第4話

「~♬♪」

 放課後の学校。裏庭に響く声は、透明で、悲しい。

「湊くん、今日でお別れだね」

 大きな石に座って、少女は言った。

「私ね、湊くんの歌が大好きだよ」

 少女がそう言っても、少年は歌うことを止めない。五分咲きの桜の下で、歌い続ける。

「ねえ湊くん、私知ってるんだよ」

 奏くんが、私のこと見えてないって。


 少年が少女に告白したのは、二年生だった一年前。この五分咲きの桜の下だった。物静かで友達の少ない少年の数少ない友達が、少女だった。

「返事は少し待って。来週、またここで会おう」

少女の言葉に、少年はうなずいた。

 その五日後、少女は死んだ。横断歩道を渡っているところに車が突っ込んできたのだ。

 少年は、泣けなかった。少女が死んだことも、原因がどこにでもあるような事故だったことも、少年は現実味のないこととしてしか受け取れなかった。

 葬式の場で、クラスメイトから少女が自分の歌声をとても気に入っていたことを知った少年は思った。自分が歌っていれば、少女が帰ってきてくれるのではないか?

そうして少年は、告白した曜日に大きな桜の木の下で歌うようになった。ひたすら、少女が帰ってきてくれると信じながら。

 少女は、確かに『帰ってきた』。桜の木の下に理由を宿した呪縛霊として。少女は死んだことも、自分が呪縛霊であることもわかっていた。そして、少年の瞳に自分の姿が映っていないことにも気づいていた。

 少女はそれでも話しかけた。いつか、自分を見て笑ってくれると信じて。

 でもそれは、願いのまま形にならなかった。

「私ね、この一年間、とっても幸せだったよ。毎週湊くんを独り占めできて。お喋りもできるし、歌も聞けて、本当に幸せだった」

やめろ。少年が言った。低い声で、小刻みに震えながら。

「湊くん、湊くんには私と違って未来があるんだよ。だから、いつまでも私にとらわれないで。これが、私の最後のお願い」

 それと、これも言わなきゃね、と少女は笑って少年に向き合った。少年は耳を塞いで、やめろ、やめてくれと怯えていた。でも、少女は言った。

「私も、あなたが大好きです」

 じゃあ、バイバイ、湊くん。少女はそうして呪縛霊としての理由をなくし、光の粒が体を包み、「消えていった」。

 その光の粒は、少年にも見えた。その時初めて、少年はそこに少女がいたのだと知った。

「鈴……?」

少年が声を絞り出すように言っても、もう返事は返ってこない。

「鈴、なあ、返事しろよ、鈴!」

どれだけ言っても、その声を受け取る人はいない。人が死ぬとはこういうことなのだ。姿を見ることも、声をやり取りすることもできない。少年は、初めてそれを現実と受け止められた。


少年はやっと、泣くことができた。


 放課後の学校、そこにいる桜の木や、無造作に置かれた大きな石は知っている。

 あの日、泣くだけ泣いた少年が、強い意思を宿した瞳を持ったことを。

 消えていった少女に別れを告げたことを。

 少年の瞳が、世界を映していたことを。


 裏庭に、歌声はもう響かない。

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それは桜の下で 藤原ピエロ @piero_fujiwara

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