
目の前には敵が来ている。急いで答えなくては!
「機械だろう! それ以外にあるのか!」
そう、投げつけるように言うと、金属の巨体は応えた。
『機械は、我が本質ではない。また、人間でもない』
なん、だと?
泣きながら、苛つきながら、コムロは返す。
「なんだよお前! 敵が来てるんだぞ! みんなを、モラウを、守らなくちゃいけないんだ! 早く動いてくれよ!」
『我に、経験は無い』
そうか!
コムロの脳髄に、電気スパークのような天啓が、ピカカキ! と訪れた。
「汝は、哲学的ゾンビなり!」
哲学的ゾンビ。
<外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験(クオリア)を全く持っていない人間>
を指す概念だ。
『正解だ』
癒やし低音ボイスが響き、金属の巨体が、大きな振動を立てつつ、動き始めた。
「た、立った! ゾンビが立った!」
思わずそうつぶやくコムロの心には、次なる疑問が、生じていた。
「しかし、金属で覆われたこの巨体。外面的に普通の人間には、全くもって見えないのだが?」
―続く―
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