プロローグ

 西暦2028年、とある町で一人の心理学者が失踪した。

 それを皮切りに、世界で一気に確認され始めた”感情を知覚する人間”、通称”心悟り”の存在。

 彼らは、生物、静物、あるいは概念。あらゆるものに向けられた感情を、独特の形で知覚し続ける。

 人類はそれを恐れ、怖いもの見たさで研究を始めた。

 初めはただの他人事だった。僕の周囲に、”心悟り”はすぐには現れなかったから。

 ……ある日幼馴染が、”心悟り”としての力を発現させるまでは。


 それは、僕と彼女が学校から帰っている途中のことだった。

「え」

 ふと、そんな声とともに彼女が立ち止まる。

「どうかした?」

 尋ねて、少し後ろにいた彼女を振り返る。

 彼女は耳を押さえてうずくまっていた。

「大丈夫?体調でも崩したのか」

「……っ、う?なにこれ、誰……?!」

 手を差し伸べても、彼女がその手を掴むことはない。

 ただブツブツとよくわからないことをつぶやくだけだ。

 具合でも悪いのか、救急車を呼ぶべきか?

 悩んで携帯を取り出した、矢先のことだった。

 どさり。

 そんな音と同時、彼女が何の前触れもなく地面に倒れたのは。

「__ッ!」

 何が起きている?

 理解が追いつかなかった。頭の中でさっき起こったことがフラッシュバックする。

 彼女が、突然座り込んで、地面に倒れた。一度状況を整理すると一気に飲み込んだ。

 僕は迷いなく携帯の画面をタップする。救急車を呼んで、状況を伝えた。

 何を伝えたのかすら覚えていないから、ここでは語れないのだけれど。

 __やはり具合を崩していたのか。

 それにしては前触れがなさすぎたことだけが、妙に気がかりだった。

 ……いや、前触れはあった。ただ一つ、ついさっき。

「……あ。ごめん、なさい」

 倒れる前、彼女が一つ呟いたそれだけが、妙に頭にこびりついていた。


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サトリの世界 ティー @Tea0617

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