第6話

狩り場が荒れたため、これ以上続けることは無意味と誰もが判断をくだし、城へ引き上げる準備を始める。


後半は山津浪の乱入により混乱を極めたが、前半の内にかなり成果をあげていたらしい。見事な獲物が棒に吊るされ、あるいは荷車に乗せられて運ばれていく。

その列を見送りながら、センは自分に獲物がひとつもないことを恥ずかしく思った。


「センや」


称賛に少しの羨ましさを滲ませた視線で、獲物の行列を見送っていると声がかかった。振り向けば牛車の内より竜田姫が手招きしている。


「山津波に、一矢報いた小さき弓取りに同席を許しましょう。さぁ、お乗りなさいな」


そう言って車に招いてくれた。

山津波に矢を射込めたのは羽廾の後押しがあったからだ。手柄にしてもらうには少し後ろめたくあった。けれども、目に命中させたのはあくまでセンの力であると姫は認めて車へ乗せた。ならばせめて、羽廾も共にと言えば、彼は何か忘れ物をしたとかで後から来るらしい。


「羽廾さま、車はあんまり好きじゃないみたい」

「来るときも馬に乗っていたものね」


竜田姫の傍らで、兎の姉妹がくすくすと笑って言う。

センは自分の薄汚れた衣を見て困った顔をした。綺麗な姫の車へ乗るには、あんまり汚れすぎていて気が引けたのだ。


「災厄を退けた英雄ですよ。恥ずかしいものですか。さぁさぁ、お乗りくださいませ」


夕錦がセンの手を引いて車へ誘った。

気づけば車を護衛する近衛の天人も、皆土埃をかぶっていた。しかし、その顔はどこか成し遂げた表情をしている。衣服など些細な事、皆役目をはたしてこの姿になったのだから。センも顔をあげて、誘いに応じることにした。


西日が葦原を黄昏に染めるなか。

滔々と流れる川のように、帰城する車の列が動き出した。


**


宵のトバリが降りる頃。

牧狩りが無事に終わった労いの宴で、今日の成果が称えられていた。

広い庭園の一角に酒宴が設けられ、篝火のした舞を愛でつつ酒肴に舌づつみを打っている。持ち帰られた獲物は手早く調理され、膳の上を彩っていた。

宴も半ばに差し掛かり、皆それぞれに寛いでいる。


「今日の一番は羽廾さまと言えましょうな」


上座で竜田姫に酌をされていた白帝が、山津浪を射止めた羽廾の弓の腕を褒め称えていた。鮮やかな手並みを見せて頂いたお礼をかね、装飾も見事な弓を一具進呈した。


「これは見事な」


柿渋に塗られ、螺鈿ラデン象篏ゾウガンがほどこされた弓を手に取り笑みを浮かべた。


「これに懲りず、その弓を使いに遊びに来てくだされ」

「こちらこそ、またお呼び頂けると有り難い」


和やかな歓談が続くなか、少し離れたところで力輝とセンがお膳を食べていた。

余り箸の進まない力輝を心配してセンが尋ねる。思えば、葦原より戻ってから力輝の表情はスグれない。


「ねぇ、力輝。何かあったの?」


黒嶺が大変な目に遭ったのだから、元気がないのかもしれない。想い人が、片割れのような妹を亡くしかけて泣いていたのである。心を痛めないはずがない。それにしても、彼らしくないほどの落ち込みように首をかしげる。


「大丈夫?」


どこか具合でも悪いのだろうか?

山津浪の髄など食べるから、お腹を壊したのでは?


心配そうに顔を覗き込むセンを見て、力輝は覚悟したように口を開いた。


「山津浪の塚を解いたのは俺なんだ」


山津浪をセンが仕留めれば褒美をもらえると思ったらしい。

もちろん、セン一人では無理なのは分かっていた。だから、力輝が加勢するつもりでいた。


「でも、鸞鳥ランテウがいたから」


鸞鳥に塚を壊すところを見られたかも知れない。

その恐れが、力輝の動きを鈍らせた。


「鸞鳥って、あの綺麗な鳥? 見られちゃいけなかったの?」

「あれは俺と同じで方角の守護。南の目付役で《彩華サイカ》と言うんだ」


センも前に聞いたことがある。

四宮にはそれぞれ、天帝から遣わされたがいると。

そのうち、南にあたる朱雀が《彩華》という鸞鳥なのだそうな。


「俺ここに来る前に色々やっちゃってるから、今度問題起こしたら仙界に謹慎になっちゃうんだよね」


勝手気ままに暮らしていた頃。色々な問題を起こしては叱られていたらしい力輝は、本当ならもうとっくに謹慎させられていたはずなのだ。それを白嶺が懸命にとりなして、秋宮の護りに奉じてもらったらしい。


もう問題は起こさない。そう約束をしての減刑だ。

ギリギリで許されたため、次が無いらしい。


なら、なぜ危ない橋を渡ったりするのか。

センのためを思って立ててくれた作戦だと思えば強くも言えないが、もう少しやりようがあったのではないか。


今回の事がバレて、仙界に封じられたとしても自業自得。それはそれとして、また白嶺にたくさんの迷惑をかけてしまった。大切な妹の身を危険にさらす事までしてしまったのだ。これを知ったら、今度こそ白嶺は力輝を嫌うに違いない。

それが一番辛い。


もう、墓場まで沈黙を守るか。

本人に打ち明けて、許してもらえるまで謝るしかないんじゃないだろうか。

けれど、許してもらえなかった時のことを思うと……。


「謝るしかないか。黙っていて他から耳にはいる方がなお悪いからな」


力輝は刑を言い渡された罪人のように青ざめる。

センは自分を助けてくれた者が、つらい目に合うのを見るのは居たたまれなかった。


「別に告げ口する気はないよ~。私は頼まれてようすを見に来ただけだから」


重苦しい空気を払うように、長い黒髪の少年がふたりの間に割り込んで来た。

来賓の席で、それまで大人しくお膳を頂いていた見知らぬ少年は、力輝の知り合いのようだ。


「南の守護がこんなところでフラフラしていていいのかよ」

「だって、筒姫に頼まれちゃったんだも~ん」


今さっき力輝の話に出てきた南の護り、《彩華》は彼の事らしい。

元々は鳳凰なのだそうな。見た目よりも遥かに年を経ているらしく最近--と言っても神獣の感覚--鸞鳥に変化したのだそうな。


「うちの可愛い姫が上の空でさ、心配しているわけよ~。可愛そうじゃない?」

「あの……先程はどうも」

「あぁ! 私のことを追いかけてきちゃって、可愛いよね~」


両手でセンの顔を挟むと、ぐいと引き寄せられ目を覗きこまれる。赤に金を散らしたような瞳で見つめられてセンはたじたじとなった。


「まぁまぁ、君にしちゃあ首尾よくやったじゃないか!」


意味ありげに彩華は頷いて力輝の背を叩く。

力輝が嫌そうに、不安そうに彼を睨むのを見て、彩華はにんまりとほほ笑んだ。


「ひとつ、。な?」

「何がだよ?」

「またまたぁ~。分かってるくせに」


上機嫌に、されど無言で確認してくる彩華へ力輝は舌打ちした。


「頼まれた確認はしたし~。後はもう少しご馳走を頂いてから帰ろ~っと」


得体の知れない鸞鳥は、それ以上何も言わず、下座に置かれたご馳走の方へ戻っていく。途中思い出したように振り返り、センへ。


「姫も上皇も帰ってくるのを楽しみにしてるから! 忘れちゃ嫌だよ♪」


と、言い残した。

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